第7話 秘密の関係

「さて芦原くん、何か言う事はないかな?」


 ランニング終わりに公園に向かい、ベンチに座ると美羽が水筒を渡してきた。

 行為そのものは普段通りだが、尋ねてきた美羽の笑顔に妙な迫力を感じる。

 だが悠斗は悪い事をしていた訳ではないので、正面から向き合った。


「特にない」

「へぇ……。どうして同じ高校なのを言ってくれなかったのかな? お昼の態度からすると、私の事を前から知ってたよね?」

「言う必要がなかったから言わなかっただけだ。東雲の事は入学してすぐに知ったけどな」


 もはや隠す理由もなくなったので正直に告げると、美羽が不満そうに唇を尖らせる。


「だったら最初に言ってくれたらよかったのに」

「同じ高校の同級生だって知ったところでどうするんだよ。これまで全く接点が無かった俺達が急に話し始めたら、どうなるかなんて分かるだろ?」

「多分、みんな邪推じゃすいするよねぇ」


 事情を聞こうと大勢の人が群がる光景が浮かんだのか、美羽の顔が曇った。

 彼氏がいると疑われている美羽と急に距離が近づけば、話のネタにされるのは確実だ。


「だろう? こうして話してるだけなのに、彼氏だなんだと言われるのはごめんだ。それともわざわざ説明するか?」

「……疑われるネタを提供したくないし、やめとく」

「その方が良いと思うぞ」


 ただ公園で時間潰しの相手をしているだけとはいえ、二人きりになっているのだから、説明したところで更に疑われるだけだろう。

 そもそも美羽に何らかの事情があるから公園に来ているのであって、簡単に話せるものではないはずだ。

 余計な火種は増やすべきではないと美羽の考えに同意すると、美羽が顔をうつむける。


「他人の恋人事情なんて放っておけばいいのにね」


 呆れと諦観ていかんが混ざった声からすると、恋人がいるのかと探られるのは嫌らしい。

 とはいえ、悠斗も美羽が恋人を作らないのには疑問を抱く。


「いっそ彼氏を作ればいいんじゃないか? 東雲なら告白される事なんて沢山あったと思うんだが」


 恋人を作れば噂は本当になって探られる事は無くなるし、わざわざ公園で時間を潰さなくても良くなるはずだ。

 文化祭でもそうだったが、人目を引く容姿である美羽ならば大勢の人から告白されただろうと尋ねれば、美羽が疲れたような苦笑を浮かべた。


「告白は、いっぱいされたよ」

「その中に良い人はいなかったのか?」

「……誰もいなかった。でも、誰かと付き合うべきだったのかなぁ?」


 途方に暮れたような声色と自らを傷つけるような笑みに、踏み込み過ぎたのだと後悔した。

 怒られはしなかったが、そんな笑みで自虐される方が辛い。

 何とかしなければと口を開く。


「そんなの人それぞれだろ。彼氏がいないと生きていけない訳でもないし、手当たり次第に付き合ったところで上手くいかないと思うぞ。気に病む事じゃないって」


 とりあえず付き合ってから考える人もいると思うが、悠斗の考えは違う。

 そもそも恋人が出来た事も告白された事も無いので、理想論ではあるのだが。

 だが美羽が曇った表情をしているので、適当に付き合う事を望んでいないのは明らかだ。


「……そうだね」


 悠斗の励ましである程度立ち直ったらしく、美羽の顔に元気が戻ってくる。

 お礼を言う表情が先程よりも喜色に染まっているので、もう大丈夫なはずだ。


「そういう訳で、話す必要がないと思って言わなかったんだ」

「うん、納得出来た。気遣ってくれてありがとね」

「お礼を言われる事じゃない。単に他の人から冷たい目で見られたり文句を言われたくなかっただけだ」


 パッとしない悠斗と見目麗しい美羽が知り合っているとなれば、確実に嫉妬やひがみの目が向けられる。下手をすれば悪口を言われるだろう。

 だが美羽はいまいち理解していないようで、きょとんと首をかしげる。


「冷たい目? なんで芦原くんがそんな目にうの?」

「俺と東雲の見た目が違い過ぎるからな。『なんであんな見た目のやつが東雲と親しくなってるんだよ』ってややこしい事になるだろ」


 自分で言うのも情けないと思いつつきっちり説明するが、それでも美羽の顔には疑問が浮かんでいる。


「見た目が違い過ぎるって言うけど、そんな卑屈にならなくても良いと思うよ?」

「そう言ってくれるのは嬉しいがな、目元を隠してる地味な男子にお世辞なんていいぞ」

