第4話 廃課金者、主人公と出会う
「やっぱり、気が重いなぁ……」
制服姿のマリが、鞄を両手で持ちながら、大きなため息を吐いた。目の前には、討魔士養成学校の校舎へ向かう道が続いている。
「まず、やらなきゃいけないことは、決まったには決まったけどさ……」
独り言をこぼしてトボトボと道を進みながら、昨日おこなったさす子との作戦会議を思い出す。
「ヘイトを引きはがす作戦か、いっそのこと、お笑い担当キャラでも目指してみようかな……」
「たしかに、それも一つの手かもしれませんね。ただ、マリさんのお話だと、メアリの設定は引き継がれてる可能性が高いはずです」
「それがどうかしたの?」
「つまり、こちらの世界の誰からも愛される、という設定も生きているということです」
「えーと、じゃあ、それって……」
「はい、『私ってばこんなおかしなことをしてるのに、みんなから愛されちゃうんです。本当、そんなつもり全然ないのに、困っちゃう。みゃは』みたいな状況に陥る可能性が、むちゃくちゃ高いですね」
「うん。ヘイトが高いキャラがやったら、さらに反感買うやつだね……」
「ええ、残念ながら……」
「……じゃあ、どうすればいいんだろう?」
「そうですね……、マリさんはゲームをプレイしてるとき、メアリについてどう思いました?」
「えっと……、色々あるけど、最後の方は『もう、お前出てくるなよ』って思ってたかな……」
「なら、主人公には近づかず、できる限り目立たないように過ごすことが、一番の解決策かもしれませんね。ただ、メアリの設定からすると、難しいかもしれませんが……」
「だよね……、でも、サービス終了を阻止できるかもしれないんだし、できる限りやってみるよ!」
「ええ! その意気です!」
「よーし! 廃課金ライフのために、頑張るぞー!」
作戦会議でのマリの決意は本物だった。しかし、いざゲームのストーリーが始まるとなると、不安が込み上げてくる。
「あの優遇っぷりの中、目立たずに過ごすことができるかな……、ん?」
不意に、ザワザワとした声に気がついた。辺りには、軍服に似た制服姿の学生たちが、あふれかえっている。中には、チラチラと目を向けてくる者もいた。
「とりあえず、適当に挨拶して教室にいそごう……、よし」
軽く頬を叩き、できる限り穏やかな微笑みを浮かべる。
「みなさん、ごきげんよう」
校舎への道には、小鳥の囀るような可憐な声が響いた。
その途端、周囲の学生たちが一斉に足を止めた。
「!? メアリ様が、私にお声をかけてくださった!?」
「はぁ!? なにバカなことを抜かしてんだ!? 俺に向かってに決まってんだろ!」
「メアリさまは、ボクに微笑んでくださったんですよね!」
「あなたたち! ヴェリタスさんの微笑みは、私に向けられたに決まってますでしょ!」
先輩後輩、男子女子を問わず、学生たちは息を荒くしながら、マリに詰め寄った。
それだけでなく……
「お前ら静かにしろ! せっかくヴェリタスがかけてくれた声の余韻を楽しんでいたのに!」
「なんですか、その教育者にあるまじき発言は!? さ、ヴェリタスさん、こんな騒がしくて危ない方は放っておいて、先生と一緒に登校しましょうね」
……いつのまにか教員たちも集まっていた。
これでは、目立たなく過ごすどころの話ではない。
「し、失礼しましたーっ!!」
「あ、お待ちください!」
「待てよ!」
「待ってー!」
「お待ちなさい!」
「待て!」
「ふふ、ヴェリタスさんは恥ずかしがり屋さんですね」
周囲の制止等を振り切り、マリは校舎に向かって一目散に逃げ出した。
逃げ込んだ先は、一階の隅にある空き教室だった。
「……ここまでくれば、大丈夫だよね」
扉の隙間から覗いても、廊下に追手の影は見えない。
「よし、なんとかなった……、でもさっきので、より一層ヘイトが高まった気がする……」
力ない声とともに、安堵とも落胆ともつかないため息がこぼれる。
「こんなんで、目立たずに過ごすなんて無理だよ……」
カツカツカツ
「……ん?」
不意に、廊下から足音が響いた。
「!? これ以上目立ちたくないし、隠れなきゃ!」
目立ちたくないという割には大きな独り言をこぼし、慌てて扉の鍵に手を伸ばす。
しかし……
「すみません、誰かいませんか?」
……わずかに間に合わず、扉は足音の主によって、無慈悲にも開かれた。
艶やかな漆黒のショートヘア。
翠玉のような淡い緑の瞳。
血色の良い肌。
スカートから伸びる長い脚。
その姿を目にして、マリは顔を引き攣らせた。
「……ジェーン」
足音の主は、「MissingChilds」の主人公、ジェーン・ファルサだった。
主人公に近づかない、なるべく目立たないようにする、その二つの目標が、初日で未達になってしまった。
「うそでしょ……」
「わっ!? だ、大丈夫ですか!?」
ヘナヘナと倒れ込むマリをジェーンが慌てて抱きかかえる。
「ありがとう……。これ以上関わらないようにするから、腐ったトマトとかは投げないでくれると助かるかな……」
「いきなりなに言ってるんですか!? そんなことしませんよ!」
「じゃあ、石とか尖った枝とか投げるかんじ? それとも、コイツは酷いやつですって周囲に触れまわって、最終的には民衆の罵声の中で火炙りにするとか……」
「なんで、より酷い妄想になるんですか!? とりあえず、落ち着いてくださいよ!!」
空き教室には、ジェーンのツッコミが響いた。
かくして、廃課金者と主人公の運命の歯車は回りはじめたのだった。
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