第6話 廃課金者、初日の動向を振り返る

「……というわけで、ジェーンの相方になってしまいました」


 メルヘンチックな部屋の中、ヒラヒラした部屋着姿のマリが、深々と頭を下げた。


 その向かいでは……


「お気を落とさずに。ばっちりストーリー通りに、ジェーンの魔物討伐のペアになってしまっただけですから、まだ挽回の余地はあります」


 ……さす子が口元にだけ笑みを浮かべていた。


「本当に……、申しわけもございません……」


 肩をすぼめると、深いため息が返ってくる。


「まあ、なってしまったものは仕方ありませんからね。それに、黒いモヤは朝よりも薄くなっていますし」


「え!? 本当に!?」


 予想外の言葉に、紅い瞳の目が大きく見開かれた。


「ええ。といっても、暗黒色から濡羽色になった程度ですが」


「……よく分からないけど、あんまり変わってなさそう」


「まあまあ、それでも前進は前進ですから」


「そうなのかもしれないけど……」


 

 ゴールはまだまだ遠そうだなぁ。



 落胆しながらドカリと椅子に座ると、一つの疑問が浮かんだ。


「でもさ、なんでちょっとだけでも、ヘイトが剥がれたんだろう? 結局、魔物討伐の相方になっちゃったのに」


「そうですねぇ……、ストーリーだとペアになったあと、人形を使った戦闘訓練で、メアリがここぞとばかりに上から目線であれこれ言ってきますが……、その辺はどうでした?」


「どうって言われると……」


 マリは口元に手を当てて、訓練の様子を思い出した。



 まず、攻撃魔法の訓練では。


「じゃあ、基本的な攻撃魔法からいくよ。たしか、ちょっとした魔物は倒せたんだよね?」


「うん。でも、とっさのことだったから……、また、うまく使えるかは……」


「コツを覚えれば大丈夫だよ。まずは、火属性からいこうか。手のひらを相手に向けて」


「こう?」


「そうそう。それで魔力……、えーと、自分の中のエネルギーってかんじかな? それを燃やすイメージをして……」


「余分なカロリーよー、燃えろー」


「ま、まあそういう考え方もあるかな。それで、最後に手の平から燃やした魔力を放つ……、炎よ!!」



  ゴォォォッ!



「よーし、私も……、炎よっ!」



  ボッ……



「……」

「……」


「だ、大丈夫! ほら、万里の道も一歩から、だから!」


「う、うん! 頑張るよ!」



 つぎに、回避の訓練では。



「えーと、ほら。いきなり魔法が使えるだけでもすごいんだから!」


「ありがとう……、でも、まだ全然だね……」


「大丈夫! このゲー……、じゃなくて世界は、魔物を倒せばその分魔力が強まって、魔法の威力もあがるから! えーと、じゃあ、次は回避訓練にしよう! 回避訓練!」


「う、うん! 頑張るよ!」


「じゃあ、今から訓練用の人形が、攻撃魔法を撃ってくるよ! 魔力を目に集中させると、どの方向によければいいか大体分かるからね!」


「よーし! 邪眼の力をな……」


「はい! 今からお手本ね! ふっ!」


  ヒラリ


「ふっ!」


  ヒラリ


「ふっ!」


  ヒラリ


「わー! メアリ、すごく華麗な身のこなしだね!」


「それは、どうも……、はい! じゃあ、次はジェーンね!」


「よーし! いっくぞー! とうっ!」


  ドッタン!


「やぁっ!」


  バッタン!


「ちぇいさーっ!」


  ドッタン!