「あ、あぁ、そっか! 学校では髪を下ろしてたね、忘れてた」

「気持ちは分かるが、忘れてたって……」


 美羽と会う時は外で運動する為に髪を上げているからか、やはり美羽の中では今の悠斗が当たり前になっているようだ。

 だからこそ今日の昼に会った時にはすぐ気づかなかったのだろうが、忘れているとは思わなかった。

 悠斗としてはあっちの方が普段の姿なので、こっちを当たり前にして欲しくない。

 とはいえ強くは言えず、小さく溜息を落とすと呆れた風な目を向けられた。


「だって普段は髪を下ろしてるなんて思わないでしょ? 最初はどこかで見た人だな、くらいにしか思わなかったんだから」

「ちなみにいつ気が付いたんだ?」

「芦原くんがお友達に声を掛けられて、それに返事した時かな。聞いた事ある声をしてて、『悠』って呼ばれる人は芦原くん以外にいないから」

「ま、そうなるよな」


 どうやらあの時に聞いた呟きは勘違いではなかったらしい。

 そして、気付きを確信とするために悠斗の近くに座ったのだろう。

 あの時点で手遅れだったのかと肩をすくめると、美羽が不思議そうに見つめてくる。


「にしても、何で今はそんな恰好してるの?」

「運動する時は前髪が邪魔なんだよ」

「なら普段からそうすればいいのに」

「普段はまあ、あのままでも生活に問題はないからな。癖みたいなもんだ」

「……ふうん」


 はしばみ色の瞳が、内心を見透かすように悠斗の姿を映す。

 それがなぜだか居心地が悪く感じ、気まずさを吹き飛ばすように無理矢理笑顔を浮かべる。


「それに、今から髪型を変えたりしたら色気づいたって悪目立ちするだろ」

「だからそのままでいるんだ?」

「ああ。外見を変えたところで何が変わる訳でもない。地味な見た目の男はそれ相応の立場にいるさ」

「……」

「という訳で目立ちたくないから、それも含めて学校では俺達が知り合いな事を黙っていてくれないか?」

「……分かった。芦原くんに迷惑は掛けられないしね」


 美羽は何かを言おうとしたらしく、口をもごもごさせていた。

 けれど、その後小さな口から紡がれた言葉は悠斗に踏み込まず、悠斗の意見に賛同するものだった。

 あまりしんみりさせるつもりなどなかったのだが、話が続かず美羽が顔を俯ける。

 どうしたものかと考えていると「でも」と強い意志が込められているような声が聞こえてきた。


「芦原くんは地味な見た目じゃないし、私は見た目で一緒にいる人を選ばない。私の方がややこしい事になってるから周囲には話さないけど、そんな周りの言葉なんて無視すればいいんだよ」

「……ありがとな」


 片や学校で可愛い人と言ったらまず間違いなく名前が挙がる女子。片や毎日窓際でひっそりと過ごしている男子生徒。

 立場があまりに違い過ぎて、一緒にいる事などそう簡単に出来はしない。例え美羽にそれでも構わないと言われてもだ。

 けれど気持ちは有難いので短く感謝を伝えると、美羽がふわりと柔らかな笑顔を浮かべた。


「というか芦原くんは顔が整ってると思うよ。目元が見えたらなお良しかな」

「……お世辞はやめてくれ」


 見た目を褒められた事などほとんどない。

 高校に入る頃には前髪が目元をおおっており、それ以前であっても蓮ともう一人に周囲の視線が集中していたのだから。

 まっすぐな褒め言葉をどう扱っていいか分からず、押し寄せてくる羞恥を逃がすようにそっぽを向けば、からかうような弾んだ声が聞こえてくる。


「あ、もしかして照れてる?」

「違う。嘘を言うな」

「芦原くんが照れた! 大人っぽい姿ばっかりだったから意外!」


 瞳を細め、美羽がくすくすと軽やかに笑う。

 この場にいると更に弄られそうだったので、美羽に水筒を渡して立ち上がった。


「……帰る」

「え……?」


 やりすぎたと思ったのか、美羽がほんのりと顔を曇らせる。

 こんな事で謝られる必要などないと示す為に、赤くなっている頬を自覚しつつ視線を合わせた。


「恥ずかしいだけだ、またな。……それと、励ましてくれてありがとう」

「……っ。うん、またね」


 美羽の表情が明るくなったので、不安は取り除けたようだ。

 明日も変わらない態度を取ってくれるだろうと、軽くなった足取りで公園からコンビニへ向かうのだった。

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