モテ期の男は生徒会長の犬になる02

 

 うどんパーティーの弊害でパンパンに膨らんだ腹を抱えながら登校する。


 ゆのは俺を肥えさせるのが好きなのか、満足そうな顔をしていた。

 さっき飯食ってる時は俺のことをペットみたいとか言っていたが、本当は家畜なのかもしれない。


 きっと肥えさせられるだけ肥えさせて、あとで心理学実験に使う気なんだ。


「わたしそんなこと考えてないって」

「ま、またそうやって人の脳内読みやがって!」

「さっきから小声で漏れてたから……」

「マジ?」


 ゆの曰く、最近俺は脳内で考えてることが声に漏れてることがあるそうだ。かなりヤバいな。


「それより、孔太くんの方こそ……わたしの胸、肥えさせたくせにっ」

「……へ?」


 俺がゆのの乙パイを育てた……?

 この高級マスクメロンを……温室栽培?


「まったく身に覚えがないのだが」

「だって小学生の頃、孔太くんが……」

「揉んでないよな! お、俺、揉んでないよな!」

「なんで2回言ったの。安心して、揉まれてないから」

「だよなぁ!」

「おっぱいの話になるとテンション高いなぁ、ほんと気持ち悪い」


 ゆのはクソでか溜め息をついた。


「小学生の頃、孔太くんが好きな女優さんはみんな胸が大きかったから……」

「それは否定しないが、俺が好きなセクシー女優の胸デカかったからって、お前まで大きくする必要ないだろ」

「だって、その頃は……好きだったから、孔太くんのこと」


 ……………………んんん???


「お前って俺のこと好きだったの?」

「……む、昔の話! 今は嫌いだし! キモいし!」

「だよな、うん」


 ……昔の俺! 今すぐにゆのの胸を揉め!

 デロ●アンでも再上映リバイバルでもいいから、俺を過去に戻らせてくれ!

 セクシー女優にしか興味が無かった俺をぶん殴りたい。


「お、俺……今まで何やってたんだッ」

「そんな迫真の表情にならなくても」

「ゆのが! こんな色々と立派になるとは思ってなかったんだよ!」

「知らないよそんなの。バレンタインだって毎年あげてたのに」

「友チョコって言ってたじゃんか」

「それは本当の話。でもね……1年だけは、本命だったよ。その時は渡せなかったけど」

「渡せなかった?」

「だって——」


「ゆのー!」


 その時、後ろから同じクラスのギャル2人組がゆのを呼んだ。

 俺は「行ってこいよ」とゆのの耳元で呟いた。

 ゆのは何も言わず、ギャル達の方へ走って行った。


「……好きだった、か」


 確かにゆのは他の女子とは少し違った。


 ただでさえ子どもが少ない離島でも友達がいなかった俺に、唯一話しかけてくれたのがゆの。

 登校も昼休みも放課後も、いつもゆのがいた。

 中学に上がって、ゆのの身体が成熟するまではゆののことを双子の兄妹くらいにしか思ってなかったが、もっと前からゆのの気持ちに気づいていたら……少しは違っていたのかもな。


「bad end……」


 このままだと幼馴染ざまぁを喰らうのは俺の方かもしれない。

 ゆの……幸せになれよ。



「相変わらず辛気臭い顔してるね。佐野くん」



 背後から聞こえたその声に、俺の股間がびくんと反応する。

 股間がこんなにこの反応をするってことは! 間違いない!


