文化祭が始まる04

 

 このゲームカセットは、玉木先輩に買ってもらった一生の宝物。


「何このゲーム?」

「簡単に言うとビルを経営するゲームだ。このゲームのクリア条件は、"ビルの最上階に一定数の人を集める"こと」

「最上階に、人を……」

「頭良いあんたならここまでの話で、全てが繋がったんじゃないのか?」

「屋上と4階、人を……まさかっ」


「あぁ。今ここでしているフリーハグは、このゲームで言う『最上階の大聖堂』。だから俺たちは屋上の一階下の4階へ人を集めることを最大の目標とした」


 ゆのが作戦を思いついた日の夜。ゆのは納豆巻きを食べながらサ●ーンのコントローラーを握って俺に説明していた。


『このゲームから着想を得たの。屋上へ人を集めるなら、このゲームみたいに下の階に人気のテナントを置く必要がある』


 そこでゆのは、1年B組に目をつけた。

 1年生で人気を二分する2大ヒロイン、桔川ゆのと南雲花香を擁する1年B組のメイド喫茶は、高校内で話題になっていたものの、外部の人たちには知られていない。


「だからあなたたちは校舎前で人気者の玉木若葉に1年B組のチラシを配ることで、認知度を高めようと」

「その通りだが……それだけじゃない」


 俺は神宮寺に1年B組のチラシを渡す。

 チラシの中央にはメイド服姿のゆのと委員長が背中合わせになりながら手でハートを作っていた。(いつ見ても興奮するぜ)


「玉木先輩が配ってるチラシだ。実はこのチラシ、100円のクーポンになるんだよ。一見安いと思うかもしれねぇが、高校の文化祭で100円の割引はデカい。それに女性とかご老人とか、ゆのたちに興味ない人も、ちょっとは来たくなるだろ?」


 委員長と交渉していたのは、このクーポン付きのチラシを配ることと、1年B組に来た客に、屋上でやってるフリーハグの存在を知らせること。

 1年B組は集客率が上がるし、4階に人が集まってフリーハグの存在が知れ渡れば俺たち心理学実験同好会にとってもプラス。

 win-winな条件を提示したことで、俺たちの交渉はすんなり纏まった。


「わ、割引すると言っても、割り引いた分の金額はどうやって⁈ あなた方同好会には文化祭予算は出ていないと言うのに!」

「んなの、バイトしたんだよ。日曜即日で朝から晩まで。あとは先生のゲロ……じゃなくて、寄付もあったけど」

「なんであなた方はそこまでするんですの! たかが文化祭! たかが心理学実験同好会のために!」


「そんなの決まってんだろ! この戦いには玉木先輩の名誉がかかってんだ!」


 俺は怒気を込めながら神宮寺に言い放つ。


「俺たちの部活を守ってくれた、優しくて、でも時にバイオレンスで……それでも、大好きなあの人の名誉がかかってんだから負けるわけにはいかねーんだよ!」

「だ、大……好き?」

「あんたにはいないのか? 俺たちみたいな自分の名誉を守ってくれるような、本当の意味での仲間は⁈」

「わ、わたくしには」

「あんたが玉木先輩に勝てないのはそう言うところだろ! 成績が良くても、先生からの印象がよくても、厚い人望が無ければ人の上になんか立てない!」


 神宮寺は唖然としていた。

 なんで1年の俺が3年のこの人にこんな当たり前のことを説教しなければならないのか……。

 神宮寺は無言で踵を返すと、急に走り出して、屋上から姿を消した。

 敵とはいえ、さすがに言い過ぎたかもしれないな。


「……それにしてもどうして神宮寺は俺がここでフリーハグをしてるって知ってたんだ……?」


「あたしがヒントをあげたんだよ」


 頭上から聞こえたその声の方を向く。


「どうしてもあんたと話がしたいって、言うから」


 入り口の上にある日除けの薄っぺらい屋根に座っていたヤンキー美女は、その金髪をフワリと揺らしながら屋根から飛び降り、俺の方に歩み寄ってくる。


「玉木、先輩……?」


 先輩は何も言わずに俺の胸に顔を埋める。


「い、いつからいたんすか!」

「ずっと居たよ。キミがカッコよくネタバラシしてるところもばっちり見てた」


 み、見られてたのか……。


「……あたしのこと『大好き』なんだ?」

「え?」

「さっき言ってたじゃん」


 玉木先輩は上目遣いで俺の顔を見上げてくる。

 やばい、可愛いすぎて、この顔を丸呑みしたい(特殊性癖)。


「あ、当たり前っす。俺は、玉木先輩のことがだいす」

「はい嘘っ」


 玉木先輩は2本指で容赦なく目潰ししてくる。

 視界がグニょっとして、眼球に電流が走る。


「ぐァァァアアアがッ! め、目ガァ目ガァ」


 目を押さえながら俺は灼熱のコンクリートに転がって悶える。


「もー、すぐ嘘つくのやめなよ」

「いってぇ……う、嘘じゃないのに!」


 俺は肌の火傷と眼球をケアをしながらも、なんとか立ち上がった。

 萌え豚が危うく焼き豚になるところだった。(意味不明)


「ほ、本気で俺は玉木先輩のこと」

「ふーん。でもさ、あたしのこと大好きって言う割には、お嬢とラブラブじゃん?」

「ら、ラブ?」

「聞いたところによると……文化祭はお嬢と一緒に回るとか?」


 ぬ、なんでそれを玉木先輩が知ってんだ⁈

 まさかこの人、あの日、屋上にいたのか?


「……あ、あの〜、もしかして玉木先輩は嫉妬して」

「は? あたしが嫉妬? するわけないじゃん」


 その割には俺の腕をアザができるレベルで握ってくるんですが。


「ゆ、許してつかーさい! いくら玉木先輩の命令でも、委員長との約束は破れません!」

「別にあたしは約束を破れとは言ってない」

「え?」


「お嬢の後で、あたしとも回るんなら許したげる」


 玉木先輩は八重歯をチラッと見せて、悪戯っ子みたいな笑顔をみせる。


 ご、ご褒美じゃねーか!

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