フリーハグで学園の美女を抱きたい02

 

 心理学実験同好会に所属しているだけでも変わり者だと馬鹿にされることが多かった俺だが、今回のフリーハグでついに変人のレッテルを貼られることになってしまった。


 ——フリーハグを開始して2時間。


 虹村咲高校の裏チャットで笑い者になる俺。それを見て、笑い転げるゆの。


「もう色々と解せんのだが!」

「ね、見て見て! 『虹校生の中でも特出した変人』『フリーハグとかキモすぎww』だってー」

「今日付けでこの高校辞めたいのだが」


 裏チャットは完全会員制で、この高校の陽キャ全員が見てる。

 陰キャの俺にとっては地獄でしかない。


「うーん、話題になってる割には人来ないよねー」

「そりゃそうだろ」


 ゆのが水筒のコップに茶を淹れて俺に渡す。

 こんなクソ暑いのに熱湯くらいの緑茶を迷いなく注いで渡してくるこいつの神経はイカれてる。


「なんで俺たちは老夫婦の日向ぼっこみたいなことしてるんだ」

「ふっ、夫婦だなんて、もー孔太くんったら。——孔太くんはただの幼馴染だし、普通にキモいしクズだし、二度とそんなこと言わないでねっ」

「お前の温度差で風邪ひきそう。俺も早く彼女作って幼馴染ザマァしてやるからな! 後悔するなよっ」

「うんっ」


 ゆの曰く、昔から俺を恋愛対象と見たことが無いらしい。

 いくら異性の幼馴染とはいえラノベみたいには行かないってことだな。HAHAHA……。


「一つアドバイスするならー、孔太くんはキモい要素除いたらモテると思うよっ」

「適当なこと言いやがって。お前の方こそ、みんなの前ではおっとり癒し系のくせに、なんで俺の前だとそんなイカれキャラになるんだよ!」

「それは……こ、孔太くんだから、かな」

「また思わせぶりなことを。この腹黒がッ。今夜は俺の脳内でたっぷり辱めてやる」

「そういうとこだよ孔太くん」


 正直言って、ゆのは幼馴染だからいつかワンチャン付き合えるとか思ってたが……浅はかだった。


「でもさーゆの。これからも一番の親友でいてくれよ。お前がいなくなったら……俺は——ぼっちになっちまう」

「うん。孔太くんはずっと……親友だからっ」

「よっし! 親友ならもうこれ(フリーハグ)辞めてもいいよな?」

「それはダメ」


 チッ、この流れで辞めてやろうと思ってたのに。(ついでに心理学実験同好会も辞めてやろうと思ったのに)


「気になったんだが、フリーハグって日本だとほぼ見かけないが、海外だと普通にあるんだよな?」

「そだねー。私も留学した時に見かけたし」

「なら、そもそも文化の違いで誰も来ないんじゃ……?」

「大丈夫っ。信じて待とうよ」

「無駄に真剣な顔をすんな。お前は何と闘ってるんだよ」


 暇すぎて、ゆのと2人であぐらをかきながら宙を仰いでいると、屋上のドアが開け放たれた。


「キミがフリーハグしてる佐野くん?」


 サラッサラの長い金髪と赤のメッシュ。


「あなたは——」


 制服を着崩しながらヤンキーみたいにポケットに手を突っ込んで現れた彼女こそ、虹高のトップオブ陽キャにして教師より権力を持つと言われている不良生徒会長・玉木若葉ッ。(推定Bカップ)

 カッコ可愛い容姿から、男子のファンだけでなく、女子のファンも多いらしい。


「せ、生徒会長!!」


 玉木先輩の覇気で、ゆのが驚嘆しながら後退りする。

 学年1の秀才・桔川ゆのでさえ圧倒されるこの覇気、たしかに凄まじい。


 玉木先輩が俺の目の前まで歩み寄って来る。

 ——このタイミングで来たってことはまさか! 俺たちにフリーハグを辞めるように言いに来てくれたのかッ⁈

 だとしたら玉木先輩ナイスっ!


 ——と、思ったのも束の間。


「佐野くん。あたしとハグして」


 両手を広げる玉木先輩。


「……へ? フリーハグ、して?」

「あれれ? キミたちはここでフリーハグをしているんだよね」

「はい! そうです生徒会長っ! さあ孔太くん! 生徒会長にハグをして差し上げて」


 ——これはきっと、何かの罠だ。


 玉木先輩のことだからベアハッグをキメて、勇次郎みたいに抱き締めて殺る気だ。


「どしたの?」


 玉木先輩がどんどん急接近してくる。

 え、玉木先輩って近くで見ると——こんな可愛いのかっ。

 万年陰キャ童貞の俺があの玉木先輩を抱けるなんて……!!!


 罠でもいい、罠でもいいんだっ!


 俺は自分の死など顧みず、先輩の懐に飛び込んだ。

 俺は、生徒会長を抱いた男。

 その事実は変わらない。


 生徒会長の初めての相手はこのSANOだッ!——ッ


 玉木先輩の控えめなπが俺の思考を支配する。

 女の子の身体って、こんなに柔らかいのか。

 スレンダーな先輩の身体からじゃ考えられないくらいに柔らかい。まるでYog●boのB'zクッションを抱き締めてるみたいだ。


「不躾な質問かもしれませんが。なんで生徒会長の玉木先輩がフリーハグをしたいだなんて」

「……あたしもさ、楽な生き方してないから。時には誰かに抱きしめてほしいの」

「そ、そうっすか」


 俺と先輩は抱き合いながら、会話する。

 先輩の甘い吐息が背中に当たる。

 こんな近くで異性と会話したことねーから興奮が収まらねーよ!


「——スゥッ。佐野くん、いい匂いするね」

「え?」

「よし、また来るから」


 先輩は俺から離れると、ウインクして踵を返す。

 余韻が収まらぬまま、俺は何度もあの感触を思い出そうと捻る。

 ——先輩がいなくなったことで、閑散とした屋上が戻ってきた。


「孔太くん! どうだった?」

「ヤバいこれ。クセになるわ」

「く、クセ?」

「俺続けるよ! フリーハグサイコー!」

「うわ、やっぱキモいね」


 ゆのにドン引きされたけど、俺はこのフリーハグに大きな可能性を感じた。


 ハグってこんなに良いものだったのか。(下心)


「とりあえず実験担当者として、レポートを毎日出すこと。分かった?」

「レポート?」

「ほら、スマホのメモアプリでいいから毎日日記を付ける感覚でメモ書いて私に送って。被験者と話したこととか、色々」


 面倒だなぁ。

 被験者と話したことと言えば……先輩は「また来る」って言ってような。


「じゃあ、明日もよろしくね」

「おう! 任せろ」


 合法的に美少女とハグできるとか、役得すぎんだろ!


 そして、次の日から本格的にフリーハグ実験が始まった。

 まさか、このフリーハグで俺が学園1の美女たちに囲まれるほど成り上がるなんて、まだこの時の俺は知る由も無かった。


 ✳︎✳︎

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