第三幕
01
「ありがとうございました〜」
急に優秀な店員が居なくなって、雑用も全て自分一人でしなければならなくなった。これまで海斗が居てくれた有難みを改めて感じる。
雑貨屋としてだけでも相当なのに、情報屋としても仕事は減ることなど無く、毎日がこの上ないほど忙しい。
正直、セレンが大総統府に入るからには情報屋の仕事は減るだろうと思っていたのだが。意外にも彼女は今も変わらず、情報屋として『夢幻桜』を頼る。それはそれで有難い話ではあるが、今はもう身近により優秀な情報屋が居る筈じゃないのかとも思った。
カラン、とドアベルが鳴る。平日の夕方、相変わらず店は学校帰りの学生達で盛況だ。
「いらっしゃいませー」
「ほんとだ、いなーい」
「ねぇ、いつものクールな店員さん、辞めちゃったのー?」
ここ数日のお客さんの話題は、大抵これだ。海斗の姿が無いことに皆気付いている。表情は変わらないがイケメンで親切だと人気があったのは確かだろう。海斗目当ての客も少なからず居たはずだ。
「彼は資金繰りの為にココに来てただけだからなー。夢が叶って、今はそっちで頑張ってると思うよ」
「じゃあ、あの女の子は? ほら、いつもあの辺に座ってた」
「あの子はもう見なくなって長いよねー」
今度はセレンのことだ。奥の休憩スペースを指して言う。
うん、と悠仁もそこに目を向けた。
「頑張ってるよ」
時折、外出の際に桂十郎の側に控えているのをテレビで見かけるようになった。画面の端にチラッと映る程度でもよく分かる。
可愛いあの子が、悲しんでいなければそれで良い。顔をまっすぐ上げて桂十郎の側に居るなら、それで良いと思えた。
そっかー、と女学生が呟く。
「お兄さん、寂しいね」
「……そうだね。でも二人とも、良い方に変わったわけだからさ。嬉しいよ」
「ひゃー、お兄さんイケメンじゃーん!」
何一つ、嘘は無い。寂しくもあり、嬉しくもある。身近に居た子供たちが二人、巣立ったというだけのことだ。
とりあえず後は、機を見て以前セレンに頼まれていたことを仕上げるだけ。それが終わったらどうしようか。しばらく狭い世界に居たような気もするから、人との繋がりを広げてみてもいいかも知れない。
そんなことを考えながら接客を続け、閉店時間になった。表の看板を「CLOSE」にしようとドアを開け、そこにあった笑顔に動きを止めた。
「あの……今日はもう閉店なんですけど」
「ええ、存じ上げております」
デジャヴか。
覚えのあるやり取りに思わず苦笑する。それから「どうぞ」と『彼』を中へ促した。看板を変えて店を閉め、先に奥の休憩スペースに座っていた『彼』の正面に座る。
相変わらず、『彼』は白い。服も、髪も。そしてその存在すら無いかのように白い。
恐ろしい相手だが、敵では無いと分かっている以上は必要以上に恐れる意味は無い。逆に味方になるとするなら、これほど心強い者は居ないだろう。何せアーカイブでもトップクラスの者だ。
「今日はどんなご用件で?『おんじ』」
「本日は、勧誘をしに参りました」
「勧誘?」
「アーカイブの幹部になる御積もりは御座いませんか?」
「……は?」
相変わらず『氷の刃』にも劣らない完璧な笑顔。それでこんな爆弾発言をポンポン落とすものだから、こちらは心臓がもたない。
何だって? アーカイブの幹部? 誰が?
呆然としていると、おや? と小首を傾げられた。
「何か問題が御座いましたか?」
「か、幹部? 俺が?」
「はい」
今度は輝かんばかりの笑み。前回もだが、非常に調子を崩される。やりにくいことこの上ないとはこのことだ。
「でも俺、ぶっちゃけそんなすごい情報網持ってるつもりは無いですよ? 特にこの数年は姫さんの情報操作と、姫さんからの依頼にほぼ全振りしてたし」
「その結果、『羊』の正体に迄辿り着いたのですから、充分な腕前かと存じますが」
「あれはタイミングが良かったというか悪かったというか、たまたま……」
「運も実力の内で御座います。それに、『氷の刃』への情報も早く正確かつ詳細。幹部入りするには申し分無いかと」
「マジか……」
想定外に、これは、随分と褒められているのではないだろうか。こんな大物に評価されるとは、意外と自分も捨てたものでは無いのかも知れない。
幹部。名前を聞くばかりだった大物達に並んで自分の名前が入るということか。責任の重いことだ。
一人の情報を完璧に操作するというのもなかなかハードな業ではあったし、その一人の為に求められた情報を短時間で完璧にして提供するというのも大変ではあった。だが幹部ともなれば、一つや二つの情報に一日もかけていては出遅れてしまうだろう。
次のステップへ登る時、ということか。
「分かりました。そう言っていただけるなら」
「助かります。実は前回お会いした後、何故交換条件に幹部入りを出さなかったのかと怒られて仕舞いまして」
のほほんと笑っているが、彼はまた一つ爆弾を落とした自覚はあるのだろうか。
怒られた? 一体誰が『孤高の月』を相手に説教など出来るというのだ。何とも末恐ろしいことをする者が居るらしい。
うーん、と考える。ただ幹部に名前を置き、突然責任を重くされただけでは割に合わない。ただでさえ表の顔だけで忙しいのに、幹部にもなれば仕事は増えるだろう。
「ただしその幹部入り、一つだけ、条件があります」
「何でしょう」
ダメ元で言ってみれば、変わらぬ穏やかな表情で問い返される。交換条件を出すことは想像が付いていたようだ。
ならばその内容も、彼なら容易に想定し、既に準備までしているとも考えられる。遠慮する必要は無いだろう。
「店に新しい店員が欲しいです。出来れば優秀なのが」
「……はい?」
おや。
相変わらずキレイな笑顔ではあるが、首を傾げられてしまった。
バイトを雇おうとはした。が、いかんせん海斗が優秀だったのだ。一人で三から五人分くらいの仕事をしていたものだから、普通のバイトで補える仕事では無くなっている。
かと言って裏仕事の為にバックヤードを広めに取ったせいで、店自体はそう広くない。その上、情報屋の仕事をバイトや店員になる者全員に知らせるわけにはいかない。
そうなると、こういった裏事情に精通した者から引き抜くのが一番でありながら、それが易々と出来るなら何も苦労は無い。
……と思っての交換条件だったが、まさかの『おんじ』も想定外だったということだろうか。こんなことでも一本取れたのはちょっと気分が良いかも知れない。
「ふむ、成程……」
僅かな間だけ考える素振りを見せた弦月は、またにこりとキレイに笑った。
「分かりました。明日には此方へ人材を送りましょう」
「流石、仕事が早いのは助かります」
さて、どんな優秀な人材が来るやら。純粋に楽しみにしていた悠仁は、翌日寄越された人物に唖然とすることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます