文化祭デートα 02
隣の特別教室棟にある科学室。
置いてある実験用具たちの独特の雰囲気が、文系気質の俺にとっては不快に思えて仕方がない。相変わらず腐った卵みたいな臭いが漂ってるし。
「……誰もいないっすけど、本当にここでスライム作りしてるんですか?」
「科学部顧問のエリーちゃんが言っていたんで、間違いないです!」
エリ先って科学部の顧問やってたのかよ。初耳なんだが。
「いらっしゃいお二人さん」
突然、背後から声をかけられる。
「あ、あんたは……エリ先っ」
「エリ先言うな」
そこには科学室の引き戸に背中を預ける更科エリー先生がいた。
エリ先は「あんたたちを待ってたわ」と言って、ウェーブのかかった髪をクルクルと弄りながら歩み寄ってくる。
「エリーちゃん! スライムはどこにあるんですか!」
「ごめんねまほろちゃん。スライムなら完売したの」
「ええー」
しょんぼり顔の安西先生を宥めるため、エリ先は安西先生の頭を撫でた。
「ま、せっかく来てくれたんだし、ゆっくりして行きなさいよ。佐野、あんたお茶注いできなさい。準備室に一式あるから」
「なんで客人の俺がやるんすか!」
「あんたってこき使われるの好きそうだし」
「それは条件によるんで。エリ先が俺にフリーハグしてくれるなら文句言わずにやりますよ、グヘヘ」
「うわっ、キモすぎなんだけど」
「まぁまぁ二人とも。喧嘩はやめてください。お茶なら私が注いできますから」
先生はお茶を淹れるために準備室へ入って行った。
とりあえず俺とエリ先は科学室の丸椅子に座り、睨み合う。
「で、エリ先。本当の目的は?」
「本当の目的?」
「スライムなんて
「……ふーん、ただのバカだと思ってたけど、案外鼻が利くのね」
エリ先の嘘に騙された安西先生は、ただのバカということでよろしいか?
エリ先は準備室の方へ一度目をやって、俺の方に向き直る。
「実は、あんたと1対1で話したいことがあったのよ」
「まさかエリ先、俺のことが好」
「ちげーわ。あんたと付き合うくらいなら便器を手洗いした方がマシよ」
「チッ、アメリカンコメディみたいな例えすんなよ、ハバ卒じゃないくせに。留学生アピールきちぃ〜」
「はば卒だっての!」
「じゃあ英語喋れるんすか?」
「……ぐっ、ぐっもーにん、きびみーまねー」
「ダメだこの人」
「あーもー! 話の腰を折るなっての!」
エリ先はどこからか緑色のサンダルを取り出して俺の肩をぶっ叩いた。
この人も正直に俺のこと好きって言えばいいのに。(調子乗りまくり)
「話したいのは、科学部の話よ」
「科学部って……エリ先が顧問してる?」
「そうよ。その科学部の部長が、あんたに頼み事があるから、今日はわざわざ呼んだの」
「ぶちょー?」
エリ先は頷きながら、胸の谷間からスマートフォンを取り出すと「入ってきていいわよ」と、電話越しで誰かに合図する。
その合図に応えるように、科学室の引き戸がゆっくり開くと、黒髪に緑メッシュを入れているメガネ女子が入ってきた。
「こんにちわ。佐野孔太クン」
背丈は安西先生と同じくらいのロリっ子だが、ゆのに負けず劣らずのたわわバスト。(ろ、ロリ巨乳や……)
「紹介するわ。この子は虹高2年で1番の秀才であり、科学部部長の
「ヨロシク、佐野孔太クン」
童顔でまん丸なその瞳とクセのある舌足らずの口振り。
くっ、可愛いじゃねぇか。
でもなぁ、俺には委員長と玉木先輩がいるしなぁ。
「どした? 佐野孔太クンはよく喋る子だと聞いているんだケド」
「あ、あの〜吉祥先輩、ちょうど今、ヒロインが飽和状態なんで、俺に惚れるのはご遠慮いただきたいと言うか」
「エリー先生、コイツは何を言ってるんデス?」
「自意識過剰バカだから基本無視でいいわ」
吉祥先輩はナチュラルに俺の隣に座る。
(うわぁ、おっぱいデカー)
「佐野孔太クンに頼みがありマス」
「頼み? あ、もしかして肩こりとか? 俺でよろしければ揉」
「アナタが屋上で実験をしていると聞きました」
