第121話 バレンタインデーに何を作る?

「うーん。何にしようかなぁ……」


 いよいよ数日後がバレンタインとなる日曜日。もう時間は残されていないが、未だに納得のいくものが作れていない。

 それでも悠斗へと送るチョコレートを決める為に、綾香とショッピングモールを物色している。

 これまで綾香とは一緒に練習をしたものの、多少のアドバイスで留めておいてくれた。

 しかし決め切れない美羽を流石に見ていられなくなったらしく、眉を下げつつ様子を窺ってくる。


「まだ作るものを決められませんか?」

「そうなんですよねぇ。悠くんなら何でも喜んでくれそうなので、余計に困ってるんです」


 悠斗は好き嫌いが殆どなく、美羽の料理を本当に美味しそうに食べてくれる。

 もちろんお菓子も同じで、クッキーやチョコレート、甘い物も平気だ。

 そもそも、多少口に合っていなくとも悠斗なら美味しいと言ってくれそうな気もする。

 しかし、それは美羽のプライドが許さない。美羽が作った物を悠斗が食べる際は、心から喜んで欲しいのだ。

 だからこそ悩んでいるのだが、中々いいアイデアが思い浮かばずに首を捻る。


「普通に溶かして固めると捻りがないし、何かおしゃれな物とかないかなぁ……」

「ふむ……。でしたら、これはどうでしょうか? 結構難しいですが、美羽さんの腕なら問題なく作れるかと」

「いいですね! それにします!」


 綾香がスマホで見せてくれたものに、美羽の勘が働いた。

 見た目とは裏腹に難しいが、綾香の言う通り美羽ならば問題なく作れるだろう。

 頬を緩めながら材料を選び始めると、綾香も淀みなく材料を選んでいく。


「綾香さんは何を作るんですか?」


 そういえば、綾香は最初から作る物を悩んでいなかった気がする。

 とはいえ今までは美羽と同じく練習だったらしく、気ままに作っていた。

 本番に何を作るのか気になって尋ねれば、綾香が自信たっぷりの笑みを浮かべる。


「私はグラサージュチョコレートケーキ、というものですね。蓮と一緒に食べられますから」

「確かに、そっちの方も捨てがたいですね……」


 バレンタインとはいえ、同じケーキを分け合うと言うのにも憧れる。

 先程決めたにも関わらず迷い始めた美羽に、綾香がくすりと笑みを零した。


「少し大きめになりますし、持ち運ぶなら大変ですよ。それに美羽さんのものも一緒に食べられるじゃないですか」

「むぅ、確かにそうですね」


 ケーキを綾香の家で料理し、悠斗の家に持って行くのは少々難儀だ。

 となれば、持ち運びのしやすい美羽が選んだ物の方がいい。

 おそらく、綾香はそこまで分かっていて提案してくれたのだろう。

 頼りになる女性だと尊敬しつつ、買い物を進めていく。


「ところで、最近の学校は大丈夫ですか? あれから進展は?」


 買いたい物をほぼ揃えると、世間話というよりは心配そうに綾香が尋ねてきた。

 悠斗に許可を取った上でだが、詳細を省いて綾香には二月当初に起こった件を相談している。

 とはいえ綾香が動ける訳もないので、単に話しているだけなのだが。


「この一週間と少しで、悠くんが見た人は特定出来ました。多分、その人で間違いないですね」


 あれから蓮や悠斗、哲也に協力してもらい、犯人であろう人は絞れた。

 とはいえそれ以上の事はしておらず、気付いてないフリをしている。

 結構気にしてくれていたようで、綾香が安心したように肩を下ろした。


「なら良かったです。それで、注意等はするんですか?」

「今のところは何もなしですね。証拠もないですし、私達が話しても拗(こじ)れるだけですから」


 どういう意図があって噂を流したのかは分からない。

 しかも噂を流してそれっきりなので、ここで問い詰めても話がややこしくなるだけだ。


「……でも悠くんに迷惑を掛けるなら、容赦はしません」


 少しずつ悠斗が自信を持っていっている所で、この騒動が起きてしまった。

 そのせいで悠斗が思い悩み、少し前には普段の悠斗では有り得ない行動を取ろうとしたのだ。

 きちんと説明して分かってもらい、もう気に病んではいないようだが、それでも悠斗の心が乱されたのは変わらない。

 哲也に関しては怒るつもりはないものの、噂を広めたあの男子生徒に関しては別だ。間接的であれ、彼が悠斗を追い込んだのには変わらないのだから。

