委員長とラブコメしたい03

 

 ——4月中旬。

 高校生活が始まってから1週間が経とうとしていた。

 3限が自習になったので、クラスの役員決めを自習の時間を使って決めると聞いていたが、教室に俺の姿は無かった。


「……俺、なんでこんなところにいるんだっけ」


 ほのかに湿布の香りが漂う保健室。

 意識が戻った時、俺は長めのソファで横になっていた。

 ぼーっとした脳内から必死に記憶を手繰り寄せるが、断片的にしか思い出せない。


 確か、2限の体育でボールが顔に当たって……。


 トラバーチン模様の天井を見上げながら考え事をしていると、突然、西洋美人が顔を覗き込んでくる。


「佐野クーンもう大丈夫?」

「さ、更科先生」


 この人はハバ卒(真偽不明)の21歳、天才美人女医の更科さらしなエリー先生。(通称エリ先)

 今年から養護教諭として虹高にやってきた謎多き美女。

 地毛(自称)のブロンド髪を肩まで流して、黒のピンヒールを履いた脚を組みながら椅子に座って俺の看病をしてくれていた。


「とりま目が覚めたならよかった。今の世の中あんま負傷者とかが多いとモンペがうるさいのよ」

「は、はぁ」

「それにしてもサッカーの授業ねぇ。球技って陰キャにはキツいわよねぇ」

「初対面の生徒に向かって何てこと言うんすか。俺のこと何も知らないくせに」

「えー? あなたってイジっても良さそうな顔してるから」


 どんな顔だよ。……まぁ、美人にイジってもらえるなら悪い気はしないが。


「そのお顔にボールが当たった挙句、倒れた時に追撃でみぞおち踏まれるとか、カッコ悪いわぁ」

「俺、あんま強い男の子じゃないんで容赦なく泣きますよ」

「へぇ、じゃあワタシの胸で泣く?」


 先生は白衣の下に着ている赤のスクラブに隠れた程よい果実をチラ見せしてくる。

 えっろ。


「え、いいんすか」

「冗談。A●の見過ぎよこのエロザル」

「うん……悪くないな。もっと罵倒してもらってもいいですか」

「うわキモっ」


 普通にドン引かれた。

 このままどエロいことしてくれると思ったのに。(しょぼ〜ん)


「そーいえば、先生がハーバード卒って本当ですか?」

「それはぁ〜、ひ・み・つ」

「……噂なんすけど、隣の短大のパンフに先生らしき人物がいたみたいな」

「佐野クーン? 早く良くなるためにお注射打たない? 30分で昇天するけど」

「どーせ昇天するなら先生の身体でお願いしたいのですが」

「ダメねこいつ。生徒会長に言って早く消してもらわないと」


 普通のトーンで怖いこと言ってるな。

 この虹高では生徒会長の玉木先輩? って人が高校の最高権力者であり、校長すらも頭が上がらないらしい。(一体どんな力が働いているというのか)


「佐野クン、そんなに無駄話する余裕があるなら授業に戻ったら? ワタシはあんたみたいな変態と話していられるほど暇じゃないの」

「じゃあまた暇な時、また来てもいいっすか」

「2度と来んな! この変態っ」


 廊下に押し出されて、パシャンと引き戸を閉められた。

 いつかエリ先にヒールで踏んでもらえるように頑張るぞ。(不純)


 俺は、まだ微妙に痛む頭を押さえながら1階の保健室から4階まで戻ってきた。


 クラスでは今ごろ役員決めをしているんだっけ?

