第97話 初詣
「にしてもやっぱり美羽は凄いなぁ。視線が集まる集まる」
神社に入り、参拝の列に並んで待ちながらぽつりと呟いた。
入り口で口や手を清める時からそうだったが、美羽へと沢山の視線が向けられている。
(まあ、俺もそっち側だったら見るけどさ)
美少女と言える美羽が、今日は着物を着て着飾っているのだ。
それだけでなく薄く化粧もしているからか、今の美羽には大人っぽさと子供っぽさが混じった不思議な魅力がある。
そんな魅力的な姿を目に焼き付けたいという人の気持ちは理解出来るので、周囲へ文句は言わない。
唯一の救いは嫉妬の視線が思ったよりも少ない事だ。
おそらくだが悠斗も着物を着るだけでなく、結子に髪型を整えてもらったので、少しはマシな見た目をしているからだろう。
やはり着物効果は凄いなと小さな溜息を落とす。
「そういう悠くんだって見られてるよ? 悠くんかっこいいからね」
格好いいという割には、美羽は喜んでいない気がする。
嬉しいような、怒るような複雑な表情からは内心がいまいち読み取れない。
「……あまり褒められてる気がしないんだが」
「褒めてるよ。でも、何ていうか、面白くないなあって」
「もしかして、馬鹿にされてたりするか?」
美羽の性格では絶対に有り得ないが、面白くないという言葉は初めて聞いた。
そんなに悠斗の着物姿を酷評しなくてもいいだろうと唇を尖らせれば、美羽が焦ったような顔で首を振る。
「違うの! 悠くんが周囲に認められるのは嬉しいけど、私だけが褒めたいなあって思って、そしたら、素直に喜べなくて……」
美羽の言葉尻がどんどん萎んでいき、耳まで真っ赤にして俯いた。
ここまで言葉にされたら、先程の感情がどのようなものだったのか理解出来る。
嬉しさがこれでもかと込み上げてきて、悠斗の頬が緩んでしまった。
「……そうか。俺は、美羽に褒められるのが一番嬉しいよ」
美羽と一緒に居ても周囲から文句を言われたり、悪意のある視線を向けられないのはもちろん嬉しい。
けれど、一番嬉しいのは美羽に褒められた時だ。
素直に言葉にするのは恥ずかしかったが、美羽が顔を俯けているのでまだ言葉に出来た。
口にした後で羞恥に耐えられなくなり、視線を逸らす。
熱くなった頬を冷ましていると、繋いでいる手にぎゅっと力がこもった。
「……悠くん、かっこいいよ。凄く、凄くかっこいい」
「そこまでにしてくれ、恥ずかしくて死にそうだ」
ちらりと様子を見ると、頬を紅潮させているだけでなく瞳を潤ませているので、美羽も恥ずかしいのだろう。
次から次へと向けられる褒め言葉に耐えきれず、美羽を止めるとへにゃりと眉を下げて笑われた。
「分かった。でも、本当の事だからね?」
「……そういう事にしておく」
残念ながら、今の状況は結子に整えてもらったからだ。
けれど美羽が認めてくれるのであれば、そこまで卑屈にならなくてもいいのかもしれない。
会話が途切れ、どこかむず痒い空気の中で待っていると、ようやく悠斗達の番が来た。
鈴を鳴らし、賽銭を入れ、二礼二拍手一礼を行った後、手を合わせて祈る。
(これからも、こんな生活が続きますように)
多くのものは望まない。ただ、これからも美羽との生活が続いて欲しい。
想いを伝えられなくてもいいのだ。どこまで行っても悠斗と美羽は釣り合わないのだから。
せめて今の暖かく穏やかな時間が、少しでも長く続いてくれたらいい。
短く祈りを終えて隣を見ると、美羽が真剣に何かを祈っていた。
(にしても、綺麗だな)
仁美の教育があったからだろうが、こんな時も美羽は綺麗な所作をしている。
人目を引くのも納得だと改めて思っていると、美羽が長い睫毛を震わせて澄んだ瞳を見せた。
「長くなっちゃってごめんね。行こう?」
「ああ」
差し出された手を握り返し、参拝の列から逸れる。
折角だからと近くでおみくじを買い、運勢を占った。
「……幸先はいいんだが、大きく人生が変わるって言われてもなぁ。美羽はどうだった?」
開いた紙の中には「大吉」と書いてある。
もちろん嬉しいが、そんな事が書かれてあれば身構えてしまうのが人間だ。
そもそも去年の時点で悠斗の生活は大きく変化している。
これ以上変わると言われても、いまいち実感が出来ない。
取り敢えず放っておいて美羽の様子を窺うと、目を輝かせてにこにことご機嫌な笑顔をしていた。
「大吉だって! 悠くんと一緒だよ!」
「二人揃ってなんて珍しいな」
どれくらいの確率なのかは分からないが、二人共が最高の運勢になる事などそうそうないはずだ。
美羽のはしゃぎように悠斗も嬉しくなり、口元が弧を描く。
「今までで一番の年になるんだって! これ以上良くなるなんて最高だよ!」
この数ヶ月だけで美羽の生活は一変したのだ。更に良くなると言われたのだから、はしゃぎたくなる気持ちは分かる。
けれど、これぞ美少女という美羽が周囲を魅了するほどの満面の笑みをしているせいで、視線が凄い。
主に男性の見惚れるような視線が多く、悠斗の胸にどろりとした感情が沸き上がってきた。
