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 依頼した情報は、分厚い紙の束となって戻って来た。それを読んで、途中で顔を上げる。


「つまり、操られていたわけでも、全くの別人だったわけでもないってことね。だけどあたしの知ってるルー叔父様とは別人でもある」

「提示した通りで御座います」


 提示されている通り。ならば、そういうことだ。


──ルヴァイド・フレスティアの中には、別の「人格」が存在していた。


 本来のルヴァイドは、セレンが良く知るその人物。吾郎が「虫も殺さない」と称した人。

 事件を起こしたのは、もう一つの人格。自らを「デーモン悪魔」と名乗る者。今は元のルヴァイドを押し込んでそちらが主人格となっている、ということらしい。


「分かった。ありがとう」


 続きは帰ってから読もう。紙の束を封筒の中に仕舞い込んで、セレンは立ち上がった。

 これが悠仁の店の裏なら、全て読み終えてから出る。痕跡を残さないように、勝手口の脇にある焼却炉に放り込んで。

 だけど今は違うから。読み物に集中出来る空間ではない。かと言って悠仁の所に寄ってというのも、内容を考えるなら止めた方が良いだろう。

 普段歩かない道を進み、やがて慣れた道に差し掛かる。馴染みのある花屋を見付けたら、その隣が十年育ってきた家だ。

 先に花屋の方に顔を出す。まだこの時間ならこっちに居る筈だ。


「聖」

「久しぶりだな。どうした?」

「話したいことがあるの」


 それだけ言えば、聖は何かを察したようだった。ひとつ頷いて、一旦店を閉める。

 家の方に入って、食卓の「いつもの席」につく。出された紅茶をまず一口セレンは飲んだ。飲みなれた、好きな味だ。

 同じように一口茶を飲み、湯呑みを置いて聖がセレンに向き直る。


「ルドのことか」

「……友達、だったんだね」

「ああ」


 じっと聖を見る。考えるように、思い出すように、彼は視線を動かした。

 大学生当時、聖はフランシカに留学したことがある。そこで出逢ったのがルヴァイドだったと言った。友人として親しくなった。フレスティアの名も、その一族のことも、後になってから知ったという。

 懐から聖は小さなアルバムを出し、あるページを開く。そこには左半分がほとんど焼けて無くなってしまった写真。右半分には、セレンが見たことの無いほど明るい笑顔の聖。


「ここに、ルドが写っていた」

「……うん、ルー叔父様だね」


 よく見れば分かる。僅かに見える片目と髪は確かにフレスティアの者と同じ色で、その目元の優しさは彼のそれだ。

 初めに聖がルヴァイドの別人格を確認したのは、およそ十五年前。セレンが生まれて間もなくの頃だったという。

 その後、聖はルヴァイドからフレスティアの能力ちからについて聞いた。もしもの時は自分を殺してくれと、彼に言われて。


「だから知ってたんだ」

「ああ。詳細までは知らないが、ざっくりとだけな。だから、能力ちからを解放したフレスティアの殺し方も知っている」


 十一年前の事件の少し前にも、聖とルヴァイドは会った。人格が呑まれそうだから、助けて欲しい、と。

 何よりルヴァイドが案じたのは、セレンの身だったという。孤独な幼い次期当主を守って欲しい。そして、彼女を守る為にも、「悪魔」に呑まれた自分を殺して欲しいと。

 それがルヴァイドを助けることになる。分かっていたけれど。


「事件の後、ルドは一度俺の所へ来た。正確には悪魔の方が、俺を殺しに。写真はその時に焼かれた」


 知らなかった。事件の後ということは、セレンは既に聖に拾われている。一緒に居た筈なのに。


「俺は、殺せなかった。ルドの人格がまだ生きてるのに気付いて、躊躇ってしまった。その隙に逃げられて、後には会ってない」

「……そっか」


 ふ、とセレンは視線を落として息をつく。何も知らなかった、それが悔しい。

 何も知らされず、知らないままで、ただ彼の裏切りだと思い込んで復讐に燃えていた。なんて愚かなのだろう。

 聖がまた湯呑みを持ち上げ、茶を飲んだ。これで話は終わったようだ。それに倣ってセレンも紅茶を飲む。

 それからおもむろに先の封筒を取り出した。


「そういえばセレン、『孤高の月』に依頼したんだな。情報料は払えたのか」

「何とかね。危ない橋は渡ってるけど」


 封筒から、紙の束を出す。顔を上げると、聖がじっとセレンを見ていた。

 十年の付き合いがあるからこそ分かる。表情のほとんど変わらない聖は、これでかなり心配してくれているのだろう。


「あたしはこれを、それだけの価値がある情報だと思ってるから」

「……そうか」


 笑みを向ければ、とりあえず納得はしたようだった。


「途中までしか読んでないの。ここで読んで行くね」


 言ってセレンは紙に目を落とす。安心して集中出来る場所が良い。かと言って悠仁の所では読めない内容だ。だからこの家を選んだ。

 読み始めると、聖が席を立った。店の方にでも戻るのだろう。彼への用事は済んだから特に問題は無い。

 欲した情報は、出生から現在までの、可能な限りの詳細。どこでそんなことを知ったのかと思う程本当に細かく綴られている。

 十一年前の事件当時の時点で、ルヴァイドは未婚だったが齢六十を超えていた。フレスティアの者にはよくあることだ。それでも今尚若々しい姿を保っている筈でもある。

 初めに「悪魔」の人格が本人以外に確認されたのは、十五年前、聖が見付けたその時だったらしい。その後は時々現れているようだ。そして十一年前の事件の頃に、主人格を押し退けて「悪魔」が優位に立った。

 そしてフレスティアの関係者のうち、彼に狙われて生きているのは二人。一人は金井聖、圧倒的な力量差で「悪魔」が逃げた。一人は渕崎吾郎、「悪魔」から逃げ続けた結果、大総統府へ入り追いきれなくなった。

 同時期に起きたフランシカ王家の事件もこの「悪魔」が黒幕だったらしい。やはり終わってはいなかった。裏があったのだ。

 書室の最後の記録や、ルヴァイドと関わりの無かったフレスティア関係者の生存など、あらゆることが中途半端になっていたのは、まだ彼の主人格が残っていたからだろう。時々現れていたとされている。

 だがそれもまた、ここ数年はなりを潜めているということだ。完全に「悪魔」に呑まれた可能性もある。

 その後も「悪魔」は定期的に各国の貴族を中心に殺しを続けている。

 読み終えた紙の束を封筒に戻したセレンは、それをテーブルの上に置いた。


「……うん、決めた」

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