第164話 正直な気持ち
「美羽に相談したい事があるんだが」
スポーツテストを終えた日の夜。ベッドにいる美羽へと声を掛けた。
話を切り出し辛いが、数日後には哲也や蓮との約束の日なので、躊躇ってはいられない。
悠斗の声色から真面目な話題だというのを察したらしく、端正な顔が引き締まる。
「ん、何?」
「土曜日の午後、学校終わりに友達を家に連れて来たいんだ。出来れば美羽も居て欲しいけど、どうだ?」
蓮や綾香と遊ぶというのもあるが、何よりも哲也に悠斗と美羽の状況を説明するのが本題だ。
その為には、美羽に居てもらわなければならない。
しかし、哲也との関係が未だに気まずいのはよく分かっている。
なので強制はしないし、美羽が少しでも嫌なら止めるつもりだ。
友人という言葉に、美羽が柔らかく頬を緩める。
「元宮くんと綾香さん、だよね? 綾香さんには暫く会ってないから、ちょうどいいんじゃないかな?」
「……もう一人いる。柴田哲也だ」
彼氏である悠斗が、美羽に自身が振った人と友人として付き合って欲しいと願うのは傲慢だ。
それを分かっているからこそ申し訳なさで口が止まりそうだったが、何とか言葉にした。
美羽からすれば意外な人物に、はしばみ色の瞳が大きく見開かれる。
その後、悠斗への気遣いを混ぜた苦笑を浮かべた。
「最近仲良さそうだもんね。悠くんがそれでいいなら、私は柴田くんと普通に喋るよ」
「俺じゃなくて、美羽の気持ちが聞きたい。……振った人と話すのは気まずくないか?」
哲也が悠斗と友人だからではなく、美羽には悠斗を抜きにして考えて欲しい。
相変わらず悠斗を一番に考えてくれているのは嬉しいが、今回は美羽の本心が知りたいのだ。
ベッドへと向かい、真っ直ぐに美羽を見つめる。
決して嘘はつかないで欲しいという気持ちが伝わったらしく、気まずそうな顔でぽつぽつと美羽が語りだす。
「正直な事を言うとね、話すのが気まずくはあるけど、柴田くんの事は眼中に無いの。でも、向こうは違うでしょ? 振られた人とその彼氏が近くで笑ってたら、嫌なんじゃないかって思うの」
「ありがとう、美羽。でも哲也はそれを分かった上で、構わないって言ってくれたよ」
他の異性など眼中に無いときっぱり言い切られ、悠斗の胸が歓喜に満たされた。
そして哲也が悠斗達を見て傷付く事に関しては、本人から遠慮するなとこれまでに何度も言われている。
内心では複雑なのかもしれないが、これ以上悠斗が気に掛けるのは野暮というものだ。
「なら、悠くんは? 私が柴田くんと仲良く話してて大丈夫?」
「……ホント、美羽は優しいな」
優し過ぎる恋人の心遣いに、くすりと笑みを零す。
美羽からもらった胸の熱を返す為、小柄な少女を腕の中へ引き寄せた。
互いの吐息が掛かる距離で、不安に揺れる瞳を見つめる。
「ぶっちゃけ、美羽が他の男子と仲良くしてるのはあんまり見たくない。……情けない事を言うと、美羽が俺以外の男と話してるとむかつくな」
美羽を縛るのは良くない事だと分かっている。しかし、これが悠斗の本心だ。
恋人となって美羽と触れ合うのが多くなり、悠斗の胸に醜い独占欲が生まれた。
なにせ、他の男というのは親友である蓮すらも該当するのだ。
いちいち態度に出して空気を悪くするつもりはないし、蓮や美羽がそれなりに気を遣ってくれているのが分かっていても、胸の中に靄が生まれてしまう。
本来であれば言うつもりはなかったが、美羽が求めている本心とはこういうもののはずだ。
嫌がられたらどうしようかと少しだけ不安だったが、悠斗の言葉に美羽の頬が緩み、美しい顔が歓喜に彩られる。
「え、えへへ……。そんなに想ってくれてたんだ……」
「想うに決まってるだろ。美羽を独り占めしたいって思いはいつもあるよ」
「いいよ。思いきり独り占めしちゃって――じゃなくて。ううん、それは嘘じゃないんだけど……」
