スマホゲーの廃課金者が、運営ご寵愛キャラになってしまったので、サービス終了を回避するため頑張ります!

鯨井イルカ

第1話 廃課金者、ご寵愛キャラになる

「ダメだ、もう死のう」


 物騒な言葉と共に、スーツ姿の女性がベッドに倒れ込んだ。


 彼女の名は滝川マリ。

 都内に勤める会社員だ。


「今月も食費切り詰めて、家賃と同じくらい課金したのに……」


 握りしめたスマートフォンの画面には……



  サービス終了のお知らせ。



 ……という文言が浮かんでいる。

 


「これも、全部アイツのせいだ……」


 虚な目が向いた先には、スマートフォン向けゲームのポスターが貼られていた。


 「MissingChilds」というタイトルロゴの下、中央の一番目立つ場所に、長い銀髪に赤い瞳をもった白いドレスの少女が描かれている。


 サービス終了の原因はこの少女、メアリ・ヴェリタス。

 

 彼女に対して運営の寵愛がいきすぎ、ストーリーやゲーム性に破綻をきたしたため、売上が落ちサービス終了になった。


 マリを含めた多くのプレイヤーたちは、そう考えていた。


「アイツが……、いつも、いつもでしゃばるから……」


 恨み言を口にしているうちに、意識は眠りの中へ落ちていった。



 それから、どれほどの時間が経ったのだろうか。


「……て」


 暗闇のなか、どこからか、誰かの声が聞こえてくる。


「……くって」


 きっと、ただの夢だ。そう思い、マリは再び眠ることにした。



 しかし……


「世界を救ってください」


「わぁっ!?」


 ……耳元でハッキリと聞こえた声に、叩き起こされた。



 戸惑いながらも見渡すと、辺り一面は暗闇に包まれていた。その中に、ギリシャ神話の女神のような衣裳を着て、右手に銀色のガントレットをはめた、長い黒髪の女性が立っている。


「お願いです。世界を救ってください」


 落ち着いてはいるがどこか緊迫感のある声に、マリは再び辺りを見渡した。しかし、自分たち以外に人影は見当たらない。


「えーと、もしかして私に言ってますか?」


 問いかけると、女神のような人物は微笑みながらうなずいた。


「はい。もちろんです。どうか、世界を救ってくださいませんか?」



 いきなり呼び出されて世界を救ってくれだなんて、スマホゲームとか、ラノベとかのテンプレートっぽい夢だ。

 でも、面白い夢だったら、サービス終了のショックも少しは和らぐのかもしれないかな……。


 

 いつのまにか、首が自然と縦に動いていた。


「分かりました」


「本当ですか!?」


「ええ。それで、具体的には何をすればいいんですか?」


「はい! 私の世界は無慈悲な神々の審判によって、終末を迎えようとしています。ですから……」


 女神が言葉を止め、額にそっと触れた。


「……私が与える力を使って、無慈悲な神々の、誤った審判を覆してください」


「ちょっと待って! 少しも具体的になってな……」


「それでは、貴女の進む道に幸いがあらんことを!」



  バチッ!



 抗議を無視した言葉とともに、額に電気のような衝撃が走った。


「痛っ……!?」


 マリはとっさに額をおさえて、その場にうずくまった。しかし、痛みは引かず、むしろ鼓動に合わせ、だんだんと強くなっていく。



「私が与えた力で、なすべきことをすれば、全てが上手くいきますから」



 痛みとともに遠くなっていく意識の中、満足げな声が聞こえた気がした。





 それから、またいくらかの時間が流れた。



  ジリリリリリリ!



 耳元で目覚まし時計が、大音量でベルを鳴らす。


「う……、あと……、もう少し……、あと……、三分だけだから……、あれ?」


 定番すぎる言い訳を口にした後、マリは違和感に気づいた。



 今使っている目覚まし時計のアラームは、電子音のはずだ。



「それなら、ここはいったい……!?」


 あわてて上半身を起こすと、ベッドはレースの天蓋に包まれていた。

 もちろん、自宅のベッドに天蓋をつけた覚えはない。

 


「本っ当、なんなの!?」



 乱雑に天蓋を開けながらベッドから飛び降り、辺りを見回す。

 部屋の中はまるで、おとぎ話のお姫様が暮らすようなものに、変わっていた。

 

 自宅とはまったく違った有り様だったが、この部屋には見覚えがあった。


「まさか……!」


 目についた豪奢なドレッサーの前に、全速力でかけ寄る。


 曇り一つない鏡に写っていたのは……


「ウソでしょ……」

 

 絹のように艶やかな銀色の長い髪。

 柘榴石のように深い紅の瞳。

 雪のように白い肌。

 小柄で華奢な身体。



「アイツになってる!?」



 ……「MissingChilds」をサービス終了に追い込んだとされる運営ご寵愛キャラ、メアリ・ヴェリタスの姿だった。



「なんで、こんなことにぃ!?」



 メルヘンチックな部屋の中には、マリの悲痛な叫び声が響いた。


 かくして、廃課金者は運営ご寵愛キャラとなり、来るべき終末サービス終了に立ち向かうことになったのだった。

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