「まぁ……実験って言っても俺がやってるのは心理学実験で」
「佐野孔太クン、実験が好きなら、科学部にも入ってください」
……え、えぇ。
「まさかエリ先は俺を勧誘するために、先生に嘘言ってわざわざ呼んだんすか?」
「うっさいわねぇ。名前貸すだけでいいから科学部入りなさいよ」
「えー」
「お願いデス! 入ってくれるならなんでもします!」
「え、今なんでもって」
「だってこのままだと、科学部が潰れちゃうのデス」
「潰れる? なんでまた」
「ぶ、部員が、私一人になっちゃったから……デス」
部長は神妙な面持ちで悩みを吐露した。
この高校って誰でも部活を作れる(同好会から)代償として、最低人数の部活が多いらしく、部活の人材確保と後継者問題は廊下で度々耳にするくらい頻繁に起こっているようだ。
「でもさ吉祥先輩。俺が入ったところで2人だし、何も変わらないんじゃ」
「とりあえず2人になれば半年はなんとかなりマス! 若葉ちゃんと約束したんデス!」
「若葉ちゃんって、玉木先輩のことか」
「だからお願いデス! 名前を貸すだけでいいので!」
何度も頭を下げ(ながら胸をゆっさゆっさす)る吉祥先輩に根負けした俺は、仕方なく首を縦に振った。
「まぁ、名前なんて書いて減るもんでもないしいいですけど。その代わり、なんでもしてくれるんすよね?」
「ハイ!」
なんでも……か。
「お茶淹れて来ましたよー。あれ、なんか一人増えてる」
「まほろちゃん、この子は科学部の部員」
「へぇ! 科学部の部長さんでしたか!」
「吉祥音と申しますデス」
「……うわぁ、おっぱいでかぁ」
なんでも……なんでも……よしっ!
「決めたァァッ!」
「佐野くん、何一人でヒートアップしてるんですか?」
「吉祥先輩っ、アレ作ってください!」
「アレ?」
吉祥先輩は首を傾げた。
✳︎✳︎
屋上に戻る道中、先生は隣でピチャピチャと音を立てながら遊んでいた。
「わーっ! ひんやりスライム最高です! ありがとうございます佐野くんっ」
「嬉しそうで何よりですよ」
先生は緑色の(キモい)スライムを手の中で弄っている。
そう、俺は吉祥先輩への"なんでもお願い権"をスライムに使ったのだ。
スライム並みに柔らかそうなあの胸を揉むチャンスがありながらも、俺はスライムを優先してしまったのだ。
「なんでスライムをお願いしてくれたんですか? 詳しくは知りませんが、なんでもしてもらえる約束? を吉祥さんと交わしたんですよね?」
「そ、そんなの……先生が残念そうな顔してたからに決まってるでしょ」
「それ本当ですか?」
「そりゃあそうですよ! ま、まぁ? なんて言うか、流石に胸は……セクシャルだと思ったんで」
俺が頬を紅潮しながら言うと、先生はスライムの手を止めて、俺の方を見た。
「前から思ってたんですけど、佐野くんって攻める割にチキンですよねぇ」
「は? 先生に言われたく無いんだが」
「私は度胸ありますから! この前も、校長のお説教に逆らってお酒呑みましたし!」
ドヤ顔でそう言う先生。
「それは度胸と言うより誘惑に弱いだけでは?」
「佐野くんに言われたく無いです! さっきだって、常識人ぶりながらスライム作る吉祥さんの胸にしか視線行ってませんでしたよ!」
「当たり前だろ! あれはゆのと同等の逸材なんだ!」
「はぁ?」
先生は呆れ顔になりながら、俺の肩にスライムをなすり付けてくる。
「スライム、佐野くんも触っていいですよ」
「いや、いらんのだが」
「なっ! 汚物を見るような目は止めてください!」
「はぁ、こんなスライムじゃなくて、吉祥先輩の胸にしとけばよかった」
「…………じゃ、じゃあ、吉祥さんほどではありませんが、代わりに、その。私の、揉みますか?」
「あ、結構です」
「なんでてすか!」
その後も先生はずっと怒り狂っていた。
✳︎✳︎
文化祭デートα完
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