第30話 買い物
「はぁ……」
重い溜息をつきつつショッピングモールを散策する。
日曜日という事で人が多く、人混みが苦手な悠斗にとっては憂鬱でしかない。
「美羽がいない内にプレゼントを買っておかないといけないんだけど……」
美羽は珍しく学校の友人とお出掛けで、悠斗の家には来なかった。
とはいえ、夕方には晩飯を作りに来るらしい。
折角だから外で食べてくればいいと思ったのだが、メッセージアプリで伝えると『そこまで遅くならないから』と遠慮された。
悠斗の為に帰ってくるつもりであれば、そんな事をせずに楽しんで欲しい。
けれどメッセージだけでは内心を読み取れないので、結局は美羽の好きにさせた。
そして、ちょうどいいタイミングだと来週末の美羽の誕生日プレゼントを買いに、ショッピングモールをうろついている。
「お菓子か、物品か。あんまり高い物を渡すのは気が引けるし、軽い物がいいよな」
ああでもない、こうでもないと探し回ってはいるものの、悠斗の琴線に触れる物は見つからない。
安すぎれば美羽の誕生日を軽く扱っているようで、高すぎれば重い物になる。
女性にプレゼントを贈った事があれば良かったが、残念ながら悠斗にはそんな経験などない。
程々に安く、遠慮しがちな美羽が受け取れるような都合の良い物がないかと周囲を見渡しながら散策していると、見覚えのある二人組が視界に入った。
「……こんな所で出会わなくてもいいだろ」
人混みの中にいても周囲の目を引く容姿の直哉と茉莉が、仲睦まじく腕を組みながら歩いている。
どうやら部活は休みか午前中に終わったようで、デートをしているらしい。
互いに満面の笑顔を浮かべており、美男美女がお出掛けを楽しんでいるからか、周囲も自然と彼らに微笑みを送っていた。
「わぁ、すっごいお似合いのカップルだね」
「そうだねぇ。見てるだけで微笑ましいよ」
「あんなに仲良くされると、嫉妬すら湧かないな」
「美男美女カップルとか俺らじゃどうやっても無理だからな」
「はは、違いない!」
誰からも認められるカップルは、さぞかし目の保養になるのだろう。けれど、悠斗の胸に渦巻くのは
絶対に届かない距離にいる二人を冷めた目で見つめていると、遠目ではあったが直哉と目が合った。
「……っ」
直哉の気まずい苦笑に心がざわつき、茉莉に何か話しかけたタイミングを見計らって彼らに背を向けた。
悠斗がデートの邪魔をすれば、茉莉が怒るのは目に見えている。
それに、どうせこの人混みに紛れてしまえば、悠斗の存在などすぐに気にならなくなるだろう。
じくじくと痛む胸から意識を逸らしつつ、逃げるようにその場を後にした。
結局プレゼントを選ぶ気になれず、何の成果も得られないまま家に帰ってきた。
ベッドに寝転び、視界を腕で
「……情けない」
もう高校生になって半年以上過ぎているにも関わらず、あの二人を見ただけで未だに胸が痛む。
全く乗り越えられていないという事実を突きつけられた気がして、ぽつりと小さな呟きが口から零れた。
「何か、静かだな」
夜に一人になるのは当たり前だが、真昼間に一人になるのは随分久しぶりに感じる。
実際は先週の土日に美羽が来ていただけなのだが、あまりに充実していたせいで余計にそう感じてしまったのだろう。
何もする気が起きず、静寂の中に自分の呼吸音だけが響く。
「折角時間が出来たんだし、晩飯の買い物にでも行くか」
どうせ時間が空いたのだし、美羽の代わりに買い物をして時間を潰せばいいと閃いた。
先程まで外出していたので準備も済んでおり、善は急げとすぐに美羽にメッセージを送る。
『今日の晩飯の買い物をするから、何を買えばいいか教えてくれないか?』
悠斗が急いでも遊んでいる美羽が見なければ意味はないので、ベッドに寝転びながら返信を待つ。
晩飯など悠斗が食べたい物にすればいいとも思うのだが、とりあえずは美羽に聞いておかなければならない。
料理をしない悠斗があれこれと
