第171話 大所帯でのお出掛け

 ゴールデンウィークも数日が過ぎ、お出掛けの日となった。

 学校周辺で集まっても良かったのだが、出来る限り火種は少なくした方が良いとの事で、悠斗と美羽の家の近くのショッピングモールに集まっている。


「わざわざこんな所まで悪いな」

「全員納得したんだから、悠が気にする事じゃねえって」

「そうですよ。それに、車を出せば済む話です。……喉が渇いただろうと思って車内の冷蔵庫から飲み物をお渡ししたら、怯えられましたけどね」

「そりゃあそうでしょうね。というか、そんな物があったんですか……」


 何度か綾香の車に乗ったが、そんな機能があるのは知らなかった。

 悠斗が乗っている時に同じ事をされなくて良かったと、胸を撫で下ろす。


「……それであっちの二人は縮こまってるんですね」


 美羽が可哀想なものを見る目で、集合場所の端で震えている哲也と紬を眺めた。

 電車に乗らず快適にここまで来れるのだからと、二人は喜んで綾香の提案を受けたのだろう。

 しかし、普通の車では絶対に有り得ない事をされて、場違い感を思いきり感じてしまったに違いない。

 同情の念を二人に向けていると、綾香がくすくすと軽やかに笑った。


「皆さん反応が良くて、乗せがいがありますよ」

「……まあ、綾香さんが楽しんでいるなら良しとしましょうか」


 綾香や蓮は立場を利用される事を嫌うので、悠斗達のように遠慮されると逆に気が乗る。

 とはいえ、別に態度を取り繕っている訳ではないし、今までもこれからも、二人の力を堂々と利用しようとは思わない。

 何はともあれ、綾香が望んで車を出したので、気にしない事にした。


「とりあえずぶらつこうぜ。おーい、そこの二人、行くぞー」

「わ、分かった」

「う、うん」


 六人で集まったものの、特に予定は決めていない。

 これほど大人数なら意見が割れる時もあるだろうが、それも楽しめる気がした。





「ねえねえ。ここに入りたいな」


 ショッピングモールを散策していると、美羽がゲームセンターに興味を示した。

 今まであえて聞かなかったものの、美羽がここに入るのは初めてのはずだ。美羽の性格上、他の人との付き合いでここに入るとは考えづらい。

 そして、初めての人が楽しめるかどうか分からなかったので、美羽とのデートではそれとなくここを遠ざけていた。

 しかし、美羽が望むなら入ってもいいだろう。気に入らなければすぐに出るだけだ。


「分かった。なら入ろうか」


 他の四人に確認を取って中に入ると、先程までとは違って様々な音がしているからか、美羽が目を丸くする。


「ひゃー。凄い音だねぇ」

「初めて入るとびっくりするよな。うるさくないか?」

「うるさくはあるけど、面白そうだから大丈夫!」

「なら良かった」


 普段の美羽は物静かなので、ゲームセンターの空気は合わないかと思った。

 しかし目を輝かせて周囲を見渡しているので、お気に召したらしい。

 見慣れない玩具に喜ぶ子供のようで、くすりと笑みを落とす。

 ただ、美羽以上にこの場で浮いている人が平常心なのが気になった。


「綾香さんは来たことがあるんですか?」

「ありますよ。ここではないですが、蓮とのデートで何回か」

「……正直、意外ですね」


 蓮なら分かるが、綾香がゲームセンターで楽しむ姿はあまり想像が出来ない。

 ぽつりと呟けば、綾香の瞳が不満そうに細まる。


「私だって高校生なんですからね。まあ、この中では一人だけ年上ですけど」

「それもそうですよね。……何か、すみません」


 どうやら、綾香は学年が違う事を気にしているらしい。

 それに、いくら上流階級といえど綾香も同じ高校生なのだ。

 デリカシーのない発言を謝罪すると、綾香が柔らかい笑顔で首を振る。


「気にしないでください。遊ぶと言っても、クッションやぬいぐるみを蓮に取ってもらったくらいですから」

「そういうものが取れるんですか!?」


 綾香の発言に美羽が食い付いた。

 しかし美羽の性格上、ぬいぐるみ等はあまり欲しがらない気がする。

 それは一度だけ入った美羽の自室からも明らかだ。


「ぬいぐるみとか好きだっけ?」

「可愛いものは好きだけど、ぬいぐるみが欲しい訳じゃないよ。あ、悠くんからもらった猫は別だからね。……じゃなくて、良い事を思いついたの!」

「は、はぁ……」


 随分前にあげた猫のぬいぐるみは別格の扱いとしても、美羽はぬいぐるみが欲しい訳ではないらしい。

 ただ、それでも取りたい物があるようだ。

 今にもクレーンゲームのコーナーに向かいそうな美羽に、蓮が生暖かい笑みを零す。

 

