文化祭への策01

 

 保健室から追い出され、とりあえず教室に戻る。

 既に昼休みの時間ということもあってクラスメイトの視線を集めずに済んだのは幸いだった。何事も無かったかのように自分の席に戻って、机の隣にカバンを掛ける。


 俺が体調不良ってことはみんな知ってるとは思うが、誰にも声をかけられないとは……やっぱ俺って人望無いよな。


「佐野くん!」


 背後から俺を呼ぶ声。

 美少女の声……と思いたかった。


「大丈夫っすか!」


 残念ながら野太い運動部の声だ。

 フリーハグ以外では滅多に話す機会がないラグビー部の田中くんが、心配そうな顔でこちらを見ている。


「心配してくれてありがとう田中くん」

「熱中症? だったんすよね?」

「うん、そんな感じ」

「ふー。良かったっすねー、大事に至らなくて」


 田中くんと話していると、いつの間にか委員長も俺の机の前にいた。


「おはよ委員長」

「佐野くん……大丈夫?」

「うん。委員長も心配してくれてありがとね」

「桔川ちゃんも南雲さんも朝から心配そうな顔してたっすからね!」

「わ、私は! 委員長だから……クラスメイトの心配くらい、する」


 委員長は照れくさそうに窓の外へ目を逸らした。

 ……うん、しっかり可愛い。


「そういえばゆのの姿が見当たらないな」

「桔川さんなら会議室だと思う」

「会議室? なんで?」


 俺が尋ねると委員長と田中が目を見合わせる。


「たしか4限が終わったくらいっすよね」

「うん……3年生の先輩が桔川さんに用があるから、会議室に来いって言って」

「なに⁈3年の先輩って、誰⁈」

「3年の……神宮寺先輩」

「神宮寺先輩……! ごめん、誰?」

「文化祭実行委員長っすよ!」

「なんだと⁈」


 文化祭実行委員長って言ったら、玉木先輩のアンチ……らしいけど、なんでそんな奴がゆのに絡んでくるんだよ。


「これって、俺が助けに行った方がいいやつ?」

「私は神宮寺先輩が何の用で来たのか知らなのだけれど……佐野くんにも関係のある話かも」

「佐野くん! 力が必要ならお付き合いするっすよ!」


 田中は鼻息を荒くして臨戦態勢をとる。


「……そうだな。田中くん、一緒に来てくれ」

「はいっす!」

「二人とも気をつけて……神宮寺先輩は3年の女帝と言われてるくらい、いつも周りには男子がいるの」

「うん。ちょっくら神宮寺先輩って人と話しつけてくる」


 俺は田中を連れて教室を出た。

 階段を駆け降りながら、俺たちは会議室のある2階までやってくる。


「桔川ちゃん、無事っすかね」

「……もしゆのがエロいことされてたら、どうする? 混ざる?」

「俺たち助けに行くんすよね⁈バカ言ってんじゃ無いっすよ!」

「なに甘いこと言ってんだ! このままだと俺たちはNTRの出汁に使われるだけだぞ!」

「は、はぁ?」

「それか、逆に神宮寺先輩とかいう女帝を襲うか……グヘヘ」

「佐野くんって性根が腐ってるんすね」


 会議室の前に来たが、不気味なまでに静かだった。

 ……本当にここで話しているのか?

 ゆっくりドアに耳を近づける。


『このわたくしが今年の秋の選挙であなたの推薦人になってあげると言ってるの。だから玉木若葉からは離れなさい』

『嫌です』


 ゆのの声だ……! 間違いない!


「田中くん、行くぞ」

「うっす!」


 田中が会議室の引き戸を思いっきり開けると、会議室の前黒板にゆのとゆのに詰め寄る巻き髪女子がいた。さらに彼女の取り巻きとしてメガネ男子生徒5人もいる。

 この、アニメでしか見たことない縦ロールの巻き髪は! 確かに見たことがあるぞ……。

 彼女が神宮寺先輩だったのか。


「おい、デュエルしろよ」

「あ、あなたは! ……くっ、異端児の佐野孔太! 今日は休みじゃ無かったの⁈」


 異端児認定をいただきましたー。こんなんなんぼあってもええですから。はい。

 神宮寺が俺に気を取られているうちに、ゆのは神宮寺を押し倒し、小走りで俺の背後に隠れた。


「助けに来てくれたの? でも熱中症だったんじゃ?」

「話は後だ」


 俺は田中と一緒に一歩前に出る。


「……こ、こっちには! ラグビー部の田中がいるんだ! さっさと散れいっ!」


「孔太くんカッコわるっ」


 神宮寺の取り巻きの男子生徒たちが苦い顔をしながらたじろく。


「ら、ラグビー部のエース、田中だ!」

「U20に16歳で飛び級選出された、あの⁈」

「日本の未来を担う天才フランカー・田中敦己たなかあつきを連れてくるなんて……この卑怯者!」


 モブメガネ解説乙男子のおかげで田中くんの偉大さを知る。


 え、田中くんってそんな凄かったの?


「神宮寺さん、ここは撤退しましょう」

「そ、そうね。桔川さん! わたくしに逆らって後悔しないことね! 玉木と一緒に文化祭で恥をかくといいわ!」


 神宮寺先輩御一行が会議室から出て行く。

 ふぅ、もし喧嘩になったらどうなることかと。


「ゆの、大丈夫か?」

「うん、ありがとう……って言いたいけど、ほとんど田中くんに助けられたよね」

「無事で良かったっす」

「田中くんって凄い人だったんだな」

「別にそんなことないっすよ」


 ラグビー世代別日本代表で既に高校のエース格とは……。

 や、やべー、俺みたいな一般人とは比べものにならないくらいの主人公属性じゃねーか。


「それより神宮寺先輩となんの話してたんすか? 桔川ちゃん、辛い顔してたっす」

「……ううん、大したことじゃ無いの」


 ゆのがばつの悪そうな顔をする。

 田中くんの前で同好会とか玉木先輩絡みの話をするわけにはいかないか。


「そろそろ昼休み終わっちまうし、もう戻ろうぜ? 委員長も心配してるだろう」

「そうっすね! とにかく色々片付いて良かったっす」


 俺たちは会議室を出て、そのまま教室に戻る。その途中、ゆのは俺の耳元で「放課後フリーハグの前に話すから」と呟いた。


 ついに正体を表した実行委員長、神宮寺先輩。彼女はあの時、秋の選挙がどうとか言っていた。

 まさか、ゆのをこの高校の権力闘争に巻き込もうとしてるんじゃ無いのか?

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