  チリッ……


「そうそう、最後ちょっとかすったけど、そんなかんじ!」


「やったぁ! でも、メアリに比べるとまだまだかな?」


「ううん。最初からそれだけ動ければ、かなり高得点だよ!」


「高……、得点?」


「あ、えーと、もののたとえ! さ、次の訓練いってみよー!」



 最後に、防御訓練では。



「最後は防御魔法なんだけど……、これは相手が魔法銃を使ってきたり、剣とか拳とかの物理攻撃を仕掛けてきたときに使うよ」


「ふむふむ」


「あとは、回避が無理そうな全体攻撃魔法のときにも、使うね。そういうのは、だいたい急に歌いだしたり、高笑いしたり、厨二病的な発言をしたりした後にくるから、タイミングよく魔力で壁を作るイメージをしながら足を踏み鳴らすの」


「なるほど」


「じゃあ、やってみるよ……、えいっ!」


  

  ダンッ!

  ガシャン!



「本当だ! 分厚い水晶の壁みたいなのができた!」


「じゃあ、今度はジェーンがやってみて!」


「分かった! 強い壁、強い壁……、とうっ!」



  ダンッ!

  ぷるんっ!



「……」

「……」



「……えーと、ジェーン、このぷるぷるした灰色の壁は?」


「あー、えーと……、幻の名刀が唯一切れないものとして有名な、故郷の食材で……」


「ああ、やっぱり……」


「これじゃあ、この学園で生活していくのは、無理っぽいよね……」


「あ、大丈夫、大丈夫! ほら、まだレベル1……、じゃなくて、訓練初日なんだから! これから少しずつ上手くなっていけばいいんだって!」


「メアリ……! ありがとう、私頑張る!」




「……って、かんじだったかな」



 回想兼説明を終え、マリはさす子が淹れた紅茶を一口飲んだ。


「なるほど。そのかんじなら、ゲームのチュートリアルのときほど、反感は買わないでしょうし、ヘイトがほんの少し剥がれたのも納得です」


「まあ、あれは酷かったからね……、鼻で笑うわ、やる気があるのかとなじるわで」


「しかも、操作説明はナレーションで、メアリ本人は説明もせずに自分の魔法を見せびらかして、はいやってみせて、ですから……、なんというか、嫌われる上司の典型というか……」


「あー、ねー……」


 二人の口から、同時にため息がもれる。そんなおり、さす子がキョトンとした表現で首をかしげた。


「それにしても、マリさん」


「うん? どうしたの?」


「指導するときの魔法の使い方……、というか考え方がそこそこ具体的でしたよね? ゲームはおろか、設定資料集でもその辺は語られていないのに」


「ああ、それね。えーと、あの会社がインディーズのころに作った『サクリ』ってゲーム、プレイしたことある?」


 問い返すと、少し間を置いてから、首が横に振られた。


「そっか……、面白いから、元の世界に帰ったらやってみるといいよ。ただ、パソゲーで移植版もまだ出てないから、難しいかもしれないけど……」


「ええ、機会があればそうします。それで、そのゲームがどうしたっていうんですか?」


「うん、そのゲームでの魔法の考え方が、魔力を別の力に変換する、変換が苦手な場合は魔力をエサにして精霊を使役する、ってかんじだったんだ。なんか世界観がちょっと似てるし、流用できるかなと」


「そう、でしたか」


 眼鏡の奥の表情が、にわかに翳りだす。


「さす子? どうかしたの?」


「あ、いえ。今日は私の方でも色々と調べ物をしてたので、少し疲れが出たみたいで」


「そう……?」


 問い返すと、眼鏡の奥の目が楽しそうに細められた。


「ええ。それじゃあ、明日からの生活に向けて作戦会議をしましょうか。めでたくストーリー通りにジェーンの魔物討伐のペアになってしまったわけですし」


「う……、だから、ごめんって……」


 メルヘンチックな部屋の中には、マリのバツが悪そうな声が響いた。



 かくして、廃課金者はサービス終了回避に向けて、一歩進んだようなそうでもないような一日を終えたのだった。

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スマホゲーの廃課金者が、運営ご寵愛キャラになってしまったので、サービス終了を回避するため頑張ります! 鯨井イルカ @TanakaYoshio

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