第75話 スカンディーナは母と間違えて侯爵夫人を誘拐しました

何があったか話そうとしたクリスティーン様の口の中に、ものの見事に辛さ10倍の辛子のチューブをベッティル先輩は突っ込んでいたのだ。


「あれえええ! はははは。何故ここにクリスティーン先輩が・・・・」

ベッティル先輩は笑って誤魔化そうとした。


でも、そんなのをクリスティーン様が許すわけもなく、次の瞬間にはクリスティーン様の鉄拳がベッティル先輩の顔面に激突していた。ベッティル先輩は窓ガラスに頭から突っ込んで、外に飛び出していった。


「何をするのだ! この忙しい時に」

辛子を飲み込みながらクリスティーン様は叫んでいた。


ええええ!

あの辛さ10倍の辛子を飲み込んでいる。

それも全然平気な顔をしてもぐもぐと・・・・。

私は驚いてしまった。

おそらくクリスティーン様は体の構造が一般人と違うのだ。そうだ。そうに違いない。

私達はお互いに見合わせて納得していた。


バキッ

「痛い!」

いきなりクリスティーン様はイェルド会長の頭を叩かれたのだ。


「何をされるんですか!」

イェルド会長は頭を押さえて文句を言った。


「お前、今、私が人間じゃないと考えただろうが」

「な、何を言われるんですか。そんな不届きなことを考えるのはクリストフに決まっているでしょう」

「おい、イェルド、俺を持ち出すな」

生徒会長と副会長