第2話 廃課金者、協力者を得る

「なんで、なんで、なんで……」


 滝川マリは白いネグリジェ姿で、メルヘンチックな部屋の中を歩き回っていた。


「たしかに、『MissingChilds』の世界に入り込んで暮らせたらなー、なんて妄想は何度もしたよ……」


 かれこれ五分程度は、こんな調子でブツブツ言いながら、グルグルと歩き続けている。


「だからってさ、これはあんまりだと思うんだけど……」


 絶望に満ちた目には、うっすらと涙まで浮かんでいた。


「やっぱり、なんかの間違いだよね……、うん、きっとそうに決まってる……」


 わずかな期待を込め、ドレッサーの前で足を止め、再び鏡を見つめた。

 しかし、そこに写ったのは日々の生活に疲れた会社員の顔ではなく、銀髪紅眼の可憐な美少女の顔だった。


「やっぱり……、メアリになっちゃったのか……」


 深いため息とともに、マリは顔を覆って落胆する。


「いや、たしかにある意味当たりなのかもしれないけど……、でも……」


  

  コンコン


 

 不意に、ノックの音が泣き言を遮った。


「失礼いたします、お嬢様。お目覚めのお時間です」


 落ち着いた声とともに、眼鏡をかけた黒髪ショートカットのメイドが部屋に入ってくる。その姿には、見覚えがあった。メアリがいつも連れているメイドで、名前はつけられていないキャラだ。



 しかし、ことあるごとに、「さすが、メアリ様!」、「メアリ様、さすがです!」という台詞を吐くことから、プレーヤー、特にメアリを嫌う者たちからは……



「さす子……」



 ……そんな通称で呼ばれていた。



「さす……、子?」


 さす子が不審そうに首をかしげると、マリはハッとしてから首をブンブンと横に振った。


「えっと、今のはちが……」


 本人を目の前に悪口とも取れる通称を口にしてしまい、必死に言い訳を探す。


「今、私のこと『さす子』と呼びましたよね!?」


「う、うん……」


 しかし、ものすごい剣幕で詰め寄られ、小さくうなずくことしかできなかった。

 

「ということは、貴女も外の世界から来たんですね!?」


「……え、貴女?」


 問い返すと、眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝いた。


「よかったぁ。私一人じゃ無理ゲーだと思ってましたが……、メアリの中身がアンチの人なら、きっとなんとかなるはずです!」


「あの、ちょっと、というか、かなり混乱してるから、状況を整理してもいい?」


「あ、すみません、そうでしたね」


 さす子が苦笑いを浮かべ、一歩引き退る。


「それでは、紅茶をお持ちしますので、ゆっくりお話ししましょう?」


「うん、そうだね」


 マリはホッとしたようにため息をついてうなずいた。




 それから、二人は紅茶を飲みながら、状況の確認をはじめた。


「……なるほど、つまりマリさんはその女神様に呼ばれて、メアリとしてこの世界にやってきたんですね」


 マリが事情を話すと、さす子が腕を組んでコクコクとうなずく。


「うん、それで、さす……、ごめんこの呼び方はあんまりよくないよね」


「いえ、かまいませんよ。本当の名前は覚えていませんし」


「覚えてない?」


「はい。ここに来たときの衝撃で、元の世界のことを少し忘れてるみたいなんですよ」


「それじゃあ、記憶喪失ってこと!?」


「そんなかんじですね。でも、大丈夫ですよ。ここに来た経緯と目的、それに『MissingChilds』のことは、ちゃんと覚えてますから」


「だからって……」


「ほら、こういう事態は目的を達成するうちに、なんだかんだで記憶も戻って、元の世界に無事に帰れるのがセオリーですし」


「そうかも、しれないけど……」


「そんなことよりも、私がここに来た経緯と目的を聞かなくていいんですか?」


 眼鏡の奥の目が、ニコリと細められる。穏やかな笑顔のはずなのに、有無を言わせない威圧感があった。


「……うん、じゃあお願いしようかな」


「はい、かしこまりました」


 さす子は紅茶をひと口飲み、深く息を吐いた。


「私がこの世界に来た経緯と目的は、概ねマリさんと同じです」


「概ね、ってことは、違うところもあるの?」


「はい。まず、私をこの世界に呼んだ人物が、女神様ではなく……、というよりも人の形ですらありませんでした」


「人の形じゃない?」

 

「はい。なんと言いますか、色とりどりの光の玉が集まったもの……、集合恐怖症のかたが見たら、卒倒しそうなかんじの見た目でしたね」


「うわ……、それはキツいね……」


「たしかに。でも、私はわりと大丈夫なほうですから、なんとかなりました。それで、違っているところがもう一つありました」


「もう一つ?」


「ええ。私はその光の玉から『私たちの世界は、神の暴走によって週末を迎えようとしている。だから、救ってほしい』と伝えられました」


「へー……」


 今度はマリが紅茶をひと口飲み、深く

息を吐いた。


「じゃあひょっとして、私が会った女神様と、対立する勢力に呼び出されたのかな?」


「対立、というのは、少し語弊があるかもしれません」


「そうなの?」


「はい。この世界に来てから、他の人々に怪しまれないように、一般常識に関わりそうな書物を読み漁ったのですが……、その中に、『この世界は、一柱の神によって創造され、数多の神々によって育まれている。数多の神々が去ってしまえば、終末が訪れる』という神話がありました」


「え? 『MissingChilds』に、そんな設定ってあった?」


「少なくとも、ゲーム内には、そんな神話ありませんでしたね。ただし……」


 眼鏡の奥の眼光が、にわかに鋭くなる。


「……似ていますよね? 『MissingChilds』が置かれている状況に」


「あ……」


 声を漏らしながら、昨夜ベッドの上でこぼした言葉を思い出した。



  これも、全部アイツのせいだ。



 運営の寵愛が暴走して、プレーヤーたちが愛想を尽かし、サービスの終了をむかえる。

 ウワサされているゲームの状況に、二人を呼んだものたちの言葉は見事に合致していた。


「じゃあ……、私を呼んだのが運営の擬人化みたいな存在で、さす子を呼んだのがプレーヤーたちの擬人化みたいな存在ってこと?」 


「おそらく、そうでしょうね。まあ、まだ不確かなことばかりで……」


 不確かなことばかりですからと、さす子が口にしようとした。

 まさに、そのとき。



  ガシャンッ!


「それなら!」




 突然、マリがテーブルに手をついて立ち上がった。


「わっ!? な、なんですか、いきなり!?」


「私たちが頑張れば、サービス終了がなかったことになるかもしれないよね!?」


「……可能性は、なきにしもあらずかと」


「よーし! それなら、この世界の終末とやらを全力で阻止してやろうじゃない! そして、来月も再来月も末永く課金してやる! それだけが、私の生きがいなんだから!」


「他の生きがいも見つけた方がいいとは思いますが……、やる気になってくれたのはなによりです」

 

 

 かくして、廃課金者は生温かい目に見守られながら、世界を救うことを心に決めたのだった。

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