第28話 テスト結果

 テスト結果が発表された土曜日。半日授業を終えて、上位十名が張り出されている掲示板に蓮と来ている。

 当然ながら悠斗の成績は貼り出される程ではないので、あくまで付き添いだ。

 隣の友人の名前が一年生の覧にっているのを見て、羨望と賞賛が半分ずつの溜息を吐く。


「勉強も出来てスポーツも万能。おまけに顔も整ってるんだから、少しくらい俺に分けてくれ」

「そう言われてもなぁ。テストに関しては一緒に勉強するかって聞いたのに断るからだ」

「誰があんなお屋敷で勉強するか。緊張で勉強なんて出来ないっての」


 呆れ気味の表情の蓮に全く同じ顔を返す。

 入学当初は成績が心配だったので、頭の良い蓮に勉強を教わっていた。

 単に悠斗よりも学校に近いからと蓮の家にしただけなのだが、家が凄すぎてあまりの場違い感にガチガチだったなと思い出す。

 勉強そのものは非常に助かったものの、気疲れするので出来る事なら行きたくない。


「無駄に広い屋敷なだけだろうが。中身は普通の家と変わらねえって」

「その時点で普通じゃないんだよなぁ……」


 このご時世、これぞ日本屋敷と言える家に住む人などそうそういない。

 立場の違いを感じて顔を引きらせると、蓮がからりと笑った。


「慣れだ慣れ。期末考査も誘うからな」

「はぁ……。前向きに検討しておく」


 蓮に助けてもらえるのは有難いが、正直なところあまり必要とは思えない。

 おそらく次回も美羽と一緒に勉強するので、教わる人がいるからだ。

 忙しい蓮にわざわざ手間を掛けさせるのが嫌だというのもある。

 そもそも悠斗が蓮と一緒に勉強をすると、美羽は再び公園に行くか、自分の家に帰って勉強するだろう。

 もちろん鍵を渡しているので悠斗の家には入れるが、悠斗が他の場所で勉強しているのに、美羽が悠斗の家で一人勉強するというのもおかしな話だ。

 それならいっその事、美羽も一緒に勉強すればいい。


(その為には蓮に紹介しなきゃいけないんだけどな)


 蓮は中学時代の悠斗の事を周囲に言いふらしていないので、美羽に関しても言いふらさないとは思っている。

 けれど、美羽が行くかどうかは別の話だ。

 ただでさえ他人の迷惑になる事を美羽は嫌うのだから、行かない可能性も十分に考えられる。

 ここであれこれ考えても仕方ないとかぶりを振ると、蓮が不思議そうに悠斗を見た。


「一緒に勉強しなかったけど、悠斗の成績も良かったよなぁ。勉強嫌いの悠斗にしては珍しいじゃねえか」

「勉強嫌いって訳じゃない。単に必要以上の事をしたくないだけだ」


 悠斗の成績の不自然さを読み取られた事で動揺し、視線が泳ぎそうになる。

 そんな態度を取れば蓮に何かあったとバラしているようなものなので、必死に目を合わせつつ素っ気なく応えた。


「地頭は良いのにもったいねえなぁ」

「いいんだよ。俺はこれで満足してる」


 目標のない悠斗にとって、テストは死に物狂いで上を目指すものではない。それが例え蓮や美羽から褒められてもだ。

 悠斗の言葉にやれやれと呆れる蓮を横目で見つつ、再び順位表を確認する。そこに蓮以外の知っている名前はない。


(美羽は十位以内に入れなかったんだな)


