15

 無作法な者とは、何処にでも居るものだ。そもそも貴族社会において、予定の無い訪問は非常識と言われる。

 それは、フランシカで数か月過ごした頃だった。


「〔この、使用人風情が!〕」

「〔ちょっとお客さん、そりゃ無いでしょ〕」


 大男が、出迎えたセティエスの腕を掴む、その腕をセディアが掴んだ。仮にも元傭兵だけあって、反応は良い方だろう。

 だがセディアは自身と相手の力量差をはっきり認識出来ないところがある。あまり危険な相手とは対峙して欲しくないところだ。

 屋敷から出て門前の彼らの様子を見るなり、セレンは深くため息をついた。


「〔その人は使用人ではないわよ〕」

「〔セ、セレン様!〕」


 目を上げる大男と、振り返るセティエスとセディア。まっすぐセレンは大男に視線を刺す。


「〔非常識な訪問に次いで随分と礼を欠いた行動を取るのね。命が惜しくないのかしら〕」

「〔これはこれはセレン様。軽々しくそう物騒なことを言うものではありませんよ、マドモワゼル〕」

「〔さぁ、言わせたのは一体誰かしらね。ラザール・オーリク〕」


 腕を組んで凄む。客に対するにしては随分と尊大な態度だが、それが許される立場がある。フレスティア家当主がまさにそれで、セレンは今その立場にあるのだ。

 かと言ってセレンも礼をわきまえた客にまでこんな態度を取りはしない。あくまで相手が礼を欠いた行動を取ったからだ。

 訪問予告の連絡も無しに突然来ただけにとどまらず、屋敷の管理人に無体を働いたのだから弁明のしようもない。以前のフィリップ少年とは違い、男・オーリクは既に大人な上に少なからず貴族社会を知っている筈なのだ。

 何故ならオーリクは、十一年前はフレスティアの護衛騎士の一人だったのだから。使用人は皆殺されたが、護衛騎士はその限りではなかった。その生き残りの一人だ。


「〔おや、私のことを覚えていてくださったのですか。これは光栄ですね〕」


 にこりとオーリクは笑ったが、その前に一瞬眉をしかめたのをセレンは見逃さなかった。


「〔それで? 予告もない訪問で、わざわざ何をしに来たの?〕」

「〔自身の職場に来るだけだというのに予告が必要でしたか?〕」

「〔職場? 十一年前の事件以降、貴方は既に他の『職場』を見付けている筈よ? そもそも貴方と契約を交わしたのは母でしょう? 母が亡くなった時点で契約は切れている筈よ〕」


 今更何を言っているのか。この男はどこまで人を呆れさせるつもりなのだろう。の調べもついていないとでも思っているのか。

 十一年前の事件でセレンの母・シンディが亡くなったのを、彼は密かに喜んだ筈だ。彼はかつて、力に溺れやりたい放題だったことがあるという。自由の意味を履き違え、自分の為だけに力を振るう、弱い者を力で抑え付ける。

 きっと力さえあれば何でも出来るとでも思っていたのだろう。それをシンディが見付け、更なる力で抑え付け、オーリクは大人しくなっていた。

 表向きは。

 シンディ亡き後、いの一番にオーリクは屋敷を飛び出したらしい。そして新たな仕事を見付けた。

 反社会組織の活動を護衛すること。どう考えても、シンディが考え、彼に教えてきたであろうこととは正反対の結果だ。


「〔私は、味方になる者には、私に出来る最大限の保証と待遇をするわ。だけど敵となる者、害となる者は徹底的に排除する〕」


 そういう風に教えられてきた。前者は母に、後者は聖に。


「〔貴方は決して私を『主』とは認めないでしょう? その時点で貴方は私にとって、圧倒的に後者よ〕」

「〔では私を『排除する』と?〕」

「〔今はそこまでの理由は無いわね。だから、早々に出て行きなさい。まだ雇用関係にあると言い張るのならはっきり言うわ。ラザール・オーリク、貴方はクビよ〕」


 忠誠心も畏怖も無い犬など、いつ噛み付かれるか分かったものではない。傍に置いておくにはリスクが高過ぎる。

 だがオーリクはそれが気に入らなかったらしい。途端に表情を変えた。


「〔社会を知らない小娘風情が……!〕」

「〔そうね。私が知ってるのは戦場だけよ〕」


 思わず身が竦みそうになるが、「アイス」の経験値で何とか平静を保つ。ここで怯んではいけない。

 力の差を見るに、セレンよりオーリクの方が強い。普通に戦えば勝ち目は無いだろう。また自分より強い者に遭遇した。それも味方とは決して言えない者に。

 きっとオーリクが手を出そうとしないのは、セレンの持つ能力ちからがあるからだろう。純粋な実力だけでなく能力ちからのことを考えれば、普通に戦っても通常とは結果が変わってくる。

 この能力ちからには敵わないと思っているのかも知れない。だから攻撃しようとはしない。だったらセレンはどうするべきか。

「この能力ちからがある限り、自分は貴方より強い」と、揺るぎない自信を持っているように見せかけることだ。絶対に負けることは無い、と。


「〔出て行きなさい。二度とこの屋敷に近寄らないで。これ以上は排除対象と見なすわ〕」


 目の奥に怒りを滲ませ、ガシャン、と門を殴りつけて、オーリクは去って行った。

 睨むように見送ったその背が見えなくなってから、セレンは大きく息を吐き出す。実力を見誤ってくれて、何事も無くて良かった。


「〔セティ、セディ、無事?〕」

「〔あ、はい。おかげさまで〕」

「〔俺も何ともない〕」

「〔そう、良かった〕」


 ほっと、また息をつく。

 セレンより強い。つまりそれは、セディアでは相手にならないレベルだということだ。下手にセディアがオーリクに喧嘩を売るのを止められたのも良かったところだろう。

 こういう面倒事はご勘弁願いたいところだ。

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