02
諸々の準備を終えてフランシカへと発つ日。空港まで着いて来た桂十郎に疑問を感じていたら、一緒に行くと言われて驚いた。どうやらフランシカでの仕事があるらしいが、それは「たまたまあった」仕事なのか、「無理矢理取った」仕事なのか。
そもそも護衛であるセレンが当日その時まで知らないというのも問題な気がしたが、言っても無駄な気もして黙った。
搭乗時間まではまだ少しある。その間に、悠仁が寄越したという「案内役」を見付けなければ。と、思った矢先。
「ヒメサン」
「! セディ、そこに居たんだ」
人の溢れる待合所の隅に立っていた筋骨隆々の男が、片手を上げて歩み寄って来た。その人物に心当たりがあって、セレンも笑顔を返す。
知り合いかと桂十郎に問われ、ひとつ頷く。
「セディア・レイヴェル。元フランシカの傭兵で、今はフランシカ専門の情報屋。アーカイブには所属してないけどね」
「はじめましテ、閣下。今回、案内ト護衛しマス」
「ああ、よろしく」
身体のゴツさとはギャップのある、人懐っこい笑顔で男・セディアはぺこりと一礼した。
アーカイブに属するには不足だが、フランシカのこと限定ならば常に多くの情報を持ち更新している。彼を引き抜いて皇に呼んだのは悠仁だと言うが、どんな繋がりからかはセレンも知らない。
確かなのは、傭兵としてはそれなりの実力があったということ。剣技だけならばセレンにも引けを取らない程だ。
「喋り方はこんなだけど、皇語の聞き取りは十分できるから」
「ふーん」
「〔こんなって、酷いな〕」
「だって、すごいカタコトだから」
「〔皇語って難しいだろ〕」
話しにくい言葉で続けるのを諦めたのかフランシカ語で言いながら、セディアはスッとセレンと桂十郎の荷物を取る。運んでくれるということらしい。
「護衛が自ら両手を塞いでどうするの……」
「〔俺より強いやつが居るんだぜ? 護衛なんて名ばかり、基本はただの案内役だと思ってくれた方が良い〕」
あくまで、彼の実力は「それなり」だ。暗器を駆使したセレンには結局勝てない程度。
自分で分かっているからこそ、セディアは自身よりもセレンが手ぶらで居る方が良いと判断したらしい。
事前に悠仁が取っていた並びの席にセレンと桂十郎が、桂十郎が取っていた席にセディアが座って、十二時間を超えるフライトが始まる。
「大総統府にも飛行機ってあるの?」
「あるぞ、小型のが」
「じゃあそれ使わなかったの、怒られるんじゃない?」
「まあ、さくが小言は言ってたな」
それはそうだろう。何だかんだ、遊亜も苦労しているんだろうなとぼんやり思う。まあその分、今出来ない仕事は帰った時に大変な量になっているのだろうが。
流石に数ヶ月一緒に仕事をしているので、先が読めるようだった。
今もフライト中に出来るような仕事を、出されているのか自分で持って来たのか、桂十郎はパソコンを開いている。
「どのくらいフランシカに居られるの?」
「最長三日かな……」
「結構日程調整頑張ったんじゃない? 意外と長いね。……で、帰りの護衛は?」
「……」
「居るよね、護衛?」
居ないなんて言わせない。目を逸らす桂十郎に笑みを向ける。まさか自分の立場を分かっていないわけではないだろう。
まあ、遊亜がこのスケジュールを分かっているなら『影』の分のチケットも取っているだろうから、そう心配はしていないが。
「その辺のどっかに居るんじゃないかな」
なんてきれいな棒読み。どこかに『影』が着いて来ているであろうことは分かっているが、わざわざ「護衛」という形では誰も連れてはいないということか。確かに今日は香乙の姿も無い。
よくあることだが、もう少し警戒心を持って欲しいところだ。ましてこれから国外に出るのだから、尚更。
特別皇が平和だとは言わないが、世界に目を向けると物騒な話は少なくない。
ため息をつき座り直して、セレンはゆっくり目を閉じた。
フランシカに降り立つのは、別に十一年振りというわけではない。時々は「仕事」でも来ていたが、その時はすべきことだけを済ませて早々に金井家へ帰っていた。
流石に何日も滞在するという意味では、あの事件の日以来初めてとなる。
十一年経った。覚えているだろうか、フランシカの日常を。覚えているだろうか、フレスティアの屋敷と決まりを。
一つずつ、思い返していく。幼い頃のことなのに、存外思い出せるものだ。
「……桂十郎さん」
「んー?」
「フレスティアのお屋敷に着いたら、一緒に行って欲しい所があるの」
言えば、桂十郎が振り返った気配がした。目を開けると、手を止めてこちらを見ている。
「敷地内だから、遠くは無いよ。離れの……何階だったかな? 一番上」
「セレンが行きたい所なら何処でも行くぞ」
優しい笑顔を向けられて、ほっとした。そう言ってくれるのを期待していたのかも知れない。
一人で行くのは、まだ怖い。だから、他の誰でもなく、桂十郎に一緒に行って欲しかった。
「ありがとう」
やっぱり彼は、神さまだ。
そう思って、セレンはまた目を閉じた。
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