第220話 お披露目

 茉莉との一悶着を終えてからは特にトラブルもなく、あっという間に文化祭となった。

 開始のアナウンスが始まるよりもかなり早い時間に集まり、最終チェックや着替えを行っている。


「事前に一回だけ着たけど、慣れないな」

「一種のコスプレだからね。俺や悠斗には縁のない事だった、はずなんだけど……」

「なぜかこうなってるんだよなぁ。まあ、今更駄々を捏ねるつもりはないけどさ」

「決まったものはしょうがないからね」

「おいおい。俺を仲間外れにすんなって。俺だって慣れてねえよ」


 哲也と現状を苦笑し合っていると、近くで着替えていた蓮が不服そうな顔になった。

 とはいえ、誰が見ても整っていると言える顔は、のりの効いた執事服と似合い過ぎている。

 今にも輝きすら放ちそうな姿に、哲也と共に溜息をつく。


「その割には着こなしてるんだよなぁ」

「何というか、ここまでイケメンだと、嫉妬すら湧かないよね」

「だな。せいぜい執事の看板として頑張ってくれ」

「あのなぁ……。お前らも人の事を言えないんだぞ?」


 やれやれ、と分かりやすく辟易したように蓮が首を振った。

 そんな姿も様になっているのだから、顔が整っている人は本当に狡い。


「あんまりこういう事を言いたくはないが、今回の男側の看板は俺達三人なんだ。お前達も同類なんだよ」


 悠斗は美羽をメイドにする為の生贄だと思っていたので、他の人から多少褒められてはいたものの、完全に流していた。

 美羽が喜んでくれるなら、他はどうでも良かったというのもある。

 そのせいなのかは知らないが、いつの間にか悠斗も喫茶店の看板になっていた。

 女子の考えている事は分からないと、ゆっくり首を振る。


「そう聞いてはいるけどなぁ……。哲也ならまだしも、何で俺もなんだか」

「そういう悠斗だって整ってるよ。自分を卑下し過ぎじゃないかな?」

「卑下したくもなるだろ」


 悠斗とて、クラスの中で「結構顔が整っている人」という立場に居るのは理解しているのだ。

 しかし、蓮や哲也と比べると、悠斗は数段ランクが落ちる。

 最近ではあまり自分を卑下しないようにしていたが、こういう時くらいは許して欲しい。

 とはいえ、卑下し過ぎるのも良くない。

 空気を悪くした所で、悠斗が期待されているのは変わらないのだから。

 少なくとも美羽が喜んでくれるはずなので、それだけで悠斗は救われる。


「まあ、俺の事は良いんだよ。美羽が俺の執事姿を気に入ってくれるなら、それで俺は満足だ」

「はー。相変わらず熱いねぇ」

「悠斗は変わらないね」

「そういう蓮や哲也は俺と違って逃げられたはずだろ? 半強制だったとはいえ、随分あっさりと引き受けたな」


 悠斗は美羽のメイドを条件に出されたのと、美羽に選択を丸投げしていたので拒否権はなかった。

 しかし、蓮と哲也はほぼ強制とはいえ、抵抗出来たはずだ。

 茶化され続けるのを避けるために話題を変えれば、蓮がからりと微笑む。


「俺から立候補するつもりはなかったけど、悠や哲也がいるならいいかって思ったんだよ。後はまあ、綾香に話したら期待してくれたからな」

「二日目は一般公開だもんな。去年と同じように招待してるのか」


 文化祭は二日間行われ、二日目は一般公開される。とはいえ誰でも入れる訳ではなく、在校生に配られるチケットを受け取った人に限られるが。

 綾香に会ってからもう一年経つのだなと感慨深く思っていると、ふとある事に気が付いた。


「というか、俺と同じ動機じゃねえか。茶化しやがって」

「ははは! 目の前で惚気られたら、揶揄からかうに決まってるだろうが!」

「こいつめ……」


 こういう日ですら変わらない蓮に、安心感を覚えつつも溜息をつく。

 ただ、哲也が先程から何も反応を見せていないのが気になった。

 ちらりと視線を向ければ、気まずいような、申し訳ないような表情をしている。


「哲也、どうした?」

「あ、ああ、何でもない。俺が引き受けたのも、理由があったからだよ」

「……そっか。分かった」


 言い辛そうにしているのだから、根掘り葉掘り聞く必要はない。

 哲也が執事喫茶に納得しているのであれば、それでいいのだから。

 余計な詮索せんさくをせずに頷き、着替えを終える。


「さてと。それじゃあ女子とのお披露目会といきますか!」


 蓮の合図で、着替えを終えた数人の男子と共に、セットアップされた教室内に向かう。

 教室の前で待たされていたクラスメイトの男子が、悠斗達に寄ってきた。


「やっぱり元宮は似合ってんなー」

「これが、イケメンの特権って奴か……」

「柴田や芦原もばっちりだし、流石看板男? だな」

「褒められるのは嬉しいけど、看板男って語呂が悪いな」

「だな」


 看板娘を男にしたものというのは分かるが、あまりに言葉が合ってなさ過ぎる。

 クラスメイトと談笑しつつ、扉の前に来た。

