第125話 尊敬出来る人達に倣って

 チョコマカロンを食べる際に一悶着あったが、それでも自室ではこれまで通りに過ごすと思っていた。

 しかし悠斗はゲームをしている最中、時折美羽から呼び掛けられている。


「悠くん、またマカロン食べる?」

「……ああ、食べようかな」

「分かった! はい、あーん!」


 マカロンを受け取ってはいるが、今のところ悠斗の手で食べたものはない。

 美羽が満面の笑みでマカロンを摘まみ、毎回悠斗に食べさせているからだ。

 流石に気恥ずかしいので最初は断ろうとしたのだが、美羽にしゅんと肩を落とされた。

 そんな態度を取られては拒否できない。なので、完全に諦めて今回も大人しく口を開ける。


「あーん」

「はい、どうぞ!」

「ん」


 時折美羽の指先に触れるが、何度もやっているうちにある程度は慣れてきた。

 それでも想い人の指に唇が触れるだけで、僅かに心臓の鼓動が早くなるのだが。

 美羽も美羽で触れる度に頬を紅色に染めるが、恥ずかしさよりも悠斗に食べさせる楽しみの方が大きいのか、にこにことご機嫌な笑みを浮かべている。


「悠くんがゲームしてる時にも食べられるから、マカロンにして正解だったね」

「そういう理由だったのか。ありがとな」


 バレンタインデーのチョコレートというには少々意外な物ではあったが、悠斗の普段の生活を考えての選択だったらしい。

 こういうプレゼントですら悠斗への気遣いを忘れない優しさに、胸が暖かくなる。

 少しでも感謝を示したくて、ベッドに戻ろうとする美羽へと手を伸ばした。


「ん……」


 悠斗のやりたい事をすぐに察したようで、美羽は悠斗の手にされるがままになる。

 労うようにゆっくりと頭を撫でると、美しい顔がとろりと蕩けた。


「えへへ、最高のご褒美だよ……」

「いやいや、ちゃんと返すからな?」


 これ程の物をプレゼントされたのだ。頭を撫でるだけではお礼にすらならない。

 苦笑しつつハッキリと告げれば、はしばみ色の瞳が幸せそうに細まる。


「なら期待していい?」

「おう、一ヶ月後を楽しみにしてくれ」


 女性へのお返しは三倍返しだと聞いた事はあるが、残念ながらそこまでのお礼は出来ない。

 それでも一ヶ月後を忘れたりしないし、精一杯の事をやるつもりだ。

 お返しは何にしようかと思考をし始めると、ふと最近の騒動が頭によぎった。


(バレンタインデーで美羽の相手が見られると予想してた人は多かった。なら、ホワイトデーも同じ事が起きるはずだ)


 期待していた人には悪いが、こうして家で渡してもらったので今回は話題にならない。

 ただ、そんな美羽の想い人が見られるかもしれないと、ホワイトデーでも期待する人は多いはずだ。

 今までであれば鬱陶うっとうしいと思うだけだったが、これはある意味チャンスではないか。


(もしかすると、そのタイミングがいいかもな)


 家で渡した方がゆっくり出来る。しかし今まで前へ進めなかった悠斗には、大きく足を踏み出すこの行動が相応しい。

 それに、哲也や紬のような勇気ある行動を倣いたいと思った。

 自分が傷つく可能性があっても、緊張や恐怖があっても、相手を呼び出して想いを伝えるという、とても尊敬出来る行動をだ。

 その為には、美羽に許可を取らなければいけない。

 あれこれと思考して撫でる手が止まってしまい、きょとんと首を傾げている美羽を真っ直ぐに見つめる。


「なあ美羽。一ヶ月後の学校で伝えてもいいか? もちろん伝える時は二人きりがいいけど、迎えに行くから教室で待っててくれ」

「え……?」


 今日の周囲の盛り上がり方からすると、美羽を迎えに行くと告白の瞬間を覗かれる可能性が高い。しかし哲也の告白を覗いた悠斗に、周囲を否定する資格などないのだ。

 緊張のあまり抽象的な言葉になってしまったが、美羽はしっかりと悠斗の想いを受け取ってくれたらしい。

 呆けたような顔に、驚きと申し訳なさが浮かぶ。


「いいの? きっと、大変な事になるよ?」

「ああ、構わない。イベントを口実にするけど、だからこそ俺には必要な事だと思うんだ。でも、迷惑を掛ける事になる。……大丈夫か?」

「全然大丈夫だよ! どんな無茶でも応えるからね!」


 嬉しさを詰め込んだ溌剌はつらつとした笑みを浮かべ、美羽が握り拳を作った。

 美羽の笑顔に元気付けられたが、それでも恐怖はある。きっと、これまでのように平穏な学校生活は続けられないだろう。

 それでもこうして悠斗の傍に美羽が居てくれるのなら、悠斗は逃げるのを止めなければならない。


「ありがとう。あと一ヶ月、悪いけど待っていてくれ」

「うん。それくらいお安い御用だよ!」

「それと、さっき言った迷惑を掛けるって事だけど、学校以外でも迷惑を掛ける事になるかもしれない」


 逃げないと、一ヶ月後だと決めた際に、悠斗の頭に一つの案が浮かんだ。

 もう過去に縛られてはいないが、それでも前に進むために確かめたい事がある。

 その為に、美羽にも辛い思いをしてもらわなければならない。

 申し訳なさ過ぎて眉を寄せると、今度は美羽が悠斗の頭を撫でた。


「それも大丈夫だよ。だから、何をしたいのか教えて?」


 悠斗を包み込むような、穏やかな声と指使いが心に染みる。

 この声に、指に、存在自体に救われた。

 美羽の顔を曇らせるのは胸が痛むが、これは今の悠斗に必要な事なのだと意を決して口を開く。


「いわゆるダブルデートをしたいんだ」

「うん? 綾香さん達となら、似たような事をしてるよね?」

「いや、相手が違う。……もう分かるだろ?」

「……なるほど、そういう事だね」


 悠斗達の関係をある程度知っており、ダブルデートをしたいという人など一人しかない。

 やはり美羽としては嫌なようで、綺麗な眉が歪んだ。


「もちろん、美羽が嫌なら止める。多分、面白くないからな」


 これは悠斗の我儘でしかない。だからこそ美羽の本心を聞いておきたいと、唇を尖らせている美羽の顔色をうかがう。

 美羽はムスッとした顔のまま顎に手を当てていたが、暫くして大きく頷いた。


「悠くんが納得してるなら大丈夫。でも、私が怒ったらごめんね?」

「その時はその時だ。それに美羽が怒っても、嫌いになんてならないから心配しないでくれ」

「分かった。ならこれからの一ヶ月、一緒に頑張ろうね」


 頑張るのなら二人でだと、小さな手が悠斗の前に差し出される。

 どこまでも優しい美羽に笑みを返し、しっかりと手を掴んだ。


「ああ。よろしくな」


 以前のデートでは上手くいったのだから、今回もデート自体は問題なく進むだろう。

 ただ、それ以外の不安要素の方が大きいのだが。

 何はともあれ先の予定が立ち、ホッと胸を撫で下ろす。

 美羽も気持ちを切り替えたのか、悠斗の傍に置いてあるマカロンの箱を指差した。


「それはそうと、私もマカロンを食べたいなー」

「はいはい。ほら、あーん」

「あーん」


 ひな鳥のように口を開けて待つ美羽にマカロンを食べさせる。

 瑞々しい唇に指が触れるのは未だに慣れず、僅かに心臓が跳ねるのだった。 

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