「玉木先輩っ!」

「おはよっ」

「おはようござます!」


 俺は即座に90度のお辞儀をして玉木先輩に挨拶する。

 黄金の髪が朝の日差しを浴びてさらに煌びやかに輝きながら風に靡いていた。


「カバン、お持ちします!」

「いいよそんなの」

「持たせてください!」

「……そこまで言うならお願いしよっかな」


 玉木先輩は自分のスクールバッグの取っ手を首輪みたいにして、お辞儀している俺の首にかけた。


「じゃあ今日から佐野くんはあたしの犬ってことで」

「はい! 構いません! まずは靴、舐めさせてもらいます」

「キモいからやめて。ほんと冗談通じないなぁこの子は」


 玉木先輩は俺の頭を撫でながら、スクールバッグを外す。


「キミって本物のワンコみたいだね。なんか息荒いし」

「光栄です!」

「キモいって意味で言ったんだけど……まぁいいか」


 玉木先輩が俺の前を歩き出す。

 俺はその後ろをついて行くように歩いた。


「その……玉木先輩」

「なーに?」

「心理学同好会の件、怒ってないんすか」

「怒る? なにを?」


 玉木先輩が足を止めて振り返る。

 急に止まるので、後ろを歩いていた俺とぶつかり、よろけた玉木先輩が俺の胸に体を預けてきた。


「だ、大丈夫っすか?」

「あたし怒ってないよ。それとも……怒ってほしい?」


 上目遣いで見上げる玉木先輩。

 その瞳は、俺の心を惹きつけた。


「怒って、欲しいです」


 玉木先輩は身体を預けながら、俺の顔に手を伸ばす。


「え、ちょっ」


 何をされるかと思ったら、その長いピンクネイルが俺のおでこにデコピンした。


「ばーかっ」


 ……あ、やっぱ好きだわ。

 委員長とのラブコメも大興奮だが、玉木先輩に転がされるのも興奮する。


「あたしも一応ヤンキーなんだけどさ、怖くないの?」

「怖いって思うんすけど、恐怖より性欲が勝っちゃうっていうか」

「は? あたしで欲情してんの?」

「は……はい」


 玉木先輩は咄嗟に離れて、距離を置く。


「き、キモいっすよね! すみません!」

「そりゃキモいけど……ちょっと嬉しいから許してあげる」


 ……あ、好き。

 玉木先輩が全肯定すぎて……好き。

 妄想の中の玉木先輩をリアル玉木先輩が余裕で超えてきやがる……好き。


「……ところで佐野くん」

「はい?」

「香水、付けてるの?」

「そう、ですけど」


 玉木先輩は再び距離を詰めてきて、鼻を俺の手元に近づける。


「すんすん……」

「ふ、フリーハグするんで、少しは匂いにも気を遣おうかなぁと」

「ダメ、校則違反」

「ええ⁈ 玉木先輩だってめっちゃ甘い香水使ってるのに!」


「おい、あたしに文句を言えるほどキミは偉くないよな?」


 玉木先輩がいつもの野獣の眼光で俺を牽制し、強い口調で言い放つ。

 俺はさっきとの温度差で背筋が凍った。


「手、出して」

「は、はい」


 玉木先輩はバッグから取り出したペットボトルの清涼飲料水を俺の手の甲にぶち撒ける。


「これでよしっと。怒ってごめんね」

「……い、いえ、俺が悪いんで」


 玉木先輩にびびって足が竦む。

 本気で怒った時の凄まじいほどの威嚇、あれこそ最高権力者たる所以。

 あの語気で迫られたら誰でも反論できない。


「怖がらせたお詫びに、そのベトベトの手を舐めてあげよう」

「へ?」

「スポーツ飲料水をかけたのは流石にやりすぎだったから。お詫び……いや、キミにとってはご褒美、かな」


 玉木先輩は俺の手を取ると、可愛らしく舌を伸ばして俺の手を舐め始めた。

 衝撃のあまり、股間に電光が走った。


「ちょ、ちょちょ! 玉木先輩!!?」

「にゃーに?」

「ひ、人目もありますし、それは流石に」

「キミはさっきあたしの犬になるって言ってたけどさ、こうやって舐めてるとどっちが犬なのかわからないね」


 ……あ、好き。

 玉木先輩の少しざらっとした舌が俺の手を舐めほぐしていく。

 もう、えっっちすぎて昇天しそうなんだが……。


「あたしバカだから気が付かなかったけど、余計にベトベトになっちゃった」

「……お、俺、そこの公園のトイレに寄るんで、先に学校行っててください」

「うん。なんかごめんね」


 俺は股間を押さえながら公園へ飛び込んだのだった。


 ——1時間後。


 あれから何分経ったのだろう。

 俺はここで表現するのすら憚られる行為をしてから、トイレを出た。(無論、しっかり手は洗ったから安心してくれ)


 公園の丸時計を見上げると、すでに9時になっている。


 うん、とっくに1限の時間始まっとる。


「サボっちまったよ、俺」

「うん。立派なおサボリだね」

「え?」


 トイレの出口で座り込んでいた人物。

 まさに本場のヤンキー座りと言ったところか。


「た、玉木先輩」


 玉木先輩はココシガを咥えながら、スマホを片手に持っている。

 俺を待っていてくれたようだ。


「せっかくあたしが待っててあげたのに……難産だったのかな?」

「ま、まぁ、そんなところです」

「すんすん」

「あ、もう香水はしてないので!」

「分かってる。あたしが大好きなキミの匂いに戻ってたからさ」


 玉木先輩は満足気に笑みを浮かべて、俺の手を引いて歩き出す。


「どーせおサボリで怒られんなら、一緒に遊び行かない?」

「遊びって、そんなのダメなんじゃ」

「ふーん、佐野くんはあたしの犬なのに、言うこと聞かないんだー」

「そ、そう言われましても」

「佐野くんはあたしとデート、したくないの?」

「したいです!(即答)」

「じゃー行こー」


 悪いなゆの、先生、委員長。


 俺、不良の道を選ぶよ。


 最終的に俺が選んだのは、デロ●アンでもリバイバルでも無く、リベンジャーズでした。

 

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