第165話 芦原家に招待

「皆を家に招待するだけなのに、どうしてこんなややこしい事をしなきゃいけないのかな……」


 学校から少し離れた人気の無い場所で、美羽が呆れた風に呟いた。

 既に授業は終えており、約束通りこれから皆と芦原家に向かう。

 しかし電車には乗っておらず、悠斗は蓮と哲也の三人で、美羽と紬は一人でここまで来た。

 美羽が不機嫌そうに顔を顰めたので、小さな頭を一撫でする。


「大事になるとややこしいからな。まあ、仕方ないさ」

「それは、そうだけど……。でも、私が誰と遊ぶかくらい選ばせて欲しいよ」


 美羽はここに集合した事に文句を言っているのではない。紬と一緒に歩けない事に憤っているのだ。

 ただ、美羽とて紬と遊びに行けば、他の女子から「じゃあ私も行く」と言われるのが予想出来る。

 それだけでも面倒臭いが、下手をすると紬を贔屓ひいきしていると思われかねない。

 結果として、招待する紬を一人でこの場に来させてしまった。

 美羽が誰の事を思っているのか分かったようで、紬が勢いよく首を振る。

 

「ご、ごめんね。私のせいで……」

「紬のせいじゃないよ。これは私のせいなの」

「そんな事ないよ。美羽は悪くないからね」

「ううん、違う。どう見ても――」

「はいはい。ここで謝り合いをしても仕方ないだろ。二人共落ち着けって」


 蓮が美羽と紬の間に割って入り、強引に落ち着かせた。

 クラスメイトだからというのはあるだろうが、それでもすぐに行動出来る蓮が頼もしい。

 目線だけで礼を言うと、微苦笑で首を振られた。


「もうすぐ綾香が着くみたいだし、積もる話は車の中でしようぜ」

「……うん、そうだね」

「分かった」


 美羽は納得していない様子だが、ここで蒸し返すと先程と同じになると思ったようだ。

 渋々ながら頷き、紬も大人しく従う。

 空気が落ち着いた所で、明らかに高級車と分かる車が、音もなく悠斗達の前に停まった。

 閑静な住宅街に不釣り合いな車に、哲也と紬の表情が固まる。

 悠斗も初めてこの車を見た時に固まったし、美羽も以前似たような表情になっていた。

 二人の反応の微笑ましさに、美羽と一緒にくすりと笑みを零す。


「お待たせしてすみません。取り敢えず中へどうぞ」


 車の中からこれぞ清楚美人と言える綾香が出てきて、悠斗達を誘った。

 おそらくだが、蓮の考えと同じく自己紹介を移動中に行うのだろう。

 蓮が気負いなく車へ向かって行く間に、惚けた表情の紬へと近付く。

 やはりというか、悠斗が側に来ただけで紬の顔が強張った。


「椎葉、本当に良いのか?」

「……うん。もう大丈夫だから、ありがとう」

「そうか」


 紬からは緊張と気まずさがこれでもかと伝わって来たが、それでも紬の瞳には強い意志が灯っている。

 ならば、悠斗が気にする必要はない。

 あくまで友人として接する為に、笑みを向ける。


「さあ乗ろうぜ。こんな機会は滅多にないからな」

「もしかして、芦原くんは乗った事があるの?」

「何回か乗ったけど慣れないな。俺みたいな庶民が乗るには豪華過ぎるっての」


 おそらく、何度乗っても寛げる程に慣れる事はないだろう。

 力の抜けた笑みを浮かべると、紬がくすりと笑った。


「そうだね。こんな車に乗れるとは思わなかったよ」

「おーい! 置いてくぞー!」

「ふざけんな! 乗るっての!」


 蓮の催促に紬との会話が途切れ、声を張り上げて言い返す。

 内心はどうか分からないが、これなら紬と話すのは問題なさそうだ。

 ちらりと美羽の方を見ると、哲也と何かを話していた。

 おそらく悠斗達と似たような会話をしているのだろうが、それでもちくりと胸が痛む。

 ただ、これは覚悟していた事だと痛みを胸に押し込めた。


「さて、乗るか。また蓮に怒られたくないしな。先に行っててくれ」

「うん。分かった」


 紬との初の出会いは衝撃的で、結果的に距離が空いてしまった。

 しかし紬が良いと言うなら、ここから友人として付き合おう。

 柔らかな笑みを浮かべた紬を先に行かせ、美羽と共に車へ乗り込むのだった。





