第32話 最終手段
「蓮、お願いがあるんだが」
一週間の中間を過ぎても、未だに悠斗は美羽の誕生日プレゼントを買えていない。
ここまで来てしまうともう悠斗の力だけではどうしようもならないと、恥を忍んで蓮に頭を下げた。
唐突に、かつ真剣に頼み込んだからか、蓮が目を見開いて驚く。
「急にどうしたんだよ。悠がお願いなんて珍しいな」
「どうしても頼みたい事があるんだ。しかも詳しい内容を聞かずに。頼む側の言える言葉じゃないけど、それでもお願いしたい」
「……ふうん。分かった、でも多少反応するくらいはいいだろ?」
「構わない。それでも蓮にしか頼めないんだ」
クラスメイトとは多少話す仲ではあるものの、これほど大切な事など話せはしない。
そうなると悠斗の相談相手は蓮しかないし、彼女持ちとしての経験も期待しての相談だ。
真っ直ぐに蓮を見て告げると、思案顔だった蓮が表情を引き締めた。
「じゃあ俺に出来る限りはしないとな。絶対に馬鹿にはしないから、遠慮せずに言ってくれ」
「本当に、ありがとう」
かなり理不尽な要件のはずなのに、すぐに承諾してくれた蓮には感謝しかない。
一度深く頭を下げてから、覚悟を決めて口を開く。
「女性への誕生日プレゼントは何がいいんだ?」
「は?」
蓮が呆けたように固まってしまった。
悠斗も自分の言っている事がどれだけ突拍子もない内容なのか分かっているので、蓮の反応は理解出来る。
だが、内容を受け入れてもらわなければ始まらない。
「だから、女性への誕生日プレゼントだって。しかも、それなりに世話になってる人に対してだ」
「…………ちょっと待ってくれ」
ようやく蓮の硬直が解け、額に指を当てて悩みだす。
あれこれと言って更に混乱させるつもりはないのでじっと待っていると、ようやく蓮が顔を上げた。
「まず確認だ。それはあいつじゃないんだな?」
「ああ、別の人だ。誰かについては、すまん、言えない」
いくら事前に宣言していたとはいえ、内容を告げられない事が本当に申し訳ない。
再び頭を下げると、蓮が微笑を浮かべて首を振る。
「それは言わなくていい、約束だったからな。それで、付き合ってはいないけどかなり世話になってる人なんだな?」
「そうだ。だけど、俺にはそんな相手に対して何を送ればいいかなんて分からない。だから恋人がいる蓮に相談したんだ」
「ふむ……。頼られるのは嬉しいが、正直俺がアドバイス出来る事なんて大した事ないんだよなぁ」
あまり自信が無さそうに蓮が苦笑するが、ほんの少しでも参考になるなら聞いておきたい。
「それでもいい。頼む」
「高すぎる物も安すぎる物も駄目だし、後はその人の趣向に合ってればいい。……参考にならないだろ?」
「まあ……すまん、そうだな」
送り物をするのだから、その程度の事は考えている。
とはいえ蓮からすれば何も知らない相手の事なので、大まかな回答しか出来ないのだろう。
結局のところ、悠斗が決断しなければならないようだ。
申し訳ないがあまり参考に出来なかったと眉を下げれば、なぜか蓮が笑顔になった。
「という訳で、俺より適任な人に相談させてくれ」
「蓮より適任な人なんているか? 悪いけど、言いふらさないでくれよ?」
彼女持ちの蓮よりも適任者がいるとは思えない。
まさか周囲に拡散して案を集めるつもりなのかと思って釘を刺すと、蓮が心外そうにむっと眉を寄せた。
「そんな悠斗の考えを踏みにじるような事なんて絶対にしねえよ。まあ適任者に言うのは勘弁して欲しいけどな」
「じゃあそれは誰なんだよ」
「いるだろ? 俺が絶対に裏切らないと信用出来て、女性の事を分かってる人がな」
「……まさか、綾香さんか?」
蓮の言った条件に当てはまる人など、悠斗が知る限り一人しかいない。
おそるおそるその人の名を口にすると、蓮がからりと爽やかな笑みを浮かべた。
「おう、女性の事は女性に聞くのが一番だ。という事で早速聞いていいか?」
綾香とは文化祭で初めて会い、しかも短い自己紹介だけだったので人となりはあまり分からない。
とはいえ、話した限りだと裏切るような人ではないと思う。
問題があるのなら蓮の恋人をしていないだろうし、優しい対応をしてくれただけでなく、初対面の悠斗に名前呼びを求めたのだから。
そもそも唯一相談出来る蓮に言われてしまえば、悠斗にそれ以外の選択肢はない。
「俺は一回しか会ってないから、信用出来るかと言われたら分からん。でも蓮の恋人だから信じるさ」
「ありがとな。じゃあちょっと失礼するぞ」
「ああ」
蓮が一言断りを入れてからスマホで綾香に連絡を送る。
放課後には良い案が返ってくるだろうかと考えていると、すぐに返事が返ってきたようで蓮の表情が嬉しそうな笑顔に変わった。
「綾香が今日一緒に選ぶかってさ。ああそうだ、悪いけど俺は部活だから綾香と二人になるけどいいか?」
てっきりスマホでのやりとりだけで終わらせると思ったのだが、蓮の口から出てきたのは予想の斜め上の言葉だった。
綾香の誘いは嬉しいものの、彼氏である蓮がどうしてそんなにも喜んでいるのか分からない。
