メイド喫茶へ01

 

 玉木先輩の残り香を愉しみながら、俺は持ち場に戻ってアイマスクを付け直す。


「俺たち、勝ったんだよな」


 勝利の味を噛み締めながら、俺は宙を仰いだ。

 知らない間に暑さを忘れていた。さっきまで玉木先輩のひんやりとした肌に触れたからだろう。


「あちぃ……」


 屋根にぶら下がった蝉の声を聞きながら、真っ暗な視界の中で想いに耽る。


 もう勝負はついた。

 神宮寺先輩は自分から負けを認めた。


 俺は玉木先輩を、心理学実験同好会を守ったんだ。

 一件落着ぅ……。


「あの——」


 突然、目の前から澄んだ声が聞こえる。

 どうやら、いつの間にかフリーハグの客が来ていたみたいだ。

 俺は自分の個性を出さないように無言で両手を広げた。

 すると目の前の人物は、俺のアイマスクを剥がしてきた。


「なっ! 何するん、だっ」


 暗闇から視界が戻った瞬間。目の前にいたのは、中等部の制服を着た女の子だった。

 中等部に知り合いはいないのだが、なぜかその子には見覚えがあった。


「手荒い真似をしてしまいすみません」


 記憶を巡らせて、必死に思い出そうとする。


「……あ、ああ! 君は委員長の」

「こんにちは。花香の妹で、嘉香よしかと申します」


 そう、委員長に鍵を渡しに行った時に会った、委員長の妹さんだ。

 髪型は委員長と同じ黒髪ストレート、顔つきも和風美人顔でよく似ているのだが、目元だけ違っており、この子の目元は、委員長よりパッチリ開いていて、ハキハキとした口調からしても委員長とは真逆の気の強そうな性格に思えた。


「委員長の妹さんかぁ。それで委員長の妹さんが何の用かな? お兄さんは部活動の最中で」

「フリーハグをしてるんですよね。おねーちゃんから聞きました」


 なんだよ委員長〜、意外と家では俺のことばっかり話してんのかぁ?(ゲス顔)

 でも、困ったなぁ。この手の妹キャラは「あなたみたいな人、おねーちゃんに関わらないで!」って感じで俺を威嚇してくるのがお決まりだからなぁ。


「あのさっ! 俺がフリーハグしてるのはやましい気持ちがあるわけじゃ」

「私もしてください」

「は?」


「私にも、フリーハグをしてください」


 なんで、そうなる……?

 まさかの展開……さすが文化祭、イベントがてんこ盛りだぜ。


 妹さんは自然な感じで俺の懐に飛び込んでくる。

 まだ幼げな女子中学生の身体が俺の身体と重なった。

 ちなみに俺は、ロリコ●ではないので中学生相手にやましい気持ちは全くない。


 それにしてもこの子、かなり痩せ型だな。

 委員長もかなりスレンダーだが、この子は痩せすぎてるというか……心配になるレベルなんだが。


「何でフリーハグを?」

「……おねーちゃんに、負けられないので」

「ま、負けられない?」


 妹さんは抱きつきながら俺の右肩に顔を押しつける。


「おねーちゃんには、どんなことでも負けたくないんです」


 制服に彼女の声が籠る。

 ……なるほどな。あれだけ出来のいい姉を持つと、下の子からしたら色々大変なんだろう。


「もういいです。ありがとうございました」


 やけに淡白な態度の妹さんは、その険しい顔を隠すかのように背を向けた。

 この様子だとフリーハグをしに来たのは姉である委員長への張り合いみたいなものだったのか? そうなると、別に俺に興味があったわけではないってことか……。

 まっ、ロリに俺の良さはわからんよな。


「ところで佐野さんはおねーちゃんのこと」


 去り際で、妹さんが何か喋ろうとした刹那、タイミングが悪い"あの人"が屋上のドアを開け放った。


「やばいですよ佐野くん! ポテトが半額なんです! 行きましょう!」


 ほんと空気読めないよなぁこの人。

 いきなり不審者(安西先生)が現れたので妹さんの足が止まる。


「佐野さん、この人誰ですか?」

「えーっと。彼女は君と同じ、ここの中等部の生徒で」

「なんで嘘言うんですか! 私は歴とした教師です!」

「き、教師⁈ そんなに小さいのに?」


 言葉は刃物だと某探偵が言っていたように、先生はあまりのショックにその場に崩れ落ちる。


「わ、私が、小さい? こんな中等部のク●ガキに言われるなんて」

「おい、教師の口から漏れちゃいけないワード出てんぞ」


 先生は鼻をすすりながら俺の方へ走り寄ってくる。


「佐野くん! 誰なんですかこの子! 私に向かって小さいとか言ってきました! 無礼者です!」

「無礼なのはあんただろーが」


 言いながら先生の頬っぺたをつねると、先生は「ふぇ〜」と鳴き声を上げた。


「この子は委員長の妹さんです」

「私、南雲嘉香と申します。以後お見知り置きを」


 妹さんは丁寧な挨拶をしてから先生を睨みつける。


「な、なんですかその目は!」

「……いえ。佐野さん、私はこれで」

「なんかごめんね。この人、気が触れてて。気にしないでね」


 妹さんは一礼すると、屋上を後にした。

 先生はお怒りの様子だったが、半額のポテトとやらを買ってきてあげたら多少は機嫌を直してくれた。


「先生って飯買いに行ってくれたんですよね? そういえばなんで手ぶらなんすか」

「え、えへへへー、実は道中でお腹空いてしまってー」

「屋上に来る前に食ったんすか? 俺の分も」

「は、はい〜」


 先生は照れ顔で舌をペロリと出す。


「は? え、じゃあ俺の飯は?」

「…………」


 先生は無言でポテトを一本摘むと、俺の口元に向けた。


「あ、あ〜ん」

「先生はグーとパーどっちがいいっすか。個人的にはパーで平手打ちしたいんすけど」

「ふぇっフェミの皆さん! 助けてください! ここに野蛮な男が」

「許さん」


 俺は先生の脇に手を回してくすぐり倒す。


「あびゃひゃひゃ! くすぐったいです佐野くんっ」


 あぁ……なんで俺たちは炎天下でこんなことしてんだろ。


「あひゃひゃひゃっ」

「ったく、こんな頑張ったのに俺だけ飯抜きかよ……」

「いやぁ、本当のこと言うと、佐野くんのご飯はわざと買ってこなかったんですよ」

「は? 俺をキレさせたいんすか?」

「まぁまぁそう怒らず。話は最後まで聞いてください」

「どういうことです?」


 先生はポテトを食べ切ると、指をペロリと舐める。


「佐野くんの分を買ってこなかったのは、今から"あそこ"に行くためですからっ」

「は? どこ行くんすか」

「ふふふっ、佐野くんは見たくないんですか? 南雲さんと桔川部長のメイド服姿」

「……ま、まさか先生っ!」


「そうです。行きましょう! メイド喫茶へ!」


✳︎✳︎

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