 今は大人しくしているが、直接悠斗へ迷惑を掛けたのなら、次は美羽の持てる全てを使って制裁する。

 胸に灯った黒い炎に促されるままに呟けば、綾香の顔が僅かに引きった。


「気持ちは分かるので駄目とは言いませんが、程々にしましょうね?」

「相手の出方次第ですねぇ」


 世話になっている綾香からの注意だが、これだけは譲れない。

 大切な人を支え、守ろうとするのは当たり前の事なのだから。


「でも、最近の皆の目がより観察するようなものになってきて、鬱陶うっとうしいんですよね……」


 遠慮なく口に出来た事で溜飲りゅういんが下がり、最近の学校生活を思い出して溜息をつく。

 美羽に好きな人がいるという噂が流れ、本来であればそのまま盛り上がりもせずに下火になっていったはずだ。

 しかしすぐにバレンタインが来てしまう事で、噂は全く消えていない。

 むしろバレンタインの日に分かるかもしれないと、日に日に期待が高まっている。

 はっきり言って邪魔でしかない周囲の視線に思いきり悪態をつけば、綾香がくすくすと軽やかに笑った。


「美羽さんがそう言うという事は相当ですね。私も蓮がいると知られた時は大騒動になりましたよ」

「綾香さんもそうだったんですね。……話題になりやすいのは理解してますが、私の相手が誰だろうと構わないでしょうに。どうして放っておいてくれないんでしょうか」


 以前悠斗にも似たような事を言ったが、悠斗は納得していた。しかし、美羽は未だに全てを納得しきれていない。

 別に人気者になりたくてなった訳ではないのだ。だからこそ、学校での立ち位置を疎ましく感じてしまう。

 こんな事になるのなら、いっそ全て壊してしまおうかと思うくらいに。

 ただ、それは悠斗が悲しむので駄目だ。悠斗は学校での美羽も気遣ってくれているのだから。

 やるせない気持ちで愚痴を呟くと、綾香が悲しみ混じりの苦笑を浮かべた。


「それを受け入れないのが人というものです。いわゆる、アイドルのスキャンダルを許さないようなものですよ」

「まあ、多少は理解出来るんですよ。でも、当事者の気持ちも考えて欲しいです」

「私達からすれば本当に嫌でも、他人の色恋話など面白い話のネタですからねぇ」

「そうなんですよね……」


 人気があるがゆえの苦労だというのは十分に理解している。

 しかし、誰にだって自由に恋愛する権利はあるはずだ。それに美羽は「彼氏など作らない」と言った覚えはない。

 なのに勝手に期待されて、どんな人なのかと探られるのはいい迷惑だ。

 人によっては贅沢な悩みかもしれないが、本当に困っているので喜べはしない。

 憂鬱ゆううつな気持ちに肩を落とせば、綾香が「ですが」と明るい声を漏らした。


「他人の評価に左右されている訳ではないでしょう?」

「そうですね。誰に何と言われようと、悠くんの隣は離れません」


 誰に文句を言われても、それだけは心に決めている。

 そもそも、容姿や能力だけで判断するような人に悠斗の良さが分かるはずもない。

 大きく頷けば、綾香の顔が華やいだ。


「その心意気ですよ。取り敢えずは、目前のバレンタインですね」

「はい!」


 その後は世間話をしつつ、買い物を終えた。

 最高の物を作ろうと意気込みつつ綾香の家に向かおうとするが、運が悪かったらしい。

 美羽達へ取り入ろうとする為か、意地の悪い笑みをした同じ年くらいの男子が数人近寄ってくる。


「お二人さんは暇? よければ一緒に――」

「貴方達と話す程暇じゃありません。用事があるので失礼します」

「しつこかったり、強引な事をするなら大声を出すよ」

「……スミマセンデシタ」


 美羽もそうだが綾香も声を掛けられる事が多いようで、あしらい方が手慣れていた。

 そもそも、綾香の言う通り大切な用事があるのだ。見ず知らずの人からのナンパになど構っていられない。

 二人がかりで僅かな隙すら見せずにバッサリと断ると、男子達が引いていく。


「さあ美羽さん、一緒に頑張りましょうね」

「はい!」


 先程の事などなかったかのように、綾香の家へと向かうのだった。

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