文化祭デートβ 02

 

 体育館の中央にどっしりと構えた黒半球のプラネタリウムドーム。

 かまくらを連想させるようなそのドームの中には、円に沿って椅子が何脚も並べられていた。


 俺と委員長は天文部員の眼鏡っ子ちゃんに奥へ案内され、椅子に腰掛ける。


「想像以上に中も広い……。高校の部活動でこのレベルのプラネタリウムを用意できるなんて……」


 委員長は感動しながらプラネタリウムを見上げて言った。

 今、ドームの中に映し出されているのは夕陽で赤く染めた空。

 上映開始のナレーションと同時に、夕陽が段々と顔を隠していき、暗くなるにつれて、いつの間にか夜空へと変わっていた。

 まだ微かに明るい夜空の下、目を輝かせながら見上げる委員長。


 委員長がこんなに喜んでくれるなんてな。


 暗転してからすぐに星が姿を現した。

 連なる星々のミルキーウェイが映し出され、優しい声のナレーションも流れる。


『双子座流星群が〜(うんたらかんたら)」


 ……ちなみに、ここまでの俺を知っている人なら誰でも分かると思うが、俺は星座の知識0だし、なんならこのドームを見た時も●ANT●の球体にしか見えなかった。


 無理にロマンチストっぽく振る舞ってきたが、もう限界だ! 俺は星よりも委員長を見るぜ!


 とまぁ、そんな感じで星を見ずに暗闇の中で委員長を凝視していたのであった。(異常者)


 ✳︎✳︎


 約40分の上映が終わって、体育館を出る。


「いやぁ、綺麗だったなぁ」

「佐野くん本当に星見てた?」

「み、見てたよ!」

「本当? なんか……ずっとこっちを見られていたような」


 どうやら委員長しか見てなかったことがバレていたみたいだ。(当前)


「ははっ。なんていうかさ、星より委員長の方が綺麗だったからさ(ドヤ顔)」

「またそうやって恥ずかしげもなく……。どうせ、他の子にも同じこと言ってるんでしょ?」

「え? 言ってないよ!(大嘘)」

「嘘つき。安西先生から佐野くんのこと色々聞いてる……。それに若葉さんとも仲良いみたいだし」


 委員長は懐疑的な視線を向けてくる。

 安西先生め、教師のくせに生徒のプライベートをベラベラ喋りやがって。(まぁ7:3くらいで俺が悪い)


「佐野くんって、クラスではいつも大人しいのに、外だと大胆だから……不思議」

「ふ、不思議と言われましても。俺は話しやすい人には自分らしく話せるだけで。(内弁慶陰キャ)」

「じゃあ……私も話しやすい人ってこと?」

「ん? そりゃそうだよ。委員長は誰でも平等に優しく接してくれるだろ?」

「……優しく? あまり意識したことない」

「委員長のそーゆうところが、委員長たる所以なんだ。俺より鈍感系主人公の素質ある」

「ど、鈍感系?」


 そんな感じで話して歩いていたら、いつの間にか体育館から校舎へ戻ってきていた。

 体育館の静寂から一変、校舎内では「文化祭はまだこれから」と言わんばかりに、活気のいい声が聞こえてくる。


「まだあと15分くらいあるけど、委員長は行きたいところある?」

「私の?」

「うん」

「じゃあ——」


 委員長に言われてやってきた場所。

 そこは閑散としていて、本来、文化祭時は立ち入り禁止になる場所。


「はぁ……なんとなく察しはついていたが」


 そう、お馴染みの屋上だった。


「佐野くん、フリーハグ……して」


 そ、そうきたかァー。もう委員長フリーハグ狂だろ。


「いいけどさ、なんでそんなにフリーハグを」

「それは聞いちゃダメ……それとも理由がないとフリーハグやらないの?」

「そりゃフリーなわけだし、いいけどさ」


 委員長って恥ずかしがり屋の割に、フリーハグはやりたがるんだよなぁ。

 欲を言えば、あのメイド服姿で抱きたかったのだが……。


 誰もいない屋上で、俺たちは向かい合う。


「じゃ、じゃあ……」


 俺は手慣れた感じで、文化祭特別ヘアの委員長を抱き寄せる。

 違う香水を使っているからか、いつもより甘い香りをした委員長を抱いていると、自然と顔がにやけてしまう。


「そういえば、委員長の妹さんもフリーハグしに来たよ」

「え? いつ?」

「お昼くらいだったかな。いやぁ、可愛い妹さんだね」

「うん、私の自慢の妹。勉強も運動もいつも1番で、私よりしっかりしてる」


 委員長は誇らしげにそう言った。自慢の妹……か、なんかいいなぁ。

 でも当の妹さんは、委員長へのライバル心がかなり強かったような……。


「ねぇ佐野くん」

「あ、ごめん考え事してた。もう終わりにする?」

「違くて」


 委員長は抱きつきながら口先を俺の耳元に近づける。


「……いつも、ありがとう」


 委員長はそう呟くと、俺から離れた。

 照れ臭そうにはにかんで、「……戻るね」と一言残し、委員長は屋上を後にした。


「…………」


 一人残された屋上で、青空を見上げて俺はポケットに手を突っ込みながら、屋上を旋回する。


「いつでも言えそうな『ありがとう』を面と向かって言うのがちょっと恥ずかしいから、わざわざ屋上でフリーハグしてる隙に言って照れながら去っていくとか……もう! 不器用にも程があるだろ!」


 限界オタクみたいな早口。

 委員長、あんた最高だぜ。


 その時、俺の背後から軽やかな足音が聞こえてくる。

 この、圧倒的な覇気は……。


「ラブコメが終わったらラブコメが始まる。ほんと佐野くんって幸せ者だね」

「全部、見てたんすか」

「……まぁね」


 振り向くと、そこには——。


「さぁ、デートの時間だよ。佐野孔太」


 戦隊モノのお面をつけて水ヨーヨーとたませんを両手に持った金髪ヤンキーがそこにいた。


「た、玉木先輩、楽しそうっすね」

「生徒会長として、全店舗に行くのが仕事だから」


 玉木先輩はお面を横に移動させて、その美しきご尊顔をこちらに見せてくださった。(ありがたやありがたや)


「佐野くんも楽しそうだったじゃん。お嬢と一緒にプラネタリウム行って、お別れのハグまでしちゃってさー」

「な、なんすか、悪いんすか?」

「別にー?」

「……あ、もしかして嫉妬してるんすかぁ?(煽り)」

「してるけど?」

「す、ストレートすぎる」


 玉木先輩はたませんを頬張りながら、俺の隣に並んだ。


「デートの前に、ちょっと話さない?」

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