第9話

私、レインが砦の見張り台に立つと朝焼けの中湿った風が、吹き長い銀髪を吹き流す。

 

 聖女の白い衣装が風になびきスリットの隙間から足の付け根の太股まで見えているが、この状況ではみる人などいるはずもない。

 どこかが焼け落ちたのか焦げ臭い匂いを鼻に感じる。

 

 冒険者たちはそれぞれ砦から脱出していった。砦の兵士たちも隊列をくんで砦から出て行った。

 

 残っているのはわずかな冒険者たちのみだ。

 彼らは魔物が跳梁する中強行軍で王都まで脱出するより、このまま砦で息を殺して魔物が通り過ぎるのを待つほうに掛けた者たちだ。

 

 しかし砦の陥落は時間の問題だ、城壁へ籠って戦ってももはや意味はない、魔物の波は砦を孤立させ、国土の奥深くまで魔物の侵入をゆるすだろう。

周辺の村々はほぼ全滅し王都まで魔物が闊歩し、阿鼻叫喚の地獄が出現する。それはもはや確定した未来だ。


 私は空虚な視線を地上へ向けていた。

 

 

 

 そこで私は愛するあの人を見つけた。


「ロイ! どうしてあなたがここにいるの!?」



 城門の上の防衛から交代し休んでいるとレインが慌てて見張り台上から降りてきた。

「レイン、久しぶりだ。元気そう…でもないか」

 レインは元気がなくあきらかに疲れていた。無理もない魔物相手にけが人が続出していたのだから疲れているのは当たり前だ。

 

「そんなことより! なんでロイがここにいるの?」


「冒険者の招集があっただろ、王国中の動ける冒険者はすべてここに集められたのさ。つまり俺も」


「そうじゃなくて! なんでここから逃げ出さなかったのよ!」


「もしかして、俺がいること気が付いていたのか…」


「私、目はいいもの。砦のみんなに挨拶したとき後ろのほうにロイがいるのはわかっていたわ」


「そんなことより! なんで砦から逃げなかったのよ!」


「…だって、レインがここにいるだろ?」


 レインは砦から脱出する兵士たちに加わってなかった。

 

 兵士に聞くと聖女たるレインは皆を守るために砦に残るという。

 むろんそれは建前で聖女をここに残すことは砦の指揮官が決めたらしい。兵士たちの間でもそのことは動揺が広がっているとその兵士は教えてくれた。


「なんてこと…ロイ、だいたい冒険者をやめていなかったの? 私やめるようにいったじゃない。危険だからやめるべきだって、繰り返しいってたよね。なんで、なんでここにいるのよ…」

 レインはふらふらと俺の隣に座りこむ。

 

「正直また会えると思っていなかった…私がこの砦にいるって知ってたの?」


「聖女が前線の砦に慰問にいくって話は聞いていた。たぶんこの砦だろうと思っていたらドンピシャで大当たり、レインが来たときの激励の演説も聞いていたよ」


「うわぁ、恥ずかし」


「レインはなんでここいるんだ? 危なくなる前にすぐ王都へ帰るかと思っていた」

 

「…見捨てられたのよ。5年以上たっても子供一人産めない女だから石女扱いされてね。子供産めない邪魔な婚約者は魔物に食われて死ねば手間がかからなくて良いとでも思ったんじゃないかしら」

 レインは座った状態で伸ばした足先を見ながらどうでも良いことのようにいう。

 

「勝手よね。無理やり婚約者に据えたくせに、子供ができないだけであっさり捨てるのよ」


「…レイン、でも君は自分から王都に残って王子の婚約者になったんじゃないのか」

 

「…自分との婚約を断るのなら、あいつは村を焼き討ちして村人を皆殺しにするといったわ。私に選択肢なんてなかった…」

「王族にとって辺境の村の一つや二つどうでもいい存在なのよ。村を焼き討ちして村人を皆殺しにしようが、ささいなことなのよ」


「…すまない」

 俺はバカなことを言った自分を殴りたくなった。相手は王族だ、ただの村の娘が国の権力に対抗できようはずもない。

 強引に脅されていたであろうことはわかりきったことだった。

 

「私がいつまでも赤ちゃんを孕まないからあいつらどうしたと思う? 王子に問題があるんじゃないかと言って、父親の国王が私のところに来て犯しにきたわ。ワシが孕ませてやる、とかいって。笑っちゃうわよね。王子がこない夜を狙って何回も何回もね」


「ここに来る時だって、ワシの愛妾になれば行かなくても良いようにしてやるとか言ってたけど、ふざけるな! ていってやったわ。ついでに殴って思いっきり蹴り飛ばしてやった。いいきみよ」


「それで私はここに取り残されたってわけ、あの王の陰険ぶりがよくわかるわよね」

 レインは自嘲するように笑った。

 

「…もういい、レインよくわかったから。もういいんだ」


「なんで!? まだまだいいたいことがたくさんあるわ! 王都に一人残っていいことなんて一つもなかった! 誰一人味方なんていなかった! 私が何をしたっていうのよ!」

 レインは涙を流しながら喚きちらす。

 

「あんなやつと婚約なんかしたくなかった。村へ帰りたかった…」

 膝を抱えレインは泣き続ける。

 

「もういい、ここから逃げ延びたら一緒に村へ帰ろう」

「…そうね。この状況なら村に帰ったとしてもわからないわよね」


「もし昔の約束が有効なら、結婚しよう。村に帰ってみんなでお祝いをするんだ」

 レインは顔を上げまじまじと俺を見る。

 

「…本気なの?」


「もちろん」


「ふふ、いいわ約束だものね?」

 レインは泣きながら笑った。

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