とろりと蕩けた顔を引き締め、美羽が話の流れを修正した。
出来る事なら先程の笑みをずっと眺めていたかったが、そういう訳にもいかないのは悠斗も分かっている。
「そんなに私を想ってくれてるのに、本当にいいの?」
「ああ。この数週間話して分かったけど、哲也は本当に良い奴だ。それは美羽も分かるだろ?」
「うん。柴田くんとは一緒のクラスだったし、色々あったけど良い人なのは分かってるよ」
「だから、そんな哲也と友人になって欲しいんだ。哲也なら、俺も我慢出来る」
美羽が良い人と哲也を褒めるだけで、ちくりと悠斗の胸に棘が突き刺さった。
しかし哲也は本当に少ない、美羽との関係を教えてもいいと思える人だ。
それならば、身勝手な独占欲くらい我慢するのが彼氏の役目だと思う。
美羽は悠斗の言葉を受けて口を
「分かった。柴田くんと悠くんが納得してるなら、土曜日は私も家に居るよ」
「おう。それで頼む」
「それはそれとして、独占したかったらいつでもしてね?」
「……じゃあ、遠慮なく」
甘さを滲ませた笑みに苦笑を返し、美羽を思いきり抱き締める。
美羽は悠斗が割り切れない部分すら分かって、納得してくれたのだ。
土曜日は心中穏やかではないだろうが、この温もりがあれば乗り越えられる。
愛しい恋人を腕の中に入れて頭を撫でていると、意を決した表情で美羽が悠斗を見つめた。
「土曜日に皆を家に招待する時に、一人追加してもいい?」
「美羽がそう言うのは珍しいな。……というか、俺達の事情を話してもいい人って誰だ?」
学校で大勢の人に囲まれているとはいえ、美羽の本当の友人と言える人は数少ない。
悠斗の把握している限り、蓮と綾香くらいしかいないはずだ。
誰を招待するのか全く予想出来ず、思いきって尋ねると、美羽の顔が申し訳なさに彩られた。
「椎葉紬。悠くんに、告白した人だよ」
「……椎葉か」
今の悠斗にとって一番気まずい人物の名前に、表情を取り繕えず顔が引き攣る。
なぜ美羽が紬の名前を出したのか、いつの間に友人になったのか等、様々な疑問はあれど悠斗が願うのは一つだけだ。
「美羽と椎葉が納得するなら構わない。美羽の事だからちゃんと口止めもしてるだろうしな」
「もう。それって私が言った事と一緒だよ」
「……これは一本取られたな」
結局、お互いに心配するのは自分ではなく恋人の事らしい。
美羽がおかしそうに笑い、釣られて悠斗の頬にも笑みが浮かぶ。
「だから、同じ言葉を返すね。悠くんの気持ちを教えて?」
「……俺も美羽と同じだ。椎葉は眼中にないから、美羽と椎葉が納得してるならいいと思ってるよ」
紬に恋愛感情を抱く事はない。単に、何を話せばいいか分からず、この家に来ても気まずいだけではないかと思っているだけだ。
そして腕の中の恋人が、悠斗以上に嫉妬深いのは分かっている。
「だから聞かせてくれ。本当にいいのか?」
「……嫌だよ。悠くんが他の女子と話すのは嫌。でも、綾香さんと紬なら我慢する」
「紬か……」
美羽の性格上。絶対にしない名前呼びからすると、美羽の中ではとっくに折り合いがついているらしい。
そして、美羽は紬が芦原家に来ると確信している。
ならば、彼氏である悠斗に出来るのは受け止める事だ。
「よし。なら土曜日は哲也と紬、二人とも招待だな。もちろん蓮と綾香さんもだけど」
「うん! じゃあおもてなししないとね!」
花が咲くような笑顔を浮かべた美羽が、感極まったのか悠斗を押し倒す。
流されるままに倒れ込むと、美羽の顎が悠斗の胸に乗った。
「それはそれとして、嫉妬深い彼女へのフォローをお願いね?」
「もちろんだ」
まだ美羽が帰る時間ではないので、たっぷりと癒せる。
頭や頬を撫でられて喉を鳴らす美羽と、ベッドの上でくっつくのだった。
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