返信が来るのに時間が掛かると思って焦らずに待っていると、想像以上に早くスマホの電子音が鳴った。
『急にどうしたの?』
『時間が余って暇なんだよ。折角だしやらせてくれ』
少々強引な言い方をしてしまったが、これくらい言わなければ美羽は納得しないだろう。
下手をすると「悠くんは何もしなくていいよ」とでも考えていそうだ。
悠斗の読みが当たったのか、既読がついてから返信に時間が掛かっているので、悩んでいる美羽の姿が想像出来る。
『本当に良いの? 無理してない?』
『大丈夫だって。遠慮すんな』
『分かった、じゃあ買って欲しいリストを送るね』
渋々と納得する美羽の姿を幻視しつつ、リストを受け取ってスーパーへと向かう。
悠斗一人で買うのが心配だったのか、リストの下には新鮮な野菜の選び方が追記してあった。
美羽の注意書きがなければ間違いなく雑に選んでいただろう。
悠斗の考え方を完全に把握された気がして嬉しいような、手取り足取り教えられた事が情けないような、複雑な気持ちになりつつ食材を選ぶのだった。
「お邪魔します」
夕方になると、約束通り美羽が家に来た。
悠斗が普段ランニングしている時間よりも早かったので、本当に遅く帰ってくるつもりは無かったようだ。
「外で遊んでる日にわざわざ作りに来なくても良かったんだぞ?」
「いいの。テストが終わった気晴らしに誘われただけだから」
帰ってきているので今更ではあるが、再び問いかけても美羽は微笑を浮かべるだけだ。
出掛けた内容からすれば、確かに遅くまで遊ぶようなものではない。しかし、普段遊ばない美羽が参加するのは意外に思える。
「そういうのには行くんだな」
「……まあ、付き合いって大事だからね。ただでさえ私は平日のノリが悪いから、こういう時には参加しないとあれこれ言われちゃうよ」
「女子って大変だな……」
美羽が呆れを混ぜた苦い笑みをしたので、出掛けるのを望んでいた訳ではなさそうだ。
男子であれば殆どの人がさっぱりとした付き合いをするからか、女子の水面下で行われる争いがあまりに大変に思えて肩を落とす。
今日のお出掛けに疲れたのか、美羽が悠斗の言葉に同意するかのように短く溜息を吐いた。
「男子って女子のようにドロドロしてないんでしょ? 彼氏持ちだから私達を捨てたーとか。直接言わずに誰々が好きだから手を出すなーとか。そういうの」
「いや、それはないな。というか遠回しに手を出すなって
男子にもそういう人はいるだろうが、少なくとも蓮や偶に話すクラスメイトからそんな話は聞いていない。
にこやかに見えて黒い女子の会話に顔が引き
「だよねぇ。本当に大変だよ……」
「お疲れ様だ。まだ晩飯の時間でもないし、ゆっくりしてくれ」
「うん、お言葉に甘えさせてもらうね」
美羽がソファに思いきり体を預けて力を抜く。
疲労しきった姿を見て、男で良かったと思った。
「にしても俺が買い物を代わって正解だったな」
こんな様子の美羽に買い物をさせるのはあまりに酷だ。
誕生日プレゼントは買えなかったが、少なくとも食材の買いだしについては良い選択だったと思う。
美羽を休ませる事が出来て良かったと笑むと、美羽が申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんねぇ。本当は私が行くべきなんだけど」
「役割を決めた訳じゃないから、そんな事を言うなって。というか、ランニングの帰りに俺が買ってきてもいいんだぞ?」
どうせ悠斗が運動がてら外に出るのだから、ランニングのクールダウンついでに買い物をするのも悪くない。
そうなれば美羽のゆっくり出来る時間が増えるのではと提案すれば、美羽が勢いよく首を振った。
「そこまでしてもらわなくてもいいよ! 私の方が先に帰り着くんだし、私がやる!」
「……まあ、無理しない程度にな」
妙な責任感を持つ美羽に、悠斗はひっそりと苦笑するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます