第190話 二人で話し合って

「さて、もうすぐ夏休みだ。ゴールデンウィークも同じ事をしたが、皆の夏休みの予定はどうだ?」


 七月に入り、本格的に夏となった。

 今月末から約一ヶ月の夏休みなので、蓮は予定を把握しておきたかったらしい。

 家が忙しい蓮ならではの先取りに、頼もしさを覚える。


「そういう言い方をするって事は、何か考えてるのか?」

「もちろん。と言っても七月末に花火大会と、八月上旬にプールくらいだけどな。盆以降は俺と綾香が無理だ」

「……花火大会は近くのだとして、プールは前に行った場所じゃないよな?」


 時期としては少し早いが、この地域では七月末に花火大会がある。

 去年も蓮に誘われていたものの、綾香とはまだ会っておらず、恋人を優先して欲しいという事で行かなかった。

 今回は美羽が居るのでむしろ行きたいくらいなのだが、問題はプールだ。

 去年のように場違い感を覚えたくないので、念の為に尋ねれば、蓮が意地の悪い笑みを浮かべる。


「あそこに決まってるだろうが。皆で遊ぶのに何をケチる必要があるんだよ」

「はぁ……。まあ今回は多分俺一人じゃないし、予定も空いてるからいいぞ」


 気まずい思いをするのが悠斗だけなら断っていたが、今回は恋人の美羽だけでなく、哲也や紬も居るのだ。

 全員行くかは分からないものの、誰か一人居るだけで心強い。

 夏休みの予定も含めて答えると、蓮が爽やかな笑みを浮かべて頷いた。


「よし、一人確保だな。他の人は?」

「私も空いてるし、悠くんが行くなら付いていくよ。……悠くんが呆れてるのが怖いけど」

「それは後でのお楽しみだ。まあ、悪い事はしないって」

「……覚悟しておこうかな」


 蓮が連れて行く場所をある程度想像出来たようで、美羽が引き攣った笑みを浮かべる。

 とはいえ、一緒にプールに行けるのは嬉しい。


「それで、紬は?」


 頬を緩めていると、美羽が紬へ予定を尋ねた。


「元宮くんの言った日は多分大丈夫だよ。柴田くんは?」

「七月末と八月上旬だな? ……うん、空いてるぞ」


 哲也がスマホで何かを確認していたので、もしかすると家族で出掛けるのかもしれない。

 しかし予定は被らなかったらしく、大きく頷いた。


「よし、なら全員だな。早めに連絡するから、予定を空けておいてくれ」


 まだ約一ヶ月も先の事なのに、楽しみ過ぎて心が弾む。

 それと同時に、どこで美羽と腹を割って話そうかと思考するのだった。





「プールかぁ……」


 少し冷房を効かせた部屋で、美羽が悠斗の膝の上に乗って溜息をつく。

 学校では見せなかった憂鬱そうな雰囲気に、首を傾げた。


「嫌なら辞めておくか?」

「……嫌と言うか、あんまり泳げなくて」

「ああ、そういう事か。誰かと競争する訳じゃないんだし、気にしなくていいんだぞ」


 運動が苦手な美羽は、泳ぎが得意ではないらしい。

 しかしプールに遊びに行くだけだし、誰も美羽を馬鹿にはしないはずだ。

 小さな頭を軽く叩いて励ますと、不安に揺れた瞳が悠斗を見上げた。


「私が溺れたら、助けてくれる?」

「溺れるも何も、俺が出来る限り一緒に居るんだ。溺れさせるつもりなんてないぞ」


 溺れるかもしれないと、不安に怯える美羽を支えるのもそうだが、そもそも離れるつもりなどない。

 美羽の愛らしさなら、必ず声を掛けられるのだから。

 悠斗の言葉に安心したのか、美羽が肩の力を抜いて少し悪戯っぽく笑む。


「出来る限りなの? ずっと一緒に居て欲しいなー」

「……更衣室とか、女子だけで遊ぶ時もあるだろうが」

「ふふ、ごめんね。ありがとう、悠くん」


 からかいの言葉に唇を尖らせると、美羽が嬉しそうに笑った。

 悠斗へと体重を預けてきたので、しっかりと抱き締める。


「気にすんな。美羽の力になれるのが俺の一番嬉しい事なんだからな」

「……もう、そうやって、いつもいつも私の我儘を聞いてくれるんだから」