 勤勉な美羽に結果が付いて来なかった事が証明されて。ほんのりと顔をしかめる。

 とはいえ、他の人だって努力しているのだ。

 美羽の頑張りをたたえこそするが、他の人をおとしめるつもりはない。

 もうここに用事はないので掲示板から背を向ける。

 人混みの中から脱出すると、悠斗とそう離れていない場所に小柄な人を見つけた。


「――」


 美羽が悠斗を目ざとく見つけたらしい。ばっちりと目が合った後、こちらに柔らかな笑みを向ける。

 その表情が「私の順位なんて気にしないで」と強がっているようで、優し過ぎる美羽に胸が傷んだ。

 しかし、流石に考え過ぎだろうと思い直す。

 すぐに美羽が顔を逸らしたものの、悠斗の周囲が美羽の微笑みを見た事でざわりと騒がしくなった。


「はー。相変わらず可愛かったな」

「こっちを見て笑ったって事は、誰か知り合いでもいるのか?」

「さあ? 話しかけた事なんてないからわかんね。というか、男にああいう態度はしないだろ。彼氏いるんだし」


 よくよく考えれば、先程の笑みはかなり危険だった気がする。

 言い逃れが出来ない程に目が合っておいて、相手が悠斗ではないとはとても思えない。

 今になって悠斗の心臓が緊張で締め付けられた。

 ただ、周囲は美羽が彼氏持ちだと思っているので、黙っていれば勝手に勘違いしてくれるだろう。

 なんてことをするんだと呆れながら掲示板を後にする。

 蓮が部活に行くので別れようとしたのだが、何かを思いついたようで「そうだ」と声を発した。


「来週の日曜日は空いてるか? ハロウィン当日は平日で無理だけど、そこでパーティーでもしようと思うんだが」

「……そう言えばハロウィンなんてあったな、忘れてた」


 ハロウィンなど悠斗には関係ないと思って、頭からすっかり抜け落ちていた。

 パーティーとやらに誘われたのは嬉しいのだが、悠斗が行っていいのか疑問を覚える。


「家族でやるなら絶対行かないからな」

「今時家族でハロウィンパーティーなんてしないだろ。単に俺と綾香と悠で何か食べたいなってだけだ」

「三人か……綾香さんは許可したのか?」


 親が関わらないのであれば、恋人と二人きりで楽しむチャンスだろう。

 下手をすると、悠斗がいるせいでギスギスした空気になる。

 念の為に尋ねれば、蓮がしっかりと頷いた。


「おう、むしろ歓迎するってさ」

「普通、そういう日はいちゃつくと思うんだがな。というか、来週の日曜日って……」


 綾香と話した回数は多くないが、そう言うのであればおそらく大丈夫だ。

 しかし、ふと気になって日付を確認すると、来週の日曜日は十一月四日だった。

 確認して良かったと胸を撫で下ろしつつも、断りを入れる。


「悪い、その日は予定が入ってる」

「それなら仕方ないが、俺と綾香を気遣ってるならそんな心配はいらないからな」

「本当に用事があるんだよ。悪いな」


 この様子だと蓮と綾香を気遣って断ろうとした場合、強制的に連れて行かれたかもしれない。

 いつもであれば流されただろう。だが、来週の日曜日だけは困るのだ。

 へらりと気安い笑みを浮かべる蓮に謝ると、蓮が少しだけ残念そうに首を振る。


「いいさ、気にすんな。直前に言った俺も悪いからな」

「直前って程でもないがな。まあ、来年は頑張って予定を開けるよ」


 流石に来年も予定が被りはしないだろう。そもそも美羽との関係が続いているかすら分からないのだから。

 随分先の事なので確約は出来ないのに、蓮が目を輝かせた。


「絶対だからな。もし破ったら悠の家に突撃するぞ?」

「そうならないようにする。という訳で、その日は彼女といちゃついてくれ」

「おう。ありがとな」


 断ったのは美羽の誕生日だからなのだが、折角なので会う時間の少ない蓮と綾香には楽しんで欲しい。

 少しだけ断った罪悪感に苛まれて茶化すように言うと、なぜか蓮にお礼を言われたのだった。





「悠くん、結果はどうだったの?」


 悠斗の家で昼飯を摂っている最中、美羽が順位を尋ねてきた。

 勉強を教えてもらっておいて順位が下がったのなら美羽に合わせる顔がないが、今回は自信を持って報告出来る。

 とはいえ、平均点をうろつく悠斗にとってはだが。


「点数も順位も上がったぞ。まあ、各教科十点ほどだけどな」


 悠斗のたかが十点など美羽にとってはどうでも良い事だろう。強いて言うなら、下がった場合に既に買っているはずのお菓子の材料が無駄になるくらいだ。

 なので苦笑しながら告げたのだが、美羽の表情が歓喜に染まった。


「頑張ったかいがあったねぇ」

「いいや、美羽のおかげだ。俺一人だったら絶対に無理だったからな」

「ふふ、悠くんは一人だとあんまり勉強しないみたいだしね。それなら今度の期末試験も一緒に勉強する?」

「ぜひお願いしようかな。でも、連日勉強漬けは止めてくれよ?」


 美羽に勉強を見てもらえるのは嬉しいが、テスト前だからとずっと勉強し続けるのは辛すぎる。

 生意気なお願いに、美羽は呆れと微笑ましさを混ぜ込んだ笑みを浮かべた。


「分かってるよ。勉強嫌いの悠くんに強制はしないから」

「勉強嫌いって訳じゃないんだがな……」


 どうも悠斗は知り合いから勉強嫌いと思われているらしい。

 とはいえ進んでやりたくないのは確かなので、勉強嫌いと言われても否定は出来ないと苦笑する。


「でも、悠くんは何だかんだで付き合ってくれる気がする」

「そんな訳あるか。俺はそこまで真面目じゃない」


 信頼を向けてくれるのは嬉しいが、残念ながら悠斗は勤勉ではない。

 穏やかな笑みを湛えている美羽に素っ気なく返すと、笑顔のまま美羽が首を振った。


「今回だって乗り気じゃないのに一緒に勉強してくれたから、次もそうなると思うよ」

「今回はお菓子欲しさに勉強しただけだ」

「なら次もお菓子を用意しようか?」

「……俺、物で釣られてないか?」


 悠斗の屁理屈が悪いのだが、お菓子を用意すれば勉強をすると思われるのは複雑なものがある。

 そんなに子供ではないとじっとりとした視線を送ると、美羽からくすりと小さな笑みが零れた。


「実際今回は釣られてたでしょ?」

「そうだけど。なら次回はもっと作るのが難しい物でもお願いしようかな」

「ほら、勉強する前提になってる」

「……ほっとけ」


 正直なところ、美羽と勉強するのは悪くなかったのだ。

 気楽かつ静かな雰囲気で、尋ねると教えてくれる。毎日は辛いが、今回のような勉強会ならむしろ嬉しい。

 完全に見透かされている事がむず痒くなり、そっぽを向くと喉を鳴らして笑われた。

 

「そう言えば、美羽の順位はどうだったんだ?」

「私は前と殆ど変わらないよ。十五位だった」


 何も特別な事はないとばかりに平静な表情で言うが、美羽の順位は悠斗とは違い、賞賛されるべきものだ。

 

「その順位を維持できるだけでも凄いと思うけどな。やっぱり何かご褒美が要るか?」

「別にいいよ。欲しい物も特にないし」

「……そっか」


 何かご褒美をあげたいというのもあるが、後少しで美羽の誕生日なので、それとなく欲しい物を聞いておきたかった。

 しかし、先日と同じく失敗のようだ。

 これ以上尋ねると怪まれる可能性があるし、要らないと言っている以上、悠斗が何をしても押し付けにしかならない。

 黙々と食事しつつ、どうしたものかと頭を悩ませるのだった。

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