まほろ先生はベタベタしてくる01
——放課後。
今日は午後から雨に変わったのでフリーハグは中止して久々に暇な放課後を過ごす。
ゆのと一緒に帰ろうと思って誘ったのだが、フラれてしまった。
本人曰くあと一歩で文化祭の計画が決まるらしい。俺も一緒に考えるって言ったんだが、自分一人で考えたいんだってさ。
頑固なところは昔から変わってないな。
暇だしどこか寄り道でもしてから帰るかな。
「ごめんなさい佐野くん! まさか鞄の中に折り畳み傘が入っていないとは思わなんで」
昇降口の屋根の下で傘を開くが、すぐにビー玉くらいの穴が空いていることに気がつく。
あちゃー。梅雨が明けてからというもの、傘を開く機会も少なかったから気づかなかったな。
「穴が空いてます! なんでそのままなんですか! もー!」
雨足が強まったことで傘が雨粒を弾く音が激しくなる。
まるで梅雨が帰ってきたような天候だ。
「穴のあるところを自分に方に向けてるなんて……。い、意外と紳士的なところもあるじゃないですか」
校舎前では文化祭実行委員会の人たちが忙しなく手を動かしながら、雨除けのために外ステージにブルーシートをかけている。
そこには神宮寺先輩の姿もあった。
「こーいう日は恋バナでもしましょう! じゃあ〜、佐野くんってやっぱ桔川部長のことが好きなんですかー?」
神宮寺先輩は険しい顔でブルーシートを運んでいる。
女帝とか言われてるから、偉そうで高飛車な人かと思っていたが、あんな自分から率先してやる人なんだな。
「わ、わたしはこの前ネットで知り合った人と合コンに行く約束をしたのですが……待ち合わせ場所に来たのが変なおじさんばかりで、ネカマしかいなかったので帰りました」
それにしても昼の屈辱は忘れられない。
玉木先輩に笑われ、委員長には煽られ、踏んだり蹴ったりだ。
陰キャって言うのはいつまでも嫌な記憶を反芻する生き物。絶対に見返してやる。
「ねー私のこと無視してません? ねーねー!」
せっかく俺が情緒溢れることを考えているというのに、さっきから雑音が混ざっているようだな。
「はいはいまほろちゃんもうすぐお家に着きますからねー」
「送迎バスに乗ってる先生みたいに言わないでください!」
「なんすか? 先生が入れろって駄々こねるから仕方なく傘に入れてあげてるのに。何か文句あるんすか」
「嫌そうな顔しないでください! び、美人教師の私と相合傘できるなんて光栄に思ってくれていいんですから」
ムカついたので傘をこっちに傾けると、傘を失った先生の頭上に雨粒が襲いかかる。
「ご、ごめんなさい調子に乗りました! 傘の角度戻してくださいっ」
俺は渋々傘を戻す。
先生は小柄だから少し寄るだけで傘の下に完璧に入る。それゆえに傘を分け合っている感覚はほぼ無い。
「でも佐野くん。私、自分で言うのもなんですが、他の女性教員と比べてもダントツで美人だと思います」
「あのさ、先生が美人っていう設定は俺の前だと皆無だから。ただのロリだし」
「ロリじゃないです! 佐野くんが勝手にロリだと思ってるだけです!」
その背丈で言われましても……。
安西先生はふくれっ面で、傘を持つ俺の右手に百裂拳を決め込む。
「痛い痛い。傘が揺れて雨かかるんでやめてください!」
「私より10も歳下のくせに生意気なんです! アタタタタタッ」
この騒々しい教師を誰か早く貰ってやってくれ。
並んで校門を出たところで、俺はあることに気がつく。
「聞き忘れてたんすけど。先生のお家ってどこにあるんでちゅかー?」
「次その口調で接してきたらこの前のジャンピングビンタしますから」
先日の説教の時のことを思い出す。
あれはただ跳ねてただけでは?