 ほぼ全員がクラスメイトだが、あまり話していない人も居るという事で、綾香も含めて自己紹介を行った。

 慣れない高級車に乗って緊張している紬と哲也を好きにさせ、今は綾香に美羽と付き合った事を報告している。


「おめでとうございます。お二人ならこれからも問題ないでしょうね」

「そう言ってもらえるのは嬉しいですね。本当にお世話になりました」

「ありがとうございました」


 綾香には冬休みの旅行等、様々な事でお世話になった。

 美羽と共に頭を下げれば、美しい苦笑が返ってくる。


「大した事はしてませんよ。お二人が頑張ったからこそです」

「それでも、お世話になったのは変わりません。蓮もそうですが、何かお返しをしたいんですよね」


 綾香もそうだが、普段は煽り合っているものの、蓮にもお礼をしたい。

 何かないかと首を捻ると、蓮がへらりと軽い笑みを浮かべて手を横に振った。


「そんなのいいって。かしこまる仲じゃないだろうが」

「そうですよ。私達はやりたいと思った事をやっただけです」

「……本当に、ありがとうございます」


 二人からすると、堅苦しい事を友人に求めたくないのかもしれない。

 最後にお礼を言って話を流そうとしたのだが、綾香が悪戯っぽい表情になった。

 嫌な予感がしたのか、綾香の隣に座っている美羽がびくりと震える。


「ですが、もしよろしければ個人的にお礼をいただいても良いですか?」

「……まあ、いいですよ」


 美羽が頬を引き攣らせ、諦観を込めた呟きを零した。

 流石にここまで来れば、美羽が何をされるか想像がつく。

 本当に良いのかと目線だけで確認を取ると、光の無い瞳と美しい無表情が返ってきた。


「悠くんには教えなかったけど、旅行の一日目は寝る時に綾香さんの抱き枕になってたの。それに、バレンタインのチョコ作りの時は、キッチンを貸してもらうお礼に抱き着かれたんだよ」

「……」


 淡々と抑揚なく話す美羽に憐憫れんびんを覚え、溜息しか口から出て来ない。

 固まる悠斗をよそに、美羽が腰を上げて綾香の膝に座る。

 すぐに綾香が美羽を抱き締め、頬ずりし始めた。


「あぁ、ずっとこうしたかったんですよ……。最高です!」

「何度もこんな事されたら、流石に慣れるよね。これが無ければ本当に良い人なんだけどなぁ……」

「……お疲れ様だ」


 恍惚の表情で愛で続ける綾香を完全にスルーし、もみくちゃにされながらも美羽が溜息をつく。

 美羽にしては珍しく悪態をついた事も含めて、随分と綾香との距離が縮まっているらしい。

 完全に無表情の美羽と、興奮に頬を赤く染める綾香という状況を見て、仲が良いと思えるかは疑問だが。

 とはいえ、美羽もこれ以上害が無いと判断しているからこそ、身を委ねているのだろう。

 そして、第一印象がお淑やかな綾香の急変と、学校とは全く違う美羽の態度に絶句している人が二人居る。


「なあ、色々といいのか? あれ、二人の恋人なんだろ?」

「ああなった綾香は止まらねえ。以上だ」

「まあ、本気で嫌がってたら美羽は離れるだろうし、大丈夫だろ」

「……達観し過ぎじゃないかな」


 哲也が放置気味な彼氏二人に、引き攣った笑みを浮かべた。

 そして固まっていたもう一人である紬へと、ガラス玉のように何も映していない瞳が向けられる。


「紬もこうなるかもしれないから、覚悟しておいてね」

「え゛。いやぁ、私はそんなに見た目が良くないし、大丈夫――」

「何を言ってるんですか!? 紬さんも可愛いですよ! と言う訳で、後でよろしくお願いします!」

「あぁ、私もターゲットなんだね……」

「ふっ……。これで身代わり――違う。生贄――これも違う。犠牲者――が増えた。やったね」


 完全に我を失っている綾香にがっくりと肩を落とす紬。そして今まで見た事のない冷笑を浮かべる美羽と、あまりにも女性陣の状況が混沌としている。

 一番年上である綾香の暴走は、紬を堪能し終えるまで続いたのだった。

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