「俺と綾香さんが? 蓮はそれでいいのかよ」
「いいも何も、それでプレゼントが選べるなら良い事じゃねえか」
「そうじゃなくて、彼女と他の男が外で二人きりになるんだぞ。そんなの嫌じゃないのか?」
「いいや、全然。綾香が他の男に
少しも揺るがない真っ直ぐな視線に、思わず
もちろん綾香に対して恋愛感情など欠片も抱いていないとはいえ、眩しい日差しのような笑顔を正面から受け止められない。
不機嫌になるのではと疑ったのにも関わらず、蓮は全幅の信頼を置いてくれたのだから。
強すぎる視線から目を逸らせば、蓮がからからと笑う。
「それに、綾香は悠と話したいって言ってたからな。ちょうどいいタイミングだ」
「ハロウィンの誘いの時も気になったが、何でそんなに興味を持たれてるんだよ」
「……貴重なのさ。悠のように俺達の家をしっかりと知りつつも全く態度を変えない人間はな」
「なんだよ、そんなの当たり前だろ? 蓮は蓮だろうが」
高校生とは思えない、あまりにも大人びた笑顔を浮かべる蓮に呆れの視線を送る。
家柄がどうであっても、蓮という人物への対応は変わらない。
変な事を言うのだなと
「それでこそだな。まあそういう訳で、俺は時間が取れないから綾香に聞いて選んでくれ」
「ああ、よろしくお願いしますって伝えてくれ」
「任せろ。……にしても、悠についに恋人が出来たか」
「違う。単に世話になってるだけだ」
にやにやとした視線に素っ気なく返す。
やはりというか、内容には踏み込めない分、悠斗を弄り倒す気のようだ。
「女っ気も無ければ友人以外には割とドライな悠がそう言うって事は、どう考えてもかなり親しいんだよなぁ」
「世話になってる人にはプレゼントを贈るだろ。しかも誕生日だぞ。誕生日に渡さないでいつ渡すんだよ」
「まず誕生日を知ってるって事が普通じゃないからな。しかも俺に相談する程って事は、軽々しく済ませられない人だろうが」
「まあ、簡単には出来ないな」
丈一郎から言われているというのはもちろんだが、悠斗個人としても純粋に祝いたい。
勉強に料理、家の掃除まで世話になっているのだから。
仏頂面で応えると、蓮の顔が生暖かい笑みになる。
「悠にもそういう人が出来たかぁ」
「その目を止めろ」
「まあまあ、良いじゃねえか。大切にしろよ?」
「もちろんだ」
料理だけでなく、他の家事もしてくれる人を雑に扱うなど出来はしない。
気恥ずかしさはあるが、迷いなく答えると蓮が嬉しそうに笑った。
「良かったな、悠」
「ありがとうございました。綾香さん」
「いえいえ、力になれたなら何よりですよ」
普段行くショッピングモールとは違う、学校に近い大型ショッピングで綾香と待ち合わせし、買い物を終えた。
悠斗の一つ年上であり、艶のある黒髪を腰まで伸ばした大人びた姿に、同じく落ち着いた言葉遣い。
そして容姿も整っているからか、これぞ清楚な美少女と言えるだろう。
(にしたって、美羽と同じで物怖じしなかったな……)
美羽と一緒にスーパーに出掛けた時とは違ってショッピングモールには人が多く、あちこちから悠斗達への視線が向けられ続けていた。
当然それらは容姿が釣り合っていない悠斗に対する訝しみや嫉妬の視線が多かったのだが、綾香は「周囲の視線なんて放っておけばいいんですよ」と一蹴したのだ。
そのまま数多くの視線を無視しつつ、アドバイスをもらってプレゼントを買えたのだから、綾香には感謝しかない。
「納得のいく物が買えたのは綾香さんのおかげです。無理言ってすみませんでした」
「無理を言ったのは私ですよ。それに、私のアドバイスなど些細なものです。最終的に決めたのは悠斗さんですから」
いくらアドバイスがもらえるとはいえ、頼りきりになってはいなかった。
綾香の助言が直接物を指示するのではなかったというのもある。
とはいえ、無数の選択肢を絞ってくれなければ決められなかっただろう。
「それでも、ありがとうございました」
「私の方こそ、蓮の話をしていただいてありがとうございました。男性同士のやりとりは貴重ですからね。蓮は恥ずかしがって言わないですし」
蓮から弄られるのは覚悟していたが、仕返しをしないとは言っていなかった。
また、綾香に「一緒に居る時の蓮を教えてください」と言われたので、悪くはあるものの決して悠斗だけのせいではない。
「それなら良かったです。アドバイスのお礼にもなりませんがね」
「いいえ、十分ですよ。それに、上手くいって欲しいですから」
「期待に応えられるように頑張りますね」
せめてもの誠意として笑顔を向けると、綾香が綺麗過ぎる笑みを浮かべた。
「はい。応援していますね」
美羽がプレゼントを気に入ってくれるかは未だに不安だが、かといって一緒に選んでくれた人の前で悩み続けるのも情けない。
それに、例え美羽への受けが良くなくても綾香を怒るつもりなどない。
万が一の事も覚悟しつつ、綾香と別れて自転車を
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