文化祭が始まる02
一般入場が開始して2時間。この会議室から見ても分かるくらい、ずっと校舎の前が賑やかになっている。
「玉木若葉がチラシを配っているだけなのに、なんなのあの盛り上がりは?」
でも、相変わらず心理学実験同好会の3バカの姿は見えないですわ。
どれだけ玉木若葉に人気があっても、今回の勝負はフリーハグで人を集めないとあの女に軍配は上がらない。
「どういうことですの?」
現時点で不明なのは、玉木若葉が1年B組を宣伝するメリットと心理学実験同好会の行方。
……まさか、フリーハグの場所を1年B組に変えたとか?
メイド喫茶に来た客を目当てにしていて、だから玉木若葉に1年B組の宣伝をさせてメイド喫茶に人を呼び込もうと……。そうに違いないですわ!
「田中!」
「はいっ」
「1年B組にいる佐野孔太を引っ捕えて来なさい。この文化祭では1スペースに1つの団体しか活動できないルールがありますので、メイド喫茶をしている1年B組で心理学実験同好会が活動していたら規約違反ですわ!」
「はっ! 承知しました!」
田中が会議室から飛び出して行く。
これで終わりよ、玉木若葉。
再び窓から校舎前の様子を見る。
あの玉木若葉が汗を流しながらビラ配りしてるのに、作戦はわたくしに見抜かれて終わり。
くくっ、何もかも浅はかですわっ。
お紅茶を啜りながらほくそ笑んでいたら、スマホに着信が。
あら、田中から……?
『さっ、佐野孔太がいません!』
「なっ! ……なん、で」
校舎前にも、1年B組にもいない。
じゃあ佐野孔太は……。
屈辱的ですが、こうなったら直接聞きに行くしかないですわ。
わたくしが玉木若葉の方へ目を向けた瞬間、玉木若葉は会議室の方を睨みつけていた。
わ、わたくしが見ていることがバレたというの?
すると玉木若葉は、こちらへ挑発的に手招きのジェスチャーをしてきた。
「あ、の、女ッ!」
玉木若葉の挑発で、怒髪天を衝くほど憤慨したわたくしは会議室の引き戸を荒々しく開け放つと、階段を駆け降りる。
何が起きているのか全然わからないですし、このまま玉木若葉の手のひらで踊らされるわけにはいかないですわ!
昇降口から校舎前に出ると、玉木若葉に群がっていた生徒たちとすれ違う。
「きゃー! 玉木先輩と握手しちゃったー」
「玉木先輩めっちゃ可愛いのに強いしカッコいいよねぇ」
何よみんな玉木玉木って。
この文化祭はわたくしの文化祭ですのに!
「玉木先輩に文化祭も指揮って欲しかったなぁ。なんか見るからにダサいんだよねぇ」
「まじそれなー。……あっ実行委員長隣にいるよ」
「ヤバっ」
女子生徒たちはわたくしに気がつくと両手で口を塞いで走り去って行く。
なんで……なんでっ。
わたくしだって、頑張ってますのに。
「うぃーっす。実行委員長さん」
顔を熱くして俯くわたくしの前に現れた金色の影。
「玉木、若葉」
「さっきは揶揄って手招きしたつもりだったけど本当に来るとは思わなんだ。神宮寺先輩って暇なの?」
「ひ、暇じゃありませんの」
汗をかいている玉木若葉はシャツのボタンを鎖骨あたりまでだらしなく開き、さっき配っていたチラシを団扇代わりにしている。
生徒会長の身なりとは思えなくらいだらしない。
「あっついねぇ。さすが真夏の文化祭」
「……」
「食中毒とかなければいいけど……。あ、そーいえばあたしの力でエアコンは全部屋2つずつ完備したし、冷蔵庫もあるから大丈夫かぁー。なんて」
「あ……あなたは」
「ん?」
「あなたは何がしたいんですの? フリーハグをする様子もなく、1年B組のチラシも配って」
「……なーんだ、まだバレてないんだ」
玉木若葉は近くに置いていたパイプ椅子に腰掛けて、差し入れの洋菓子の箱を開けた。
「さっきファンの女の子に貰ったんだ。ほらモッキュモッキュだよ」
言いながら、クッキー生地で小さい筒形の洋菓子を差し出してくる。
「いりません」
「ふーん。美味しいのに」
なんなの、この女……。
腹立たしい……。
「敵が目の前にいるのに菓子とか、あなたって相変わらずイカれてますわ! この高校もあなたに毒された生徒ばかりでうんざりですの!」
「あ?」
玉木若葉はパイプ椅子を蹴っ飛ばすと、わたくしの方に歩み寄ってくる。
わたくしに向けられた捕食者のような眼差し。
こ、殺されッ!