 たしか10個の委員会に所属する役員を、クラスでそれぞれ1名ずつ決めるらしいが、主に暇そうな帰宅部と文化部から割り振られるんだよな。

 俺が不在の間に、勝手に役員の1人にされてたら嫌だなぁ。でも俺、部活にも入ってないしなぁ。嫌だなぁ。


 どんどん重たくなる脚をなんとか動かして教室に戻る。

 目立ちたくないので、静かに机へ戻ろうとしたその時、引き戸を引いた俺にクラス中の視線が集まる。


「……え?」


 黒板の前にはクラスで1番の陽キャの男子と、幼馴染の桔川ゆの、そして南雲さんが立っていた。


「あ、まだ佐野くんが投票してないんじゃね?」

「じゃあ演説とかやめやめー」

「佐野くん、さっさと投票してよー」


 来たばかりで状況がまったくわからない俺に何かを促す陽キャたち。

 その場の空気を飲み込めないまま、俺は無言で机に戻って置かれていた紙に目を落とす。


「前の3人から1人選んで欲しいんだけど」


 前の席の女子がオーキド並みにシンプルな説明をしてくれて、全てを悟った。

 陽キャ男子、ゆの、南雲さんの3人が選挙みしてるってことか。


「あの、なんの選挙してるんですか?(陰キャなのでクラスメイトには基本敬語)」

「クラス委員長の選挙だよ」

「へ、へー」


 じゃあとりあえずゆのに……でもなぁ、あいつが委員長とか嫌だなぁ。

 かと言って、ゆのを狙っていると噂されているあの陽キャ男子に入れるってのもなぁ。


 じゃあ……。


「佐野くん書けた?」

「は、はい!」


 この選挙を仕切っているっぽい女子生徒が俺の席の前まで来た。

 俺は恐る恐る投票用紙を彼女に手渡して、顔を突っ伏す。

 無駄に目立っちまったな。こんなことなら休み時間に戻ってくれば良かった。


「……はい! たった今クラス委員長が決まりましたー。クラス委員長は——」


 その後、俺が投票してすぐに南雲さんがクラス委員長になったのだった。


 ✳︎✳︎


 ここで今の時間軸に戻ろう。

 夕日が沈みかけた時分。

 4階の教室には俺と委員長の2人だけ。

 2人がこの時間に取り残された錯覚を覚えるほどに、静閑としている。


「あの日のこと、なんとなく思い出したよ」


 なんか余計なこと(経歴詐称女)も思い出した気がするが。


「実は私、本当は委員長とかやりたくなかったの。でも、周りの女子が推したせいで勝手に立候補することになって」


 へぇ、委員長のことだから自分で立候補したと思い込んでいたが……。

 委員長は男子人気もさることながら、女子たちからの信頼がゆのなんかより断然厚い。(特に陽と陰の中間層女子とかから絶大な信頼がある)


「佐野くんは知らないと思うけれど、実は佐野くんが来る前にすでに開票が終わっていたの」

「……え?」

「私と桔川さんが同票で、片山くんが1票差で3位だった」


 あの陽キャ男子、片山って苗字だったか……じゃなくてっ。


「まさかあの選挙って俺の一票が……!」

「うん。私が委員長になれたのは、佐野くんが私に入れてくれたから」


 俺が委員長に入れたのって、みんなにバレバレだったのか⁈

 な、なんか恥ずいなぁ。

 こんな時に納得したくないのだが、あの日の帰り道でやけにゆのの機嫌が悪かったのはそれが原因ってことか。


「でもそんなの感謝することないよ。俺は委員長が委員長に相応しいって思っただけだし」

「もちろん投票してくれたのも感謝してる。でも感謝してるのはその前のことで」

「その前?」


 委員長は教卓の前に歩み寄ると、こちらを向いて話を続ける。


「桔川さんと同票になった時、私と桔川さんで演説をすることになって」

「それが、どうしたの?」


 委員長は言葉を詰まらせ、目を逸らす。

 何か、言いづらいことがあるのか?


「は、恥ずかしいのだけれど」

「?」

「私、昔から人前で話すのが苦手で……。あの時も、緊張からか急に言葉が出なくなってしまって……今すぐここから逃げ出したいって思った。でも……」


 委員長は目線を俺に方に戻す。


「あなたが、来てくれたから」


 あ、あぁ……そーゆうことね。完全に理解した。


「い、いやでも、それは俺が助けたとか」

「佐野くんは助けてくれた実感がないのかもしれないけど……私はすごい助けられた。だから、助けてくれたあなたに選ばれた以上、人前が苦手でも委員長を頑張ろうと思えた」


 委員長は俺の前まで歩いてきて、その綺麗すぎる手で、俺の手を取る。


「ありがとう、佐野くん」


 委員長は恥ずかしそうにはにかんだ。

 今にも抱きしめたくなるくらい、その時の委員長は俺の心を昂らせた。


 拝啓、父さん母さん。


 高校入学から早3ヶ月。

 俺の周りにはフリーハグを強要してくる幼馴染、ヤンキー生徒会長、ロリ飲酒幼稚ぼっち教師という、噛んでも噛んでも味の出るスルメシートみたいなヒロインしかいなかったが、ここに来てやっと清純派ヒロインが現れました。


「そ、そういうことだから、えっと……。その時の、お礼が言いたかっただけ!」


 委員長は俺から手を離し、自分の鞄を取ると、小走りで教室から出て行く。


「また、明日。そのうちフリーハグにも行くから」


 委員長はそう呟いて、教室を後にした。

 さらに静かになった教室で、俺は一人想いに耽る。


 委員長とラブコメしてぇ。

 その日の夜は委員長のことしか考えることができなかった。

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