まほろ先生はベタベタしてくる02

 

 夕方前の電車内は混んでいて、席を探して車両を行き交うと、たまたま空いている席を見つけた。

 俺が座るわけにもいかないか……。


「先生、座ってください」

「いいんですか?」

「だって譲らなかったら『か弱い美人を立たせるとか男として終わってます!』って言われそうだし」

「私そんな面倒な女じゃないです!」


 面倒だしウザいです。

 先生に席を譲り、俺は吊革に手をかける。


「おっと」


 雨の日ということあり、足元が滑りやすくなっていた。

 気をつけないといけないな——と、思った矢先。


「きゃっ」


 隣に立っていたスーツ姿の女性がふらついて俺にぶつかってきた。


「す、すみません!」


 その女性は顔がやつれて見るからに疲れ気味だった。

 見た目はまだ若い印象。この疲労感……新社会人というやつなのだろうか。


「あのー、良かったらこの席どうぞっ」


 先生がさっき座ったばかりの席から立ち上がり、その席を女性に譲った。

 女性は最初申し訳なさそうに断ったが、先生が意地でも座り直さないので、根負けした女性は会釈をして座った。

 先生もちゃんと大人っぽいところあるんだな。

 俺の右隣に立つ先生は、身長的に吊革が届かないので俺のワイシャツを両手で掴んで立っていた。

 皺になるからやめてほしい——と思いながらも、俺は右手で先生の右肩に手を置いた。

 これならよっぽど揺れない限り、倒れたりはしないだろう。

 速攻で嫌がられる、と思ったが先生は無表情でそれを受け入れていた。


「席を譲っていただき、本当にありがとうございます」


 女性が先生に向けて改めてお礼を言う。

 座ったことで顔色が少しマシになっているようにも思える。

 先生はいつもの子供っぽさを見せないように大人な態度を保っていた。


「優しい妹さんですね」

「いもっ……まぁ……はい。自慢の妹なんで」


 訂正するのもダルいから適当に答えたのだが、遺憾に思った先生は脇腹をつねってくる。

 先生も白ブラウスに黒スカートというどこにでもいそうな社会人コーデなのだが。 


 ✳︎✳︎


 電車から降り改札を通り過ぎるまで、先生は俺の脇腹をつねっていたのだが、駅を出てからやっと離してくれた。

 あー、脇腹が抉れるかと思ったぜ。


「佐野くんがお兄ちゃんとか嫌です!」

「高校生より年下だと思われたことの方がショックじゃないんすか?」

「わ、若く見られるならそれに越したことはないので……えへへ。私ってまだ中学生に見えるのかなぁ」


 アホだこの人。


 先生は電車に乗る前に手渡していた傘を取り出す。


「お兄ちゃんなんだから持ってくださいっ」

「へいへい」


 先生から渡された傘を開く。

 空を見上げるとさっきより雨が弱まっていた。

 俺たちは再び身体を寄せ合って歩き出すのだった。


「この街にも久しぶりに来ました。大学生の時にはよく来たんですが」

「……先生って、大学時代に彼氏とかいなかったんすか?」


 興味本位で聞いてみたが、その後の先生の真顔から全てを察する。

 さっきまでの天真爛漫な笑顔はそこには無く、目のハイライトが徐々に失われていった。


「…………や、やっぱいいです。すみません、変なこと聞いて。出来心だったというか」

「同情するなら身長ください!」

「せ、先生って男が苦手〜とかじゃないならやっぱ理想が高すぎるんじゃないっすか?」

「あなたにとやかく言われる筋合いは無いです! 晩婚化が進む昨今の日本で26歳はまだ焦る年齢じゃないですから!」


 その割には本人が1番焦ってるように見えるのだが……。


「私……今こそ明るい方ですけど学生時代はちょっと……拗らせてまして。博愛ではなく、常に孤独を愛していたというか」


 過去のことみたいに言ってるけど、今も十分拗らせているような……いや、これは口に出さんとこ。


「だからこうやって、佐野くんと友達みたいにお話しできてるのがとても不思議です。なんでですかね?」

「俺のことが好きだからじゃないっすか?」

「は、ハァ⁈ 好きじゃないです! この自意識過剰!」

「いやいや、絶対好きだろ」

「なんでそんな自信満々にゴリ押しするんですか!」

「今モテ期だし。死ぬほどモテてるんで。先生も俺の色気にやられたのかと」

「毒気の間違いでは?」


 なんかひでぇ事言われた気もするが、ちょうどそのタイミングで玉木先輩行きつけの中古ゲーム屋に到着したので、聞かなかったことにしてあげた。

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