その威嚇と覇気に圧倒され地べたに尻もちをついてしまう。
そんなわたくしを見下しながら玉木若葉は胸ぐらを掴んだ。
「誰かの不幸を願う人間は誰かを幸せにはできない。あたしの尊敬する人はそう言ってた。神宮寺、あんたはどうなんだ?」
「わ、わわ、わたくしは」
「さっさと答えろッ!」
玉木若葉の怒号が響き、周りにいたファンと思わしき女子生徒たちからは黄色い声が漏れる。
こ、このわたくしが、見せ物にされている。
このままだと、殺される、間違いなく、殺されますの。
死にたくない。し、しし、死にたく、ない。
「——なーんてね。マジにしないでよ。神宮寺先輩」
「……っ」
わたくしの胸ぐらを掴んでいた手が離れる。
脂汗が頬を伝った。
し、死ぬかと思ってしまいましたわ。
「佐野孔太の場所知りたい?」
「……お、教えなさい」
「やだ」
玉木若葉はモッキュモッキュをわたくしの口に無理矢理押し込んでくる。
わたくしはさっさと飲み込むと、口元を拭った。
「ど、どっちにしろ! 何もしてないなら心理学実験同好会は終わりですの! あなたの負けですの! おほ」
「佐野孔太はあたしを守るって言った。だからあたしはお姫様として、あいつが助けてくれるのを大人しく待ってるってわけ」
「はぁ?」
その自信に満ちた表情に苛立ちを覚える。
こんな恋する乙女みたいなバカ女に負けるわけにはいかない。
この女が正義となってしまったら、この高校は間違った方向にいってしまう。
卒業する前にこのわたくしが正義の鉄槌を喰らわせてやりますわ。
「無理だよ」
「え……?」
「だから、神宮寺先輩があたしに勝つのは無理だって言ってんの」
まさか今、わたくしの思考を読んで……。
「あたしはあたしの正義を貫く。だからその仲間として桔川ゆの・南雲花香はあたしの生徒会に入る約束をした」
「……ふ、ふざけんなですの! なんであの2人はわたくしじゃなくて、あなたみたいなヤンキーに!」
「それと、あんたが問題児と言ってた佐野孔太は、あたしの後継者にする」
「は……はぁ⁈」
こ……この、女は、一体何を言ってますの。
✳︎✳︎
「へくちっ!」
「佐野くん大丈夫ですか? 意外と可愛いくしゃみするんですね」
「いやぁ俺モテ期だから、たぶん誰かが俺のことを噂し」
「はいはい次の人来ましたよー」
目隠しのせいで真っ暗になった視界の中で、補助役の先生に汗を拭ってもらいながら、また誰かを抱いた。
この抱き心地は女子? だろうか。
「……あの、もう、大丈夫です」
可愛い声の子だなぁ。顔も見てみたかった。
「よろしければこのQRコードを読み込んでもらってリンク先のフォームから基礎情報を入れてもらえたら幸いです」
先生がフリーハグをした人にお決まりの説明をして、また一人ブースから出て行ったようだった。
「先生、水ください」
「はいっ」
先生からペットボトルを受け取ると、俺は水を口にした。
「普段の放課後からは想像できないくらい人来てますねー! 桔川部長の作戦勝ちですね」
「そっすね」
ゆのは言っていた「心理学実験は見せ物じゃない」と。
「次の人が来ましたよ。準備してくださいね」
だから俺たちは、心理学実験に最適な俺たちのホームグラウンドで戦う。
「あぁー、屋上あちぃー」
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