「私の家は、高校から見て佐野くんのコーポの方向の延長線上にありますよ。歩いて数十分くらいですかね。とりあえず佐野くんのコーポに着いたら傘を貸してもらってもいいですか? 明日必ず返すので」
「いいっすけど、先生ってそんな遠いところから歩きで学校来てるんすか? 教員なら車で来ればいいのに」
「えーと、免許は持ってるんですよ! でも」
「でも?」
「出先では必ずお酒呑んでしまうので……えへへ」
サツの方々、一刻も早くこのロリから運転免許を取り上げてください。ついでに教員免許も。
「あっそうだ! 文化祭終わったらドライブ行きましょうよ! オトナの私が好きなところに連れてってあげますよー」
「絶対に嫌だ」
「はぁ⁈
「休日まで先生と一緒にいたことが誰かにバレたら、いよいよそういう関係だと思われるし……」
「そういう関係?」
先生は首を傾げる。
本当に大学出てるのか疑うレベルなんだが。
「とにかく、お断りします」
「ふーん、そーですかっ! 嫌ならいいです! もう二度と誘ってあげないですから!」
「はいはい別にいいっすよ。その方がお互いのためなんで」
傘の下で睨み合う。
子どもみたいな口喧嘩を路上でする16歳(陰キャ)と26歳(独身)。
「なんすか、その顔。黙って睨みつけて」
「こ、後悔しますよ」
「しないっすから。先生も俺みたいな10も歳下の生徒誘ってないで、うちのクラスの担任とか誘えばいいじゃないっすか! 同じ26歳だし!」
「私、ゴツい人嫌いです」
「え、この期に及んで選り好みとかするんすか……」
「ゴツい人は身体が怖いです。他にも勉強できる人も、すぐ知識披露するので嫌い。チャラい人もダメですねノリが怖いし」
その後もあれやこれやと自分の苦手なタイプを並べる先生。
あぁ……この調子だと30超えても結婚できないなこの人。理想だけ高すぎて自爆する系だ。
「……結局、お酒だけが私の全てを忘れさせてくれるんです。今週末も一人でしょーもないバラエティ観ながら酒をあおりますよ。あ〜日本酒うま〜って」
聞けば聞くほど、こっちまで辛くなってきたんだが……。
(チラッ、チラッ)
先生の「私を哀れめ」オーラが凄いんだが。
し、仕方ない……。
「……わかりましたよ」
「え?」
「俺も週末クッソ暇なんで。A……ビデオ鑑賞しかやることなかったから、先生に付き合いますよ」
「付き合うって……ドライブにですか⁈」
「は、はい」
「ほんとですか! 嘘は無しですよ!」
先生は興奮気味に俺の右腕を揺らしてくる。
「嘘は言ってないですから、揺らさないでください」
先生はいつになく口元を緩ませニヤけていた。
なにがそんな嬉しいのやら。
「楽しみですねー、お酒呑みたいですねー」
「あんたが呑んだら誰が運転するんだよ。絶対ダメですからね」
「ええー」
ちょうど駅の前を通り過ぎようとした時、俺はあることを思い出した。
「どうしました? 急に足を止めて」
「……すみません先生。隣町に用があったんで今日はここで。この傘は使って貰って構わないんで」
俺は少し屈むと先生の手の中に傘の柄を渡す。
「ちょっと待ってください! 用って?」
「……別に大した用でもないんすけど」
「ふーん」
先生が懐疑的な目線をこちらに向ける。
「……怪しいです。私もついていきます」
「いやいや、怪しく無いから! ちょっとゲームショップに行くだけで」
「まさか、エ●ゲーですか⁈ あなたまだ16歳なのに! 美少女ゲーム起動時に『ATTENTIONだよ♡』ってシステムボイスが出ますよね? ヒロインとの約束を破る気ですか⁈」
「……先生無駄に詳しいですね。まさか経験者ですか?」
「ちっ、違うんです! 興味本位で! 決してオトコの娘モノをやりたかったとかじゃなくて!」
メイドに詳しかったり美少女ゲームやってたり……色々と闇が深すぎる。
俺が駅に向かおうとすると、先生は背中を引っ張って邪魔する。
「ダメです! 不健全ですから!」」
「ったくさっきから誤解だって言ってんのに……相変わらず聞き分けの悪い」
「私もついて行きます。私も18時までは暇なので」
「はぁ……勝手にしてくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます