第3話 廃課金者、あらすじと寵愛キャラを振り返る

「さて、世界を救うことを決めたのはいいけど、具体的にはなにをすればいいんだろ?」


 熱い決意から我に返ったマリは、キョトンとした表情で首をかしげた。


「その作戦を立てるためにも、一度『MissingChilds』の内容と、メアリについてを振り返ってみませんか?」


「そうだね、そうしてみようか。えーと……」


 さす子に言われるがまま、ゲームの内容を思い出す。


「ジャンルとしては、RPGでいいのかな?」


「そうですね。ストーリー部分はいわゆるアドベンチャーゲームでしたが、売上ランキングなんかも、RPGのくくりだったはずです」


「だよね。それで、メインストーリーと、ガチャで手に入れたキャラクターを深掘りする個人ストーリーがあって……、ふふふ、毎月給料の大半をつぎ込んでたなぁ……」


「ま、まあ、他社に比べて、確率は良心的な方だと思いましたが……、ともかくガチャのことは一旦置いておいて、ストーリーについて、確認しましょう?」


「あ、うん、そうだね。大まかにいうと、霧の濃い日に帰宅途中の主人公が、知らない町に迷い込んでしまう」


「そうでしたね。迷い込んだ先は、魔物と人間が争う、剣と魔法のファンタジーな世界」


「そうそう。でも、家電的なものとか、パソコン的なものとかもあったりして、現代っぽいところもあるんだよね」


「はい。そして、主人公はいきなり魔物に襲われそうになるも、なぜか使えるようになった魔法で撃退に成功」


「そんなところを魔物と戦う戦士、討魔士を養成する寄宿学校の校長に見つかって、実力を買われてスカウトされる」


「それから、主人公は一癖も二癖もある学校の面々と絆を深めながら、魔物たちとの戦いに身を投じることになっていく……」


 ジャンルとあらすじを振り返ると、二人は紅茶を飲んだ。


「まあ、あらすじはよくあるスマホゲーだよね」


「そうですね。まあ、良くも悪くも王道にまとまってましたよね」


「うん、あらすじはね」


「ええ、あらすじは、そうですね」


 二つの唇から、ほぼ同時に深いため息がこぼれる。


「でも、メアリが登場して魔物討伐の相方になる……、いわゆるチュートリアルの時点で、もう雲行きが怪しくなるんだよね」


「そうですね。まず、メアリの設定からして……」


「千年に一度生まれるかどうかの、魔術の才能を持つ美少女」


「それにくわえて、学問に秀でて運動神経もよく、在学中ながらプロの討魔士が手こずるような魔物も、息ひとつ乱さずに討伐したことがある」


「ただし、幼少期から両親に厳しすぎる訓練を受けていたため、世間とズレのある発言をすることもある」


「しかしながら、根底にある心の強さや、優しさ、清らかさのため、誰からも愛される」


 再び、二つのため息が、ほぼ同時にこぼれる。


「なんというか、ぼくの考えた最強キャラ、ここに極まれりってかんじだよね……」


「ええ。それでも、この設定がゲームに良い影響を与えていれば、まだ救いはあったのですが……」


「まあ、そんなことはなかったよね……」


「本当に、残念ながら……」


「ストーリーの要所要所で起こるトラブルの終盤に、ポッと出てきて一人で解決して……」


「トラブルの原因となった仲間キャラクターに、上から目線でお説教をなさって……」


「仲間キャラクターが、メアリの言葉に感銘を受けて……」


「……今までの行いを悔い改めて、『真の意味での仲間』になる。そんなストーリーばかりでしたね」


「……なんていうか、もうね、主人公置いてきぼりもいいところだよ」


「ええ。本当に……」


 部屋の中には、またしても二人のため息が響いた。


 それから、マリは気を取り直すように紅茶を一口飲み、怪訝そうに首をかしげた。


「ちなみに、今ってゲームのストーリーでいうと、いつごろなの?」


「そうですね。第0話の後編、主人公が学校に入学する日……、の前日です。ちなみに、学校はお休みですよ」


「そっか……、それなら、心の準備をするくらいの時間はあるんだね」


「ええ。それに、第0話でメインのトラブルはメアリ……、マリさんが暴走さえしなければ防げるので、第1話のトラブルに向けての準備にはそこそこ時間をとれますよ」


「そうか……、でも、本当になにをすれば世界を救えるんだろう……」


 力なくこぼれた弱音に、さす子が穏やかな微笑みを浮かべた。


「ああ、その件ですが、一つだけ心当たりがあるんですよ」


「えっ本当!?」


 テーブルに身を乗り出すと、穏やかな微笑みがコクリとうなずく。


「はい。じつは、マリさんにまとわりつく、神話で言うところの、数多の神々からのヘイトが見えているんです。黒いモヤのような形で」


「そうなんだ……」


「ええ。なので、ひとまずその黒いモヤを消すことを目的にしたらどうでしょうか?」


「そう、だね。ユーザーが離れていったのは、メアリにヘイトが溜まりすぎたからだし……」


「それでは、当面の目的は、ヘイト剥がしで決定ですね」


「うん。ちなみに、だいたい予想はつくけど……、今ってどんなかんじ?」


「それはもう、顔以外は全身真っ黒なモヤに包まれています」


「ああ、やっぱり……、まあ、私もヘイトを向けてたうちの一人なわけだし……」


 マリは肩を落として、力なく呟く。その姿を見て、さす子がキョトンとした表情で首をかしげた。


「ところで、マリさんは最後の方まで課金を続けていたようですが……、なぜ、運営のご寵愛が目に余っても、見放さなかったのですか?」


「え? ああ、あの会社の作るゲームの、キャラデザとか世界観がすごく好きなんだ。昔からね」


「昔からと言いますと、どのくらい?」


「そうだね……、スマホゲームに手を出すずっと前、それこそインディーズゲームの即売会で売ってたころからかな」


「……そう、ですか」


 突然、メガネの奥の目が曇る。


「あれ? さす子、どうし……」


「さて、振り返りも済んだことですし、これからの作戦について話し合いましょうか」


 しかし、すぐに微笑みが戻り、かけた声は遮られた。


「う、うん……、そう、だね」


 マリは釈然としない表情を浮かべながらも、小さくうなずいて紅茶を口にした。


 かくして、廃課金者は、ご寵愛キャラからヘイトを引きはがすことを当面の目標に決めたのだった。

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