文化祭への策02

 

 ただの運動部男子だと思い込んでいた田中が想像以上のポテンシャルを秘めていたことに嫉妬心が沸々と湧き上がってくる。そのせいで次の国語の授業を適当に聞き流してしまった。(もちろん授業が終わってから安西先生に呼び出され、職員室の前でお説教)


「顧問の授業なんですから普通はもっと真剣になりますよね! それなのにあなたときたら! 質問しても無視するし! 指名しても無視する! (他の生徒が怖くて)私があなたにしか指名できないってことを知った上でそんなイジメするなら悪質です!」


 ゆのが神宮寺先輩に呼び出されてた件も気になるし、文化祭も近付いてきてるし、安西先生は周りの目を気にせずにくっついてくるし、問題は山積みだ。


「ちょっと! 話聞いてますか!?」

「……先生、モテ期の俺にベタベタしたい気持ちは分かりますが、もっとお淑やかになった方がいいっすよ(イケボ)」

「気持ち悪いこと言わないでください! その声もキモいです、ほんとに」

「またまたそんなこと言って」


 安西先生も素直じゃないなぁ。(自意識過剰)


「嫌いですから! 妄想もほどほどにしてください!」

「先生があと3歳若かったら考えてあげたんだけど、ごめん先生……10歳差はちょっと」

「だーかーらー! 勝手に妄想しておいて勝手にフらないでください!」


 安西先生のジャンピング平手打ちが飛んでくるが、俺は難なく避けた。


「このっ! このっ!」


 ぶら下げられた餌を欲する小動物みたいにぴょんぴょん跳ねる先生。


「はぁっ、はぁ……。1発殴らせてください!」

「生徒殴ったら体罰になるっすよ」

「むきゃー!」

「むきゃーはやめた方がいいっす。の●め語を連発すると年齢バレしますよ」

「そんな! 16歳そこらの佐野くんだって知ってるからいいじゃないですか!」

「俺はガキの頃から古のオタク掲示板に蔓延るオタクなので」

「の●めが、いにしえだなんて……あんなに再放送してたのに……」


 安西先生のメンタルをズタボロにしたところで、俺は落ち込む先生の腕を掴む。


「はいはい、屋上行きますよー」

「もー! いや! 佐野くん嫌いー!」


 イヤイヤ言って足を踏ん張る安西先生を引きずって屋上に向かう。


「この後、ゆのから大事な話があるみたいなんで」

「大事な話? ってなんです? 文化祭のことですか?」

「それもあると思いますが……」


 先生は引きずられながら頭に?(はてな)を浮かべる。


「実は——」


 先生をしっかり立たせてから昼休みに起こったことを説明する。

 神宮寺先輩のこと、ゆのが頼まれていたこと先生に話すと、先生は考え始める。


神宮寺咲良じんぐうじさくら……」

「先生、1年担当なのに知ってるんすね」

「そりゃ当たり前です。彼女は前生徒会長なので」


 前の生徒会長? え、どゆこと?


「佐野くんはまだ1年生なので知らないかもですが、この高校は毎年秋に生徒会長選挙があって、立候補資格は高等部普通科の1、2年生にあります」

「……あぁ! つまり玉木先輩が1年生の秋に当選したから」

「そう。それまで1年間務めていたのが神宮寺咲良です。彼女も同じく1年生の秋に当選して生徒会長になりましたが、昨年の選挙で玉木生徒会長に負けました」


 1年生で当選するのって相当凄いことだと思うが、今のところ2年連続で1年生が当選してることになるのか。


「1年生の当選って結構あることなんすか?」

「かなり珍しいです。3年生から信頼を得やすい2年生に対して1年生なんてほぼ新参ですし」


 神宮寺先輩からしたら2年連続当選が有力視されていたのに、玉木先輩に阻止されて面子丸潰れってことか……。

 だから嫌っている……と。

 なるほど、色々と合点がいくな。

 先生に教えてもらっていたらいつの間にか屋上に到着していた。

 ドアを開けて屋上に出ると、金網の前の段差に座るゆのの姿があった。


「ゆのお待たせ」

「二人とも遅かったね。先生、お説教はもういいの?」

「はい! みっちりしばいておいたので」

「先生はただ跳ねてただけのような」


 ノールックで俺の足を踏みつける先生。

 あんまり痛くないけど痛がってあげよう。


「あいたたー」

「神宮寺さんのことは佐野くんから聞きました。なにか嫌なことを言われたなら私が校長先生に言ってあげますよ?」


 俺が痛んでいるのを無視して先生は勝手に話を進めた。


「嫌なことと言うか……。わたしが玉木先輩を裏切って神宮寺先輩の推薦で秋の生徒会長選挙に出るなら、今回の件は無かったことにしてくれるって言われました。それに当選したら心理学実験同好会も無条件で心理学実験部にできるって」

