第35話 球技大会の誘い

「この前は相談に乗ってくれてありがとな。上手くいったよ」


 美羽の誕生日の次の日。プレゼントが成功した事を報告すると、蓮がからりと爽やかな笑みを浮かべた。


「なら良かった。と言っても俺は大した事してないけどな」

「蓮がいてくれて助かったんだから、そんな事言うなって。それと、綾香さんにもお礼を言っておいてくれ」


 情けなくはあるが、悠斗一人ではプレゼントを決めきれなかったのだ。

 綾香に連絡してくれた事も含めて、蓮に相談しなければ確実に成功しなかっただろう。


「分かった、ちゃんと伝えとく。……それと、綾香に滅茶苦茶からかわれたんだが、やりやがったな?」


 蓮が気持ちの良い笑みで悠斗を見つめるが、瞳の奥は全く笑っていない。

 悠斗があれこれと綾香に話した結果、思いきりからかわれたようだ。

 お淑やかな綾香の性格からすれば蓮をからかうのは意外に思えるが、彼氏にしか見せない一面なのだろう。


「俺は綾香さんの望みに応えただけだ。買い物に付き合ってくれる人にお礼をするのは当たり前だろ?」


 にやりと口の端を上げて笑いつつ、惚けるように蓮を見つめた。

 事実しか言っていないので、後ろめたい事など何もない。

 口止めしていなかったからか強くは言えないらしく、蓮がムッと唇を尖らせる。


「まあ、そうだけどな。まさか俺達の会話を報告されるとは思わねえだろ」

「別に隠すような事じゃないだろうが。不真面目じゃないんだし」


 多少羽目を外す事はあっても、蓮とのやりとりは普通の男子生徒が行う会話の枠組みに入っている。

 どうしてそんなに気にしているのかと首を傾げれば、蓮ががっくりと肩を落とした。


「あのなぁ……。からかわれただけじゃなくて、『私にも同じ扱いをして欲しい』ってお願いされたんだからな?」

「あー、そういう事か」


 男同士で気を遣う必要もなく、手を出したり雑な態度をお互いに取る事もあるのだが、綾香はその気安さが羨ましくなったようだ。

 とはいえ、男同士のやりとりを恋人に出来るはずもない。

 恋人がいない悠斗でもそう思うのだから、綾香がいる蓮からすれば余計に納得出来ないのだろう。


「悪い。単に蓮の事を知りたいんだと思ってた」

「もう今更だからいいけどよ。大変だったって事は知っておいてくれ」

「ご愁傷様だ。……俺をからかった罰でもあるけどな」

「やっぱり気にしてたんじゃねえか、この野郎」


 互いに睨み合い、軽くどつき合う。それでも最終的には笑顔になれるのだから、悪友のような関係は心地良い。

 美羽との穏やかな時間も悪くないが、こういうやりとりも気が楽だ。


「それはそうと、この後のロングホームルームで何があるか分かってるよな?」


 唐突に蓮が話を変えてきた。

 真剣な顔をしているので、これまでのように冗談のやりとりをするつもりはないらしい。


「悪い、なんだっけ?」

「今月末の球技大会のメンバー決めだよ。とりあえず人だけは決めておこうって朝に連絡されたじゃねえか」

「そうだったっけ? 聞いてなかった」


 悠斗の高校では春の終わりに体育祭があり、その半年後の秋である十一月の末に球技大会が行われる。

 その内容の一つにバレーボールがあるので、蓮が乗り気になっているようだ。

 おそらく連絡はされていたのだろうが、あまりに興味がなくて悠斗の耳を通過していったのだろう。

 そんなに真剣になる事かと首を傾げれば、蓮に大きな溜息をつかれた。


「……まあいい、後で揉めるのも嫌だからここでハッキリ言うが、俺と一緒にバレーに出ないか?」

「断る」


 考える必要もない事だったので即答した。

 とはいえ悠斗の反応を予測していたようで、蓮が呆れ気味の苦い笑みを浮かべている。


