第34話 半年以上も先の約束

「悠くんの誕生日はいつなの?」


 ケーキを食べ終わり、夜も更けたので悠斗に送ってもらっている最中、ふと頭に浮かんだ事を尋ねてみた。

 ぬいぐるみにケーキと沢山の物をくれたのだから、お礼をしたいとは思う。

 だが、誕生日プレゼントのお礼をするというのもおかしな話だ。

 それならば、同じ条件にしてしまえば悠斗も受け取るだろう。


「八月二十日だな」

「……もう過ぎちゃってるんだ」


 出来る事ならすぐに悠斗の誕生日が来て欲しかったが、次のお祝いとなると半年以上も先だ。

 どうして上手くいかないのだろうかと肩を落としつつも、決意を新たにする。


「じゃあ来年の誕生日は祝わせてね」

「……」


 美羽の誕生日を祝われたのだから、悠斗の誕生日を美羽が祝うのは当たり前だと思う。

 けれど、なぜか悠斗が驚きに目を見開いて固まってしまった。


「どうしたの?」

「……祝ってくれるんだな」

「そんなの当たり前でしょ? 絶対に忘れないからね」


 悠斗の中では美羽が祝わない事になっているようで、もやもやとした感情が沸き上がってくる。

 これほどまでにお世話になっている人を祝わないのは、ただの人でなしだろう。

 情の薄い人間だと思われていたなら心外だとほんのり睨むと、悠斗の瞳が気まずそうに揺れた。


「それは嬉しいけど、まだ半年以上も先だろうが」

「時間なんて関係ないよ。一緒にいる人を祝いたいのは私も同じなんだからね」

「そうじゃなくて……。ああもう」


 お返しをするだけなのに、悠斗は顔をしかめて頭をがしがしと掻く。

 何をそんなに困っているのかと首を傾げると、黒髪の奥の瞳が恥ずかし気に美羽を見つめた。


「そんな先まで、こうしているつもりか?」

「……え?」


 来年の夏になっても悠斗との関係を続けていると告げたのだと、今更ながらに気が付いた。

 しかもただの友人としてではなく、家に通っている事に違和感を覚えなかった。

 たった一ヶ月仲を深めただけでこれから先も一緒にいる事が当たり前になっていると自覚し、自然と顔に熱が集まっていく。

 不思議とそれが嫌ではない事に、そして悠斗に小さく、けれど嬉しそうに笑われて余計に恥ずかしくなる。


「だって、時間を潰さないと、いけないし。お礼も、しないと駄目だし」

「ありがとな」


 あまりの羞恥に悠斗の顔を見ていられず、前を見るフリをしながら悠斗を盗み見た。

 悠斗の頬には朱が差しており、美羽も自分の頬の熱さが自覚出来る。絶対に顔が真っ赤になっているはずだ。

 互いに頬を染めつつ、けれど視線を合わせない。更につかず離れずの距離に居続ける。

 おそらく他の人が今の美羽達の状況を見たら首を傾げるだろう。周囲に人がいなくて本当に良かった。


「……寒いねぇ」

「……そうだな」


 話を戻せず、何事も無かったかのようにどうでもいい話をする美羽達だった。





 悠斗と別れ、灯りの点いているリビングに顔を出すと、テレビを見ている丈一郎がいた。

 最近は悠斗の家に九時過ぎまでいるので、夜はこうして帰ってきたという報告だけになっている。

 丈一郎が寝ている時もあるのだが、今日は起きているようだ。


「帰りました」

「そうか」


 相も変わらずの感情の浮かんでいない瞳と表情に、何を返せばいいのか分からなくなった。

 ただ、悠斗の話では美羽の誕生日を伝えたのは丈一郎らしい。

 どうしてそんな事をしたのかと疑問が浮かび、普段であればすぐに自室に向かうはずの足が止まる。


「儂はもう寝る。すぐに風呂に入れ」

「あ……」


 何を、どうやって聞こうかと悩んでいるうちに、丈一郎は美羽を一瞥いちべつして自室に行ってしまった。

 ちらりと美羽が持っている白い袋を見た気がするものの、特に表情が変わったようには思えない。

 結局何も出来なかったと沈んだ気持ちになりながら風呂を終え、自室のベッドに寝転んだ。


「……悠くん」


 傍に置いておいたぬいぐるみを抱き締めると、丈一郎に何も告げられなかったという罪悪感に満たされていた心に熱が灯る。

 正直なところ、ずっとこうしたくて昼間の勉強が手につかなかったのだ。


「えへへ」


 胸の温かさで勝手に頬が緩んでいく。きっと今の美羽はだらしない顔をしているだろう。

 自室で本当に良かったと安堵しつつ、腕の中のぬいぐるみを見下ろす。

 この可愛らしいぬいぐるみが自分の物だと実感出来て、目が細まった。


「参考書でもない、勉強の道具でもない、将来に全く役に立たない物なのにね」


 美羽の誕生日を知られた事に関しては構わないし、探ったなどと疑ってもいない。

 とはいえ、伝えていなかった人からプレゼントをもらえるとは思ってもいなかった。

 実用性など全く無い、ただ部屋に飾るか抱き締めるだけのぬいぐるみ。

 もちろん可愛い物は好きだが、欲しいとは思わなかった物でもある。

 なのに、いざ受け取ってしまえばこんなにも美羽の心を温めていく。


「んー。ふわふわ」


 すりすりとぬいぐるみに頬擦りをして感触を確かめる。

 これほどの大きさなのだから、きっとそれなりの値段だったはずだ。


「ケーキも、美味しかったなぁ」


 かなり味が良かったが、味だけで良いなら同じようなケーキを食べた事などいくらでもある。

 だが、先程のケーキには美羽の誕生日を祝うという悠斗の純粋な気持ちが込められていた。

 これから先の事を話すでもなく、美羽に期待するでもなく、ただひたすらに祝われる事がこんなにも嬉しいとは思わなかった。


「悠くんの誕生日は半年以上先なんだよね」


 悠斗の誕生日を知れたのは嬉しいし、祝う事を忘れたりなどしない。

 かなり先の予定を入れた事を指摘された際には動揺で照れてしまったが、きっと来年の夏も悠斗と一緒にいるだろう。

 勿論悠斗があの家での時間潰しを許してくれるならという条件付きだが、それほどまでにあの家にいる事が当たり前になっている。

 今日は別々の部屋にいたが、ずっと気にされるよりか余程過ごしやすかった。


「明日の夜ご飯は何を作ろうかな」


 既に美羽の料理の基準は、悠斗が美味しいと言ってくれるかどうかに変化した。

 それに短いながらも褒めてくれるので、最近ではもっと料理の腕が上達したいという意欲も沸き上がってきている。

 以前までは怒られないか、満足させられるかとびくびくしながら過ごしていたので、こんな気持ちは初めてだ。


「……どうか、明日も穏やかな一日でありますように」


 猫のぬいぐるみを抱き締めつつ、ゆっくりと目を閉じた。

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