「何度も言ってるだろ? こんなの全然我儘なんかじゃないって」


 恋人と一緒に居るのも、力になるのも当たり前の事だ。

 むしろ、もっと頼って欲しいとすら思う。

 ゆっくりと淡い栗色の髪を撫で続けていると、美羽が何か思いついたようで、「そうだ」と声を上げた。


「悠くんの我儘はないの?」

「俺の?」

「そう。いつも甘えさせてくれて、我儘聞いてくれてるし、何かないかなって」

「我儘かぁ……」


 悠斗が生きてきた中で、一番の我儘が胸の中にある。

 しかし、この場で行動に移すのが良いとは思えない。

 眉を下げて渋っていれば、美羽が悠斗の服を摘まんだ。


「何でも言ってね。私に出来る事なら何でもするから」


 淡い微笑みには、悠斗への気遣いがこれでもかと込められている。

 おそらく、今すぐに美羽を求めても受け入れてくれるに違いない。


(でも、こんななし崩しじゃあ、納得出来ないな)


 キスをしたいと思い、頑張った状況と全く同じな事に苦笑を零す。

 例え美羽が良いと言っても、悠斗が納得出来ないのだ。

 ならば、この場で美羽にお願いをする事は一つだけだ。


「なら、近いうちに美羽をもらっても、いいか?」

「………………え?」


 美羽が澄んだ瞳を大きく見開き、驚きを露わにする。

 そして、雪のような白い頬に、少しずつ朱が差し始めた。


「そ、それって……。その……」

「もちろん嫌だったらしないから、遠慮なく言ってくれ。それで嫌いになんてならないから」


 女性にとって一生に一度の大切な事なのだ。美羽が納得する形で初めてをもらいたいと思う。

 だからこそ、少しでも嫌ならば言って欲しい。

 悠斗に気を遣う必要など無いのだと真っ直ぐに見つめて伝えれば、はしばみ色の瞳があちこちにさ迷い始めた。


「いいい嫌っていうか、むしろ嬉しいけど……。いいの?」

「それ、俺が聞く立場だと思うんだが?」


 普通は男が尋ねるセリフを口にされて、くすりと小さく笑む。

 目を細めつつ尋ねると、美羽が耳まで真っ赤に染めて首を振った。


「そういう意味じゃないの。……今日じゃなくて、いいの?」

「……そういう気持ちはあるけどな。でも、美羽には良い思い出にして欲しいんだ。それに、こんな流れに身を任せてしたくない」


 散々美羽に求められ、悠斗の理性は限界に近い。

 出来る事なら今すぐにでもしたいが、ぐっと奥歯を噛んで我慢した。


「ふふっ。やっぱり悠くんはロマンチストだねぇ……」


 美羽がしとやかさとあどけなさを含んだ甘い笑みを浮かべる。

 そこには、悠斗への恐怖など微塵もこもっていなかった。


「なら、いつがいい?」

「それを美羽が聞くのかよ……」

「うん。だって、やっと悠くんが求めてくれたんだもん。流れないように、約束したいな」

「というか、待ってたんだな」


 女性の方から予定を決めるという乗りの良さに加えて、この様子だと悠斗が言い出すのを待っていたらしい。

 頬を引き攣らせると、美羽が嬉しそうに口角を上げた。


「そうだよ。まあそれはいいじゃない。さあさあ、いつにする?」

「お、おう、そうだな……」


 謝罪すら出来ずに予定の決定をねだられ、押しの強さに困惑する。

 おそらく、ここで謝る必要はないと態度で示してくれているのだろう。

 美羽の優しさに甘え、いつがいいかと頭を悩ませる。


「なら、花火大会の日にしないか?」

「イベントって言うのかは怪しいけど、すぐ近くなら期末考査があるよ?」

「テストが終わったからって求めるのはなぁ……。まあ、前回はそうだったけど、今回はせっかく良いイベントがあるんだし、乗らせてもらおうかな」

「ん、分かった! なら、その日だね!」


 おかしな流れになってしまったが、結果的に上手く事が運んだ。

 内心でホッと胸を撫で下ろしつつ、満面の笑顔で抱き着いてきた美羽を受け止めるのだった。

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