 蓮がノックすると「いいよー」と聞こえたので、ぞろぞろと男子が入っていく。


「「「おおー!」」」


 男子は女子の、女子は男子の姿を見て、ほぼ全ての人が感嘆の声を上げた。

 平静な顔をしているのは、この場に恋人の居ない蓮と、悠斗達の服のチェックを行った数人の女子くらいだろう。

 昂った気持ちのままに、各々おのおのがメイドと執事を褒める。


「いやー、眼福眼福。メイド服は良いですなぁ」

「俺は最初どうかと思ったけど、うん、いいな」

「はわー。イケメン達が降臨してる……」

「ねー。執事にして成功だったでしょー?」


 まだ喫茶店は始まってすらいないのだが、教室の中は妙に熱い。

 その熱に当てられたように、愛しい恋人の姿を探す。

 すると、女子達の後ろからメイド服を着こなした美羽が、顔を俯けながら出て来た。


「……」


 普段であれば、すぐに感想を求めて来たはずだ。しかし、今の美羽は一瞬だけ悠斗を見て、すぐに視線を下へ向けるという行為を繰り返している。

 乳白色の肌は既に薔薇色に染まっており、その赤さはメイド姿を悠斗に見られたからだけではないだろう。

 それだけでなく、小さな手は所在なさ気にフリルの付いたスカートを握っては離していた。

 あまりにもいじらしい姿に、教室のあちこちから呆けたような溜息が聞こえる。

 しかし、美羽の感想を一番に伝えるのは悠斗だ。

 他の人が呟くよりも早く、心臓の鼓動を抑え込んで口を動かす。


「凄く可愛い。最高のメイドさんだ」


 服そのものはいかにもなフリル多めのメイド服で、他の人達と同じだ。

 なのに、他の人が霞んで見える程に可愛らしく、人形のような、という言葉がぴったりと当てはまる。

 短くはあるものの、微笑みながら感想を伝えれば、美羽の頬が火が出そうな程に真っ赤になった。


「はぅ……」


 耐えきれないという風に、美羽が頬を抑えて悠斗に背を向ける。

 明らかに照れて感情が振り切れている姿を見て、悠斗の頬が緩んだ。


「あちゃあ、美羽には刺激が強かったかぁ」

「執事服の芦原、凄くかっこいいもんねぇ」

「何か、優しくリードしてくれそうだよねぇ」

「ははは……」


 本人の前で堂々と褒めたり妄想されると、どう反応していいか分からない。

 いつもであればクラスメイトの言葉に嫉妬の炎を燃やす美羽も、今は余裕がないようで顔を俯けたままだ。

 暫く立ち直れないと判断したようで、先頭に立つ女子が咳払いを一つして空気を切り替えた。


「さてと、本日のメインはもう一人いるよ! どうぞ!」


 もう一人と言われて疑問が浮かんだが、まだ一人だけ姿を見ていない人が居る。

 もう悠斗の出番は終わったので、一歩引いて男子の輪に混ざった。

 ジッと待っていると、メイド達の後ろから、美羽に負けない程の女子が出て来る。


「おぉ、可愛いな」

「それはそうなんだけど、あんな子居たっけ?」

「……椎葉だ」

「「はぁ!?」」


 哲也の小さな呟きに、ざわりと男子達が騒がしくなった。

 とはいえ、驚くのも無理はない。それほどまでに、紬のメイド服は可愛らしいのだから。

 僅かに化粧をしているのか唇は鮮やかな紅色で、目元もくっきりとしている。それだけなのに、紬の魅力が何倍にも引き出されていた。

 普段は割と曲げがちな背中をしっかりと伸ばす姿勢と、艶やかな黒髪が相まって、これぞ正統派のメイド姿だと言える。

 そんな紬が、まっすぐに哲也の方へ向かった。


「……どうかな?」

「え、あ、その……。似合ってる。可愛いよ」

「えへへ。やったぁ。柴田くんも、カッコいいよ」

「あ、ありがとう」


 頬を蕩けさせ、あまりにも魅力的な笑顔を紬が浮かべる。

 その笑顔は、結構な人数の男子の心臓を打ち抜いたに違いない。

 そして、ただ一人紬から笑顔を向けられた哲也に、男子達の嫉妬の念が向けられた。


(……多分、そういう事なんだろうなぁ)


 いつ頃からかは分からない。しかし哲也と紬は、いつの間にかこれほどまでに仲を深めていたようだ。

 親友達の仲睦まじい姿に、悠斗の唇が弧を描く。


「良かったねぇ」


 ある程度復活したようで、美羽が悠斗の傍に来ていた。

 それでも視線は合わせられないのか、そっぽを向いている。


「ああ。幸せになって欲しいもんだ」


 どこまでの仲なのかは分からないが、きっと上手く行くだろう。

 悠斗や美羽の前ですら、遠慮なくお互いを褒めたのだから。


「それで、俺の姿に感想はないのか? 正直、もらえないと凹むんだが」

「う……。すっごく、かっこいいです」

「ありがとな。美羽も凄く可愛いぞ。今すぐ抱き締めたいくらいだ」

「ゆうくん、ずるいぃ……」


 教室中の注目が哲也と紬に集まる中、美羽とお互いを褒め合う。

 まだ文化祭は始まってすらいないのに、胸が満たされたのだった。

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