14

 一度皇に戻ったとは言え用事が終わったわけではなかったので、弦月から情報を受け取るなりまたフランシカにとんぼ返りとなった。今回は桂十郎は同行していない。

 現場仕事よりも書類仕事の方が圧倒的に多い桂十郎は、執務室を離れると途端に未処理の書類が山積みになる。こういう状況では流石にずっと一緒に居るというわけにはいかない。

 前回と同じくセティエスに出迎えられたセレンは、彼の様子がおかしいことに気付いた。


「〔どうしたの?〕」

「〔先日、皇へお戻りの前に、もし来たら通すようにとセレン様が言って行かれた方が居ますよね〕」

「〔ええ〕」


 これは、弦月のことだ。簡単な特徴と名前を伝えて、顔パスで良いからとセティエスとアイシアに話していた。恐らくルヴァイドについて調べる時に来るだろうからと。

 そうでなくてもセレンの能力ちからの結晶を渡しているのだ。書室への入室を認めておいて、屋敷に入れないのでは問題外だろう。

 彼がどうかしたのか。


「〔あの方は、一体何者なのですか?〕」

「〔何者? どういうこと?〕」


 言っていることが要領を得ない。何が言いたいのか。

 顔をしかめて聞き返すと、セティエスは少し考えた後、見た方が早いと言ってセレンを促した。

 追っていくと、すぐにセレンもその異変に気付いた。


「えっ……!?」


 先日、この屋敷を出る時には無かった建物。そこにあったのは、燃え尽きた灰だけだった筈だ。


「アルバム館?」


 ほとんど記憶になかったその建物は、だが目に映すと思い出す。あの頃のままだ。

 鍵を取り出したセティエスが入り口を開け、中へ入る。建物の中、壁を覆う本棚は、そのまま上階にも同じように広がっている。

 まだ何も入っていない空の本棚の間を抜け、ちょうどいい所で立ち止まっては並ぶアルバムを開いた。中の写真も戻っている。

 そして気付いた。思っていたよりも、セレンを写したものが多い。自分の写る写真の中には母か叔父のどちらかが必ず居ないから、どちらかが撮っていたのだろう。

 焼失した筈の写真が、全て元通りに戻っている。


「〔ここだけではないんです〕」


 そう言われて、またセティエスを追う。本館の中、上階の、鍵が壊れて閉まらなかった筈の部屋。その部屋の前で、セティエスは鍵を取り出した。

 開けるとそこは、焦げた空っぽの部屋ではなかった。部屋の主が居た頃と同じ、生活感のある部屋。カーテンは勿論かかっていて、ベッドも棚もある。部屋の片隅の机には、ペンや本が置かれていた。

 かつては何度も見た、セレンの記憶にあるままの、ルヴァイドの部屋だ。

 これなら、もしかして。

 足早に移動して、書室へと向かう。セティエスを部屋前の廊下に残して中に入り、手記の最後の一冊を手に取った。


『ルヴァイド・フレスティアは悪魔に人格を奪われ、一族を裏切った。』


 塗り潰されていた筈の文字が、見られるようになっている。


「どういうこと……?」


 まさか、彼も「魔法使い」なのだろうか。それにしては随分大規模かつ繊細なことが出来ているように思う。

 かなりの腕の持ち主か、はたまた魔法とはまた別の、フレスティアのような特殊な能力ちからの持ち主なのか。

 手記を閉じ、書室を出る。


「〔セレン様〕」


 待っていたセティエスは、不安げな表情をしていた。


「〔あの方を、この先もお通しして良いのでしょうか?〕」

「〔……どうして?〕」


 彼は何者なのか。そこに疑問を感じるのは頷ける。

 だがこの先の立ち入りを制限しなければいけないようには、セレンには思えなかった。


「〔現状、こちらには何の害も無いわ。むしろ利になることばかりよ。異能を持っているからという理由でそう言っているなら、私だって立ち入りを制限されることになるわ〕」

「〔! そ、そんなつもりは……! すみません、出過ぎた発言でした〕」

「〔確かに、何者なのかっていうのは気になるところね。でも多分……これは、深入りしない方が良いことよ〕」


 どうせ聞いたところではぐらかされるのだろうし、無駄だろうと想像がつく。

 だったら分からないことをいつまでも考え続けるよりも、成すべき事を成すことを最優先とすべきだ。


「〔彼が来た時は、これから先も私を通さず入れて良いわ〕」

「〔かしこまりました〕」


 弦月に対し屋敷への立ち入りを認めたのも、書室への「鍵」を渡したのもセレンだ。その責任は自分にあると分かって、その重さも恐怖さえ覚える程に感じて、

 その上で、変わらない対応を決定した。

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