第5話 廃課金者、問題を当面先送りにする
「ごめん、ちょっと朝からいろいろあったから、取り乱しちゃって……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それより、落ち着きましたか?」
「うん、おかげさまでね……」
マリは虚な目をしながら、力なく答えた。
見たところ、ジェーンはメアリに嫌悪感も過度な好意も持ってもいない様子だ。
「……ねぇ、貴女ここに来るとき、女神とか、光の玉の集合体とかに会わなかった?」
唐突に単刀直入な質問をすると、緑色の瞳を持つ目が大きく見開かれた。
「え!? なんですかそれ!?」
驚きようを見るに、誰かによってこの世界に呼ばれたのではないのだろう。
「まあ、学校の七不思議の一つみたいなかんじかな……」
「へぇー、そうだったんですか……、七不思議って、こっちにもあるんですね……」
苦しまぎれの言い訳が通用したことに安心したと同時に、落胆もした。
自分たちと同じような境遇なら、話が早かったかもしれないのに……。
「ところで、なんで私の名前を知ってたんですか?」
キョトンとした声に、心の中の愚痴が遮られる。
「あ、えーとね……、今日からうちのクラスに、ジェーンっていう転入生が来るってウワサを聞いてて……、見たことないかおだったから、貴女がそうなのかなぁーって」
「なるほど、そうだったんですね」
再び口からこぼれた苦しまぎれの言い訳も、とくに疑われることはなかった。
「それなら、教室まで一緒に行ってもいいですか? さっきから、道に迷ってしまってて」
再び安心したのもつかの間、ジェーンの口からとんでもない言葉が飛び出した。いや、発言自体はすごく当たり前なものだ。しかし、これ以上関わりたくないマリにとっては、受け入れがたい言葉だった。
しかし……
無理!
貴女には極力関わらないって決めたんだから!
などと、初対面の相手に言えるはずもなく……
「うん、じゃあ、一緒にいこうか……」
……脱力気味に返事をすることしかできなかった。
「ありがとうございます! えーと……、今更ですがお名前は……」
「メアリ・ヴェリタス」
「ヴェリタスさんですね!」
「あ、メアリでいいよ。それに、同い年なんだし、敬語じゃなくても大丈夫」
「うん、分かった! これからよろしくね、メアリ!」
「こちらこそ、よろしく」
ひとまずこの場はこれで収めておいて、二度と関わらないようにすればいいか。
そう思いながら教室に向かったマリだったが……
「それでは、ファルサはヴェリタスの隣の席に座るように!」
……ジャージに鉢巻、手には竹刀という、いかにも熱血ないでたちをした担任がささやかな希望を打ち砕いた。
「まあ、そうなるよね……」
「メアリ、よろしくね!」
落胆に気付くことなく、ジェーンは笑顔でブンブンと手を振る。
ここで無視したら、またヘイトが高まる気がする……。
でも、関わったら後々もっとヘイトが高まることに……。
あ、でも、魔物討伐の相方にならなければ、まだなんとかなるかな……。
ストーリだと、メアリから立候補してたから、それさえしなければ……。
それでも……。
マリの頭の中には、様々な考えが浮かんでは消えた。
まさに、そのとき。
ヒソヒソヒソ
「なぁ、あの転入生、生意気じゃね?」
「本当ね。いきなりメアリ様と机を並べようだなんて」
「それに、呼び捨てだなんて、ずうずうしいにもほどがありますわ」
「一回、痛い目にあってもらおうよ」
「そうだよ。討伐訓練中の事故ってことにすればいいんだし」
ヒソヒソヒソ
クラスメイトたちのささやき合いが、いたるところから、ハッキリと聞こえてきた。
「お、ファルサはヴェリタスのこと知ってるのか?」
「はい、さっき迷子になってたところを助けてもらったんです」
「そうだったか! ヴェリタスは友達思いだな!」
担任もジェーンも、ヒソヒソ話に気づいた様子はない。
再び、頭の中にいろいろな考えが浮かんでは消える。
たしかメアリって、「幼少期から厳しく訓練をしていたせいで、五感が尋常じゃなく鋭くなった」なんて設定も、後付けで盛られてたっけ……。
本当に、運営はメアリをどれだけ超人にしたかったんだろ……。
いや、今はそんなこと愚痴ってる場合じゃないか……、よし。
「……あの、先生」
小鳥の鳴くような声が響き、教室中から注目が集まった。
「どうした? ヴェリタス」
「ファルサさんは、まだこちらに来て日が浅いのでしょう?」
「ああ、そうらしいな」
「なら、私が討伐訓練のペアになります」
「たしかに! 学園随一の実力者がペアなら、初心者のファルサも安心だな! よし、そのとおりにしよう!」
「ありがとうございます、先生。それと、皆さん」
マリは言葉を止め、微笑みを浮かべながら辺りを見渡した。
「私のペアの方に、くれぐれも失礼のないよう、お願いいたしますね」
穏やかだが威圧感のある表情と言葉に、教室は静まり返った。
何様だって思われたかな?
でも、事故に見せかけて襲撃します、なんて話は見過ごせないし……。
それとも、ひょっとして逆効果だった!?
余裕の表情を浮かべながらも内心焦っていると、再びささやき合いの声が耳に入ってくる。
ヒソヒソヒソ
「たしかに、メアリ様の言うとおりね……」
「右も左もわからないようなヤツが、ヴェリタスを頼りにするのは、当たり前だよな……」
「メアリ様のお言葉で、目が覚めましたわ……」
「ああ、ヴェリタスさん。なんて慈悲深いんだ……」
ヒソヒソヒソ
「素直に従うんかーい!」
突如としてルネッサンスでスーパーなツッコミを入れるマリに、ジェーンと担任はビクッと肩を震わせた。
「メアリ、どうしたの?」
「なにか辛いことがあるなら、夕日に向かって走ってきてもいいぞ?」
「あ……、いえいえ、なんでもありませんことでござるよ、オホホホホ」
わけのわからないキャラになりながらも取り繕うと、二人は訝しげな表情を浮かべながらも、そうか、と呟いた。
「えーと、ともかく、これからよろしくね! メアリ!」
「あ、うん。よろしくね、ジェーン」
屈託のない笑みを浮かべるジェーンに向かって、引きつり気味の微笑みを返す。
なりゆきで魔物討伐のペアになっちゃったよ……。
こうなったら、もう、なにかヘイトが溜まりそうなことが起きたら、その場でどうにかすればいいよね……。
マリは心中で、フンワリとした今後の計画を力なく呟いた。
かくして、廃課金者はストーリー通り主人公のペアになってしまいながらも、問題を先送りにすることを決めたのだった。
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