「じゃあ何で嫌なのか言ってくれ」

「ああいうのは運動が出来る奴か経験者が目立つだけの行事だ。俺みたいなのはお呼びじゃないんだよ」

「何言ってんだ、お前も経験者だろうが。ほら、悠の言い分だと参加出来るだろ?」

「訂正する。動ける経験者だ」

「あのなぁ……」


 何も間違った事など言っていないはずなのに、蓮に呆れた風な目を向けられた。


「こういうのは今部活に入っているかはどうでも良くて、経験者の人数がものを言うんだよ」

「じゃあバレー部だけでチームを組めばいいだろ。足りなきゃ運動が出来る奴と、俺以外の経験者で組めば勝てる。なんたって蓮がいるからな」


 蓮の力は信用しているので、悠斗が言ったようなチームであれば優勝を目指せるはずだ。少なくとも、そこに悠斗の出番などない。

 話は終わりだとそっぽを向こうとすると、蓮に肩を掴まれた。


「残念ながらこのクラスには俺しかバレー部はいないんだよ。それと経験者も悠斗だけだと思うぞ。あと言わせてもらうが、お前はただ運動が出来る素人に負けるつもりか? お前の中学校での頑張りはその程度だったのか?」

「……好き放題言いやがって」


 何も為せなかったとはいえ、悠斗なりに出来る限りの事をしたのだ。

 赤の他人に馬鹿にされるのなら耐えられるが、蓮に努力をバッサリと否定されれば流石に頭にきた。

 肩を掴んでいる手を強引に払い、蓮を思いきり睨みつける。


「授業中に多少やっただけの奴らに負ける訳がないだろ。いくら俺でもそれくらいのプライドはある」

「じゃあ一緒にやろうぜ。ただ運動が出来る奴には負けないんだろ?」


 先程の挑発は何だったのかというくらいに、蓮がからりと爽やかな笑みを浮かべた。

 馬鹿にされてつい熱くなってしまったが、乗せられたのだと自覚して大きく息をはく。


「……人が悪いぞ」

「こうでもしないと悠はやる気にならないからな。謝らねえぞ」


 文句もどこ吹く風というように、からからと蓮が笑う。

 だが、球技大会など先のない一日だけの大会だ。そんなものになぜ必死になるのか分からない。


「謝罪は別にいいけど、たかが球技大会だろ? あおってまで俺を出させる意味なんてあるのか?」

「俺と悠が初めて一緒に試合が出来るんだ。意味なんてそれで充分だろ」

「……物好きめ」


 蓮に言われて、中学時代には一度も実現しなかった事が出来るという実感が湧いた。だが、期待に弾む胸を抑えつける。

 いくら悠斗が経験者だとしても、簡単に周囲が受け入れてくれるとは思えない。

 ただでさえ、この半年間で悠斗は運動が出来ないと思われているのだ。

 事実なので否定はしないが、バレーだけは多少出来ると言われてうなずく人などいないだろう。

 そんな事など分かっているはずなのに、蓮はご機嫌な笑みを消さない。

 掌の上で踊らされている事に納得がいかず、せめてもの反撃をこころみる。


「出るのはいいが、俺が出る事を皆が受け入れたらな」

「分かってる。でも経験者だって事は隠すなよ?」

「ここまで来たら話すしかないだろうが」


 これまで経験者なのを隠していた訳ではないが、自分からバラす事になるとは思わなかった。

 だが、出ると決めた以上は出来る限りの説得をすべきだろう。

 憮然ぶぜんとした態度で告げると、蓮がポンと肩を叩いてきた。


「じゃあ大丈夫だ。頼むぜ、相棒」

「はぁ……。頼むぞ、エース」


 それからロングホームルームになり、バレーボールに立候補すると司会役の生徒に不安がられた。

 けれど蓮の「多少運動が苦手な経験者よりも、動ける自信のある初心者がいたら手を挙げてくれ」という真剣な声で悠斗の参加が決まったのだった。

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