第74話 定期試験前に大事件が起こりました

その後、私達は結局、学園に帰った。


スカンディーナの動きが気になったが、フィル様が動いてくれて、陛下からスカンディーナに抗議してもらったら、スカンディーナから謝罪が届いたのだ。スカンディーナとしても、しばらくは、これ以上問題は起こしたくないだろうとガーブリエル様も魔術師団長も言ってくれた。


「今はこの謝罪で我慢して欲しい」

とフィル様から謝られたが、両親を殺されたアンネローゼであると言う自覚がまだほとんどないので、私はなんとも答えられなかった。


王妃様がいるので、このまま王宮にいるわけにも行かず、母はイングリッドの家で雇ってくれることになった。

「友人の友として迎えたい」

とイングリッドの母は言ってくれたのだが、母は侍女として雇ってほしいと頑なだったのだ。




学園に帰ってきた私達を学年末の試験が待っていた。


試験があるのは礼儀作法の授業も同じで、私はこれが一番の苦手だった。


だってダンスなんて、今まで踊ったこともなかったのだ。


「末尾がeのアンさん! なんですかその踊りは。下ばかり見ない。もっと背筋を伸ばして。視線はフィリップさんを見る」

私の姿勢を次々に注意されて手を添えられて直される。ルンド先生まで末尾がeって言われるなんて、絶対に変だ。それに帰ってきてからやたらと厳しくなったと思うのは私の気のせいだろうか?


「はいっ、お二人はもう一度」

音楽とともに踊らされる。クラスの大半は貴族で平民はほとんどいないし、いてもお金持ちの子息令嬢。私みたいな初心者はいないのだ。


フィル様はさすが王太子だけあって踊るのは素晴らしく、そのフィル様のお陰で、私もやっとフィル様の足を踏まずに踊れるようにはなっていた。ルンド先生によるとまだまだ機械仕掛けの人形のような動きだそうだが・・・・。


「まるで球技大会のミニアンちゃんのようね」

そう言われて、私は微妙な気持ちになった。あんな風に可愛いのだろうか、と少し喜んだのだが、絶対に違うとアルフに否定されたのだ。やはり、ぎこちない動きのことを指摘されたのだと周りの反応を見て思い知らされたのだが・・・・。そこまで酷くはないと自信を持っては反論できなかった。


私が注意されるのは仕方がないけれど、それをフィル様に付き合わせるのはとても心苦しくて、踊る相手を替えてほしい旨をそれとなくフィル様に伝えたら、とても嫌そうな顔をされた。


「アンは俺と踊るのが嫌なの?」

「嫌だなんてとんでもありません。ただ、お忙しいフィル様のお手を煩わせるのが心苦しくて」

フィル様に答えると

「なら大丈夫だよ。俺はアンと踊リの練習するのがとても楽しいから」

ニコリと笑って言われてしまった。その笑顔の眩しいこと。思わず周りの令嬢から悲鳴が上がる。

それ以来、更にフィル様が密着してくるようになったんだけど、何か踊りにくいんですけど。私の心もドキドキするし。

でも、ルンド先生の厳しい叱責の声の前には、そんな事をあまり考える余裕も無くなった。それはそれで練習するためには良かったと思う。


その日もくたくたになるまで練習させられたのだ。


「大丈夫? 疲れたんじゃない?」

「いえ、大丈夫です」

フィル様にここで疲れたなんて言ったら、下手したら寮まで抱えて連れて行かされそうだ。


「そう! ならもう少し練習していく?」

「でも、フィル様にも他のご予定とかお有りになるのでは」

「何言っているんだ。やっと婚約者が見つかったんだ。他の予定なんてどうでもいいよ。俺はこの16年間のブランクを埋めたいんだけど」

フィル様が言ってくるけれど、16年っておかしくない? たとえ婚約者だったとしても、この学園に留学してこなければ、この年までほとんど会えなかったはずなのだから。事実ゲームで悪役令嬢として君臨していたアンネローゼは、学園入学まではあまりフィル様と会えていなかったはずだ。


結局それから2時間位フィル様と練習したのだった。



そして、夕食も皆で食べている。でも、フィル様が椅子をピッタリとくっつけてくるんだけど。ちょっと近すぎ!


「フィル、少しがっつきすぎじゃない? アンも疲れると思うわ」

イングリッドが横から言ってくれた。


「そうかな。俺としてはこれでも抑えているつもりなんだけど」

「まあ、フィルが執着するのも理解できるけど」

「あんまりガツガツするとアンに嫌われるんじゃない?」

「そんな事無いよね。アン」

エルダの声にフィル様はすがるように見てくるんだけど、私は未だによく判っていなかった。私は亡国の王女みたいなものだ。国は変わっていなくても両親は殺されて簒奪されているし、私は現実に王女ではないのだ。フィル様の横に立つ資格は本来ないはずだ。


「いえ、私は前は王女でも今は平民です。フィル様の横に立つ資格はないのではないかと」

「アン、そこは問題ないわ。いざとなったら我が侯爵家の養女として嫁げばいいから」

「何言っているのよ、イングリッド。アンは我が公爵家の養女よ」

なんかイングリッドとエルダが訳の判らないことで争っているけれど、私はそれで良いのかどうかよく判らなかった。


その言い合う二人を尻目にフィル様はあいも変わらず人参が嫌いみたいで、一生懸命選り分けているのだ。そして、期待を持った目で私を見ていた。


私は無視していたのだが、期待を持った目で私を見てくるのだ。もう本当に止めてほしい。特にクラスの女共が皆、コチラを興味津々と見てくるんだけど、絶対におかしい。隣のベンじゃあるまいし、16にもなった王太子に、何故嫌いなものを食べさせなんてしなければいけないのだ。


イングリッドが横にいれば決してフィル様はこんなことはしなかったはずだ。一度やろうとしてイングリッドに辛子まみれの人参を既の事で口の中に突っ込まれそうになっていたから。


それ以来こういう時は、フィル様はイングリッドから離れて座っているのだ。更にその危険なイングリツドの前に生徒会長を置くようにしているんだけど、絶対になにか変だ。

6人席にフィル様、私、イングリッドの片側に、そのイングリッドの前にイェルド様、私の前がエルダでフィル様の前がクリストフ様なんだけど。完全に対イングリッド用の配置なんですけど、ここまでして食べさせられたいんだろうか?


イングリッドもイェルド様の前では流石に酷いことは出来ないみたいで、何故かしおらしい。

それも見ていて変なんだけど。


フィル様が私に熱視線を向けてくる。

私はもうあきらめムードだ。フォークの先にフィル様の選り分けた人参を突き刺す。


そして、口を開けて待っているフィル様の口の中に人参を入れようとした時だ。


「フィル、大変だ」

食堂の扉を文字とおり蹴破ってクリスティーン様が飛んでこられた。


それと同時に、辛子チューブ片手のベッティル様が転移してきて、今まで開けられていたフィル様の口に突っ込もうとして、飛び込んできて口を開こうとしたクリスティーン様の口の中に辛子チューブを突っ込んだのだった。

周りのみんなは唖然とそれを見ていた。それもよりによってそのチューブには辛さ10倍の文字がデカデカと書かれていた・・・・。

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