「……いかにも神宮寺さんがやりそうな手口ですね。彼女の玉木生徒会長への憎悪は計り知れませんから」

「もちろんその誘いは断ったけど……孔太くんや先生がどう思うか聞いておきたくて」


 このしょぼたれた顔を見るに、相当悩まされたようだな。

 ゆのにとって心理学実験同好会は1番大切な居場所であり、本人としては一早く同好会から部活動にしたいのだろう。

 しかし、ゆの自身が生徒会長になればその夢が簡単に叶うだなんて、考えてもみなかったな……。

 神宮寺先輩は甘言で人を操るのが巧みな人だ、さすが女帝と言われるだけある。


「孔太くんは、どう思う?」

「そりゃ断るのが正解だろ」

「だ、だけどさ、わたしが神宮寺先輩の言うことを聞くだけで、先生は顧問を続けられるし、孔太くんだってフリーハグを」

「あのな、ゆの。恨みとか妬みを引き合いに出したり人の弱みにつけ込むのは悪役の常套手段だ。そんなことするやつの言うことを真に受けるんじゃねぇ!」


 そう言い放つと、安西先生も強く頷いてくれる。


「佐野くん! なんか主人公っぽいです! カッコいいですよ!」

「俺はな、自分が恥をかくって分かっててもフリーハグをすることで誰かのためになるなら、それでいいと思うんだ(イケボ)」

「本当に? あの孔太くんがそんなこと言えるようになったなんて……。声キモ」


「当たり前だ!!!!(ドン)」


「孔太くん……」


 ゆのが目を輝かせる。

 どうやら俺のことを見直してくれたみたいだが……俺としてはフリーハグできなくなっても昼休みに玉木先輩とイチャコラできるし、委員長とも仲良くなったから別に無理してこの部活守らなくてもいいかなあ。(真の悪役)


「……いや、待って。孔太くんのことだから『もう生徒会長とかなり親密になれたし、最近委員長ともいい感じだから別に〜』って思ってるんじゃないの?」

「まさかまた声に出てたのか⁈」

「……やっぱり。どーせそんなことだろうとは思ってたけど」

「やっぱクズはクズのままなんですね。佐野くんは前にフリーハグであと3人は女の子とお近づきになりたいって言ってたのに、それはいいんですか?」

「ルフ●だって旅出る時は10人は仲間が欲しいって言ってたし、そーいうのは曖昧でいいんすよ」

「わたしには何言ってるのか全然理解できないんだけど?」


 ゆのは羨望の眼差しから一転呆れ顔になりながらホワイトボードに『フリーハグ歓迎』の文字を書き直して俺の首に紐を通してくれた。


「文化祭まで残り数日。そろそろ作戦を決めて動かないとな。ちなみに今朝話してたサクラ案以外はないのか?」

「……それなんだけど、さ。やっぱりシンプルなフリーハグにしない?」


 ……は?


「それって、いつも通りフリーハグの看板を首にかけてやるだけってことか?」

「もうそれでやるしかないのかなって」

「お前ほどの学年1の叡智がそんなんでどうする⁈俺と安西先生がこのクソアチィ屋上でフリーハグしてる時、お前はクーラーガンガンの図書室に居たよなぁ! 何個か案があるんじゃなかったのかよ!」

「だってサクラのやつしか思いつかなかったんだもん!」


 ゆのは閃いた時にその才覚を発揮するが、閃かないと完全に沼に嵌って抜け出せないことが今までも多々あった。


「思いつかないものはしょうがないじゃん! 色々考えたけど、わたしたちって部費も文化祭費もないから無理があるの!」

「だとしても、そこをどうにかするのが部長の仕事だろ!」

「お二人とも喧嘩はやめてください! とりあえず今日は日差しが強いので日陰に移動しましょう」


 先生に促されて俺たちは屋上の入り口にある屋根の下に荷物を移動させる。


「あの、冗談抜きで聞きたいんですけど、本当にただフリーハグをするんですか?」

「……はい」

「ただでさえ今だって誰も来ないのに、そのままやるんですか?」

「……あ、あと2日。せめてあと2日考えさせて!」

「どーせ今日もフリーハグには誰も来ませんし、佐野くんと私も一緒に考えますよ」

「ううん。ここはわたしの部活だもん、わたしが守るために考えないと」


 フリーハグに捻りを加えるってのがかなりの難題だと言うことは分かっている……が、ゆのの閃き次第でこの同好会の生死デッドオアアライブが決まってしまう。

 俺だって何度か考えたが、悪目立ちすることしか思い浮かばなかった。

 俺はバカだから体を使うことしかできない。だから今は、ひたすらゆのを信じるしか……ない。

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