「それじゃあここで自由行動にするか。外に出るなら誰かに伝えておいてくれ」


 美羽に全員が付き添う訳にもいかないので、ここで一度解散するのは良い案だ。

 綾香は紬と、蓮は哲也とゲームセンターを散策し始める。

 そして悠斗は美羽に腕を引っ張られて、クレーンゲームのコーナーに来た。

 ぬいぐるみを取るかと思ったが、美羽が狙うのはクッションらしい。

 しかし、美羽ならクッションくらい普通に買う気がする。


(まあ、そういうのは野暮だよな)


 クレーンゲームで元を取れるのは、ごく一部の人間だけだ。

 悠斗にはそんな腕などないし、経験のない美羽なら尚更だろう。

 ならば、クッションを取る過程を楽しんで欲しい。

 取り敢えずは美羽を見守り、困った場合に手を貸そうかと考えていると、美羽が可愛らしく小首を傾げて悠斗を見上げる。


「ねえ、悠くんはこういうのやった事があるの?」

「一年生の時に蓮と来てたから、ちょっとだけな」


 美羽と仲を深める前は、偶に蓮と一緒にゲームセンターで遊んでいた。

 その際に、なぜかコツを知っている蓮からあれこれ教わったので、多少は心得がある。

 悠斗が経験者なのが分かったからか、美羽が顔を綻ばせた。


「なら、コツとか教えて欲しいな」

「最初から俺の力を借りていいのか?」

「うん。学校で聞いたけど、こういうのって初心者が引っ掛かるように出来てるんでしょ? だから、引っ掛からないように教えて欲しいの」

「……そういう所は現実的なんだな」


 間違ってはいないのだが、妙にシビアな考えの美羽に引き攣った笑みを落とす。

 しかし、どうしてもクッションが欲しいのだという意気込みは伝わってきた。

 ならば、彼氏として全力で力になろう。


「よし。ならこれは――」


 今回はこのクッションを取れさえすればいいので、余計な知識は要らない。

 限定的なコツを教え、美羽が実践に移し始めた。


「……」


 普段の可愛らしさは鳴りを潜め、美羽が恐ろしいくらいに真剣な表情でアームを動かす。

 こういうものは一回では取れないので、少しずつ動かしていくしかない。

 それでも美羽は怒らず、悠斗のアドバイスを参考にアームを動かし続ける。

 そして――


「やった! 取れたよ悠くん!」


 同じ大きさのクッションを買うよりもお金を使ってしまったが、それでも美羽は花が咲くような笑顔を浮かべた。

 大切そうにクッションを抱き締める美羽の頭を、くしゃりと撫でる。


「おめでとう、美羽」

「えへへー。悠くんのお陰だよ、ありがとう!」

「そんな事ない、これは頑張った美羽の成果だ。まあでも、役に立って良かったよ」


 非効率で何度も出来ないが、こういう風に何かを得るのも悪くない。

 美羽のはしゃぎっぷりに、悠斗の顔にも笑みが浮かんだ。

 折角取ったのだから大切に使って欲しいと願っていると、美羽がクッションを景品用の袋に包み、悠斗に差し出す。


「はい! 悠くんへのプレゼント!」

「……え?」


 まさか悠斗へのプレゼントとは思わず、呆けた声が出てしまった。

 完全に固まった悠斗へと、美羽が淡い微笑みを向ける。


「いつも優しくしてくれてありがとう、悠くん。これは、そのお礼なの」

「その為に、頑張ってくれたのか……」


 決して安くないお金を掛け、経験者にアドバイスを求め、必死になって取ったのは全て悠斗の為だった。

 その事実に声が勝手に震え、瞼の奥がジンと熱くなる。

 こんな事をされれば、受け取るしかなくなってしまう。

 ぐっと奥歯を噛んで込み上げるものを抑えつつ、クッションをしっかり受け取った。


「大事にするよ。絶対」

「うん。そうしてくれると嬉しいな」


 嬉しそうにはにかむ美羽があまりにも愛しく、悠斗の腕が欲望のままに動く。

 クッションを持っているのでやりにくいが、それでも美羽を抱き締めたい。

 ゆっくりと手を伸ばし、もうすぐ美羽に触れられる所で、急に美羽の顔色が変わった。


「……ん?」


 美羽が頬を真っ赤に染め、悠斗の後ろへと視線を向けている。

 後ろになど何もないのではと振り向くと、そこには生温い笑みを浮かべる蓮達が居た。


「隙があったらすーぐいちゃつきやがって……」

「まあまあ。素晴らしいじゃないですか」

「……もうお腹いっぱいだよ」

「わー。熱々だねぇ……」


 どこからかは分からないが、全員に先程のやりとりを見られていたらしい。

 あのまま美羽を抱き締めていたら、もっとからかわれていただろう。

 羞恥が悠斗の頬を炙り、美羽と共に顔を俯ける。


「……すまん」

「……ごめんなさい」

「全く、バカップルめ。さ、行こうぜー」

「はい」

「ああ」

「うん」


 蓮の呆れきった声に他の三人が同意し、美羽と悠斗を置いていく。

 居たたまれない気持ちになりながらも、三人の後を美羽と付いて行くのだった。

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