文化祭デートβ 01

 

 ——フリーハグ再開から1時間が経った。


 ペチャペチャとスライムで遊ぶ先生の傍らで、俺は真面目にフリーハグをこなし、サンプル(研究対象)も80人を超えた。


 文化祭とはいえ、まさか屋上のフリーハグに来る人が80人もいるとは……けっこう想定外なのだが。


「佐野くん、もう14時になりますし、そろそろお仕舞いにします?」

「そっすね、俺もおデートあるし」

「……そーですか」

「委員長も14時から15時までは休みを貰えるらしいんで。くぅ〜、待ってたぜこの時をヨォ!」

「……他の女の話しないでください」

「ん? なんすか?」

「なんでもないです!」


 うほぉ、他の女とか言っちゃうあたり、先生俺のこと好きすぎだろ。(肝心な所が聞こえてない鈍感主人公っぽく立ち回って心の中でニヤけるゲスの極み)


「先生はこの後どうするんすか?」

「適当に店を回って屋上で一人呑みします」

「酒……また校長に叱られますよ」

「エリーちゃんも巻き添いにするので大丈夫です!」


 エリ先……可哀想に。


 ✳︎✳︎


 なーんて、言っちゃいましたけど、エリーちゃんと約束なんてしてないんですよねぇ私。

 佐野くんが屋上から出て行ったのを確認して、私は後をつけるように忍び足で、屋上から4階への階段を下る。

 階段の影に隠れ、B組の前で待ち合わせていた佐野くんと南雲さんが立ち話をしているのを盗み聞きする。


「ごめん委員長遅くなって」

「……別に、待ってない」

「そ? じゃあ行こっか」


 なーにが、「じゃあ行こっか」だよ、女慣れした言い回しして。

 最近の佐野くんはお調子者なので、ここで1発南雲さんといい感じの雰囲気になった所を、私の登場でぶち壊してやります。


「ククッ、我ながら完璧な作戦っ」

「先生、何してるんですか?」

「うひゃゃぁっ! え、桔川部長?」


 隠れてた私の背後から、桔川さんが声をかけてきた。


「あれ、もしかして桔川部長もご休憩を?」

「はい。客足も落ち着いてきたし、わたしたち目当てのお客さんも少なくなってきましたから。それより先生はなんで……」


 桔川さんは私がさっきまでコソコソと見ていた方に目を向ける。


「……そっか」


 いつもお転婆な桔川さんにしては珍しく顔を曇らせていた。


「先生。あの2人の邪魔しちゃ悪いですし、あっちで私と遊びましょうよ」

「え……でも」

「ほら、ジュース奢ってあげますから」


 桔川さんに手を引かれその場を後にした私。完璧な計画は水泡に帰した。


「く、悔しく無いんですか! 桔川部長だって、佐野くんのこと」

「別に、好きじゃないですから」

「嘘ですよ、そんなの! あんなに仲良くて、幼馴染で、息もぴったりだし」

「……せんせ。色々と、事情があるんです。幼馴染って」

「……桔川、部長」


 確かに、前々からこの二人には何かと不思議な点が散見された。

 まず、同じ島出身で同じ屋根の下に住んでいながら付き合っていないこと。

 そしてあの女たらしでエロガキの佐野くんが、こんなにボンキュボンで容姿も可愛らしい桔川さんに猛アタックしていないこと。


 これを機に聞くべきか悩んだけど、桔川さんの顔には「これ以上聞くな」とでも書いてありそうな雰囲気で、とても聞く気になれなかった。


 ✳︎✳︎


 委員長とB組の横で待ち合わせ、並んで文化祭を歩き始める。

 浮ついた文化祭の雰囲気はとても居心地よくて、いつもは硬い表情の委員長も、今日は少し柔らかい表情をしていた。


 休憩時間とはいえ、髪のセットは崩せないらしく、前髪が左に寄っているからえちえちなおでこがチラッと見える。(エロいかどうかは個人の感想です)


「いやぁ、委員長のギャップ萌え、最高だったよ」

「萌え?」

「あー、そういや萌えも、もう死語か。(個人の感想です)よーするに、可愛かったってこと」

「……そ、そういうこと、他の人にも言ってるんでしょ? 安西先生が、佐野くんはタラシさんだから真に受けない方がいいって言ってた」


 あのクソ教師、せっかく居なくなったと思ったら、厄介な時限爆弾残しやがって。

 このままじゃ、俺が持ってる委員長をデレさせるための会話デッキが全滅……いや待て、発想を逆転させろ。


「じゃあさ、委員長は真に受けたくないの? 俺は、心から可愛いって言ってるのに」

「……そ、それは」


 来い、来い。


「それは…………嬉しいから、信じたい」


 ヒューっ。

 モテ期の俺には会話デッキなんて必要ないゼ海●!(ディスティニードロー連発)


「でもま、いつもの委員長が1番委員長って感じだし、安心するけどね」

「……それもなんか、タラシさんっぽい」

「なんで⁈ あーもう、俺が何言っても疑うの禁止カードにしてくれよ!」

「……ふふっ」


 委員長はいたずらっ子のように小さく笑った。

 やべぇ、委員長に転がされるのも気もちぃぃ。


「それで……タラシさんの佐野くんはどこに連れてってくれるの?」

「えーっと、一応、事前に券を買っておいたんだけど」

「券?」

「あったあった」


 俺は財布から2枚の入場券を取り出して、一枚を委員長に渡す。


「虹高文化祭名物で、毎年天文部がやってるらしいプラネタリウムドームの券」

「す、すごい……天文部のプラネタリウムって、体育館貸し切りで、1日目の午後に2回しか上映しないから当日販売の券はもう売り切れって聞いたのに」

「いやぁ、委員長はこういう落ち着いたものの方が喜ぶかなぁって。それに、これならちゃんと休憩時間内に終わりそうだし」

「嬉しい……ありがとう佐野くん」


 委員長は興奮気味に俺の手を取ったが、少ししたら顔を赤くして、手を離した。

 可愛いの権化かよ。


「さ、もうすぐ2回目の上映始まるし、急ごっか」

「う……うんっ」

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