「落ち着けって、取り敢えず結びに行こうぜ」
すぐそこで結べるので手を繋ぐ必要などないのだが、それでも手を差し出す。
「うん!」
美羽が曇りのない笑顔で悠斗の手を掴んでくれた事で、周囲の視線が少しだけ刺々しくなった。
それでも悠斗の心は暗い気持ちにならず、むしろ優越感を感じてしまう。
(……何やってんだか)
恋人でもない人と手を繋ぎ、それを周囲に見せびらかす事で満足するなど、とても良い性格とは言えない。
しかも美羽が周囲の視線を引き付けると分かっていたにも関わらずだ。
ひっそりと溜息をつくが、そんな悠斗の落ち込んだ気分を吹き飛ばすかのように、美羽が
「ほら悠くん、行こう行こう!」
「ああ。そうだな」
ぐいぐいと悠斗を引っ張る小さな手に元気付けられ、おみくじを木に結ぶ。
初詣でやる事も全て終わり、少し疲れたので境内の縁で一休みする事にした。
「三が日を過ぎてもこの人の多さって事は、元旦とか凄かっただろうなぁ」
「そうだねぇ。視線を向けられる事は慣れてるけど、これ以上は流石に辛いよ」
いくら美羽でも、大勢の視線にずっと晒されるのは疲れるらしい。
少しだけ悠斗に寄り掛かってきているので、結構疲れたのだろう。
撫でて励ましたいが、今は出来ないのでぐっと我慢する。
「やり残した事が無ければ帰るか?」
「うん。屋台とかは人が多すぎて別に今はいいし、帰ろ――」
「お? 芦原じゃねえか」
特段やりたい事もないようなので、帰ろうとした瞬間、最近全く聞いてなかった男の声がした。
あまりいい思い出のない声の方を向くと、数人の男子高校生が悠斗達を見ている。
どうして悠斗達が出掛ける際はこんなにも間が悪いのかと大きく息を吐き出し、重い口を開く。
「……久しぶりだな。この神社の近くだったっけ?」
「いや、人が少ない所にしようって事でここに来ただけだ。にしても、へぇ……」
にやにやと神経を逆撫でする視線が悠斗を射抜いた。
「なんだぁ、彼女連れか? 随分と可愛い子じゃねえか」
「まあな。それが何か?」
この場で美羽と恋人ではないと否定してもロクな事にならない。
美羽には申し訳ないが
「運動も出来ない、部活を引退したら勉強だけしかしなかった奴が随分と出世したなぁ。どうやったんだよ?」
相変わらずの見下した発言に苛立ちが募るが、ここで感情的になっても仕方ないと必死に堪える。
「お前には関係ないだろ」
「そんな硬い事言うなよ。お前みたいな奴がこんな可愛い子と付き合うなんて、有り得ないんだからさ。だから――」
「ねえ悠くん。この人は誰?」
男子高校生の言葉を遮り、美羽が尋ねてきた。
美しい顔には笑顔が浮かんでいるが、どこか作ったような、必死に何かを抑えているような感じがする。
「こいつは同じ中学校のバレー部だった奴だ。まあ、こういう性格だよ」
「おいおい、ちゃんと紹介してくれよ。俺は――」
「ああ、それ以上はどうでもいいから、黙って欲しいな」
声は明るく、けれど内容は冷たく、美羽が男子生徒を突き放した。
張り付けたような笑みにはどこか凄みがあり、先程の言葉と合わせて、普段の美羽からは考えられない態度に目を見開く。
いきなりそんな事を言われたからか、彼が顔を引き
「え、どうしてだ?」
「分からないなら分からないでいいよ。悠くんを馬鹿にしたあなたに興味なんてないし」
「はあ? まさかこいつの中学校の頃を知らないのか? こいつはな――」
「知ってるよ、全部知ってる。だから、いい加減黙って」
ついに美羽の声から感情が消え、取り繕っていた笑みも無くなってしまった。
今まで一度も見た事がない程の冷たさを瞳に宿し、目の前の男を見つめる。
「運動が出来ない。勉強しかしない。そんなちっぽけな事だけで悠くんを判断してるような人が、話し掛けるな」
「……」
「行こう、悠くん」
「お、おう」
美羽が男子生徒に向けていた感情を一瞬で引っ込め、甘さすら感じる笑顔を浮かべて悠斗を引っ張っていく。
あまりの急展開に呆然としている男子生徒を放りだし、神社を後にした。
ようやく歩くペースを緩めた美羽に頭を下げる。
「ありがとな。スッキリした」
蓮や直哉はまだ好意的に接してくれたが、先程の彼のように悠斗を快く思わない人はいた。
しかも何を言っても部活を辞めなかったからか、最後の方はああいう弄りが日常茶飯事だったのだ。
残念ながら悠斗の立場は良くなかったので、蓮や直哉が大っぴらに止める事が出来なかったというのもある。
とはいえ、先程美羽が怒ってくれた事で悠斗の心は晴れやかだ。
しみじみと呟けば、美羽がつないだ手の力を強めた。
「ならいいんだよ。勉強とか、運動とか、それが出来ないからって悠くんから離れないからね」
「……本当に、ありがとう」
悠斗の心を包み込むような柔らかな笑顔が胸に染みる。
繋いだ手からの温もりを離したくなくて、家に帰るまでずっと繋いでいたのだった。
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