文化祭準備開始!04
ゆのが土日で作戦を考え出し、残り2日ながら動き出した俺たち心理学実験同好会。
同好会の存続と玉木先輩のプライドをかけた戦いが目の前に来ているというのに、玉木先輩と休日ハグとか、安西先生の(勝手に)お泊まりとか、文化祭に関係ない俺のラブコメが充実しすぎて正直文化祭へのモチベーションが落ち気味な俺。
「孔太くんそろそろ花香ちゃんが来るよ」
屋上で仁王立ちして構えるゆの。
俺はいつものようにフリーハグの看板を首にさげて、胡座をかいた。
そう——これから俺たちは委員長を屋上に呼び出し、ある交渉をするつもりなのだ。
……ちなみに我らが顧問の安西先生は不在。
先生には別の交渉を頼んでいる。
「……来たっ」
屋上のドアがゆっくりと開いて、黒髪の美少女が現れる。
休日の三つ編みも可愛かったけど、やっぱ委員長は黒髪ストレートだよなぁ。
「……私に話って、何?」
委員長は俺たちに歩み寄りながら控えめにそう言った。
「花香ちゃん、わたしたち心理学実験同好会に協力してほしいの」
「協力?」
ゆのは心理学実験同好会の作戦について話し始める。
委員長は顔色一つ変えずに聞いていた。
「って、感じなんだけど」
「……佐野くんたちは"あの"神宮寺先輩と戦ってるの?」
「あの? 花香ちゃんも神宮寺先輩のこと知ってるの?」
「うん。中等部の時から有名人だったのもあるけど、先週末神宮寺先輩から秋の生徒会選挙に推薦するから立候補しろって言われて」
まさかゆのだけじゃなくて委員長まで神宮寺先輩に勧誘されていたとは。
先週末ってことは、ゆのに断られた後か。
あの女、1年生の有望株なら見境無しかよ。
「花香ちゃんは何て答えたの?」
「最初はびっくりしたけど、断った。私が生徒会長になるなんて……嫌だから」
「そうなの? 立派に委員長してるから、花香ちゃんは生徒会長目指してるんだと思ってた」
「だって……ね、佐野くん」
委員長が困り顔で俺の方を見てくる。
委員長は俺が投票しちゃったから委員長になったけど、本当はやりたくなかったって言うくらいシャイなんだもんなぁ。
俺しか知らない委員長の一面……あぁ、最高。
俺と委員長が見つめ合っていると、ゆのが間に入ってくる。
「はっ、話を戻すけど! 花香ちゃんはB組の委員長としてこの提案を受け入れてくれる?」
「おそらく違反では無いと思うし……別に構わないと思うけど……」
「ほんと⁈」
「うん。私も2人の力になりたいから。多少無理があっても……なんとかしてみるっ」
「ありがとう花香ちゃん!」
ゆのは委員長の手を取って喜ぶ。
これで一歩前進か。
思いの外委員長も嬉しそうだ。
委員長も前に比べて柔らかい表情ができるようになったなぁ。(後方彼氏面)
「委員長、フリーハグしてくかい?」
そう言って誘うと、委員長は小さく頷いた。
「桔川さん、その……」
「はいはい、出てけばいいんでしょ?」
「悪りぃなぁゆの。委員長は、俺と2人でハグするのが好きみたいでさ」
「そっ、そんなんじゃない! ……から」
委員長は珍しく顔を真っ赤にしながら怒り気味でそう言った。
ゆのがため息をつきながら屋上にから出て行く。
それをしっかり確認した委員長は俺の前まで歩み寄ってきた。
「佐野くん……桔川さんの前であんなこと言ったらダメ」
「ごめんごめん」
ハグをするために立ち上がると、委員長は俺の胸に身体を預けてくる。
「委員長……」
「私も、もっとあなたたちの力になれたらいいんだけど……ごめんなさい」
「そんな、こっちの提案を受け入れてくれるだけで十分だよ」
「……」
「……は、始めようか」
俺は委員長の背中に手を回す。
委員長はそれを拒むことなく受け入れてくれた。
委員長の爽やかな香りに包まれて、心も体も委員長一色に染まる。
「久しぶりのハグ、だね」
「……うん」
ハグをしている間、それ以上言葉を交わすことはなく、お互いの心拍音を感じながら1分くらいずっと抱き合っていた。
こ、ここ、この空気、もうキスとかしてもいいんでねーの⁈(唐突なニワカ方言)
陽キャってこの空気なら問答無用でキスするんだろ?
お、俺もやってやる。ここでやらないのは男でねぇ!
意を決して委員長の顔を覗き込む。
火照った様子で、いつもよりなんかエロい。
「どうしたの? ……暑い?」
上目遣いで聞いてくる委員長。
いつものクール顔から一変、この甘え顔は……尊死。
やっぱキスはダメだ。ガキみたいに盛ってキスするなんて、最低だ。
こんなにも清純な委員長を、俺みたいなケガレが汚してはならない。
「佐野くん?」
「あのさ委員長……もう少しだけ、このまま抱いてもいい?」
「え、えっ⁈ い、いい……けど」
自分の中の葛藤と、この真夏の暑さで頭がショートしていた俺は、なぜか自分からハグを延長していた。
これは汚れた自分への戒め。
委員長という立派なヒーラーにしっかり汚れを浄化してもらった。
ハグが終わってからすぐ、俺と委員長は見つめ合ってその場に佇んでいた。
「……佐野くん、一つお願いがあるんだけれど」
「なに?」
「よかったらでいいのだけど……もし暇な時間が作れたら、一緒に文化祭の展示を見て回らない?」
突然のお誘いに心臓が跳ねる。
い、委員長と、文化祭で⁈
「回りたい! ……けどさ、委員長は俺なんかでいいの?」
「なんかとか言わないで。……私は、佐野くんと回りたいって思ったから」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中の煩悩が忘却の彼方へと粉砕していく。
——幼い頃からエロ本で腐り切ったこの脳内。
島ではエロガキ扱いされて周りの人間から避けられた日々。
本州に来て、今目の前にいる彼女だけは、こんな変態の俺に対して、財布扱いもゲロぶっかけもしない。
清楚で、お淑やかで、黒髪で、性癖ピンズトで。
「え、佐野くん? 泣いてるの?」
夕日に照らされながら、俺は男泣きしていた。
委員長はハンカチを取り出して、俺の涙を拭ってくれる。
「ありがとう委員長。俺、一緒に文化祭回るためにさっさとフリーハグ成功させて時間作るから!」
「そ、そうね……あの、佐野くん? なんで泣いてるの?」
「俺、頑張るからさ! ……撫で撫でして」
「え? ……えーっと、こんな感じでいいのかしら?」
委員長は涙を拭きながらもう片方の手で頭を撫でてくれる。
あぁ……転生して委員長の子どもになりてぇ。(隠しきれない特殊性癖)
前に安西先生が委員長の前で幼児化していたが、気持ちがよく分かる。
「ふふっ。なんか赤ちゃんみたいね」
「委員長、これからママって呼んでも」
「ダメ」
こうして俺は委員長と文化祭デートという、文化祭へのモチベーションを手に入れた……のだが、この時の俺はまだ知らなかった。
まさかこの光景をあの人に見られていたとは。
「——ふーん、佐野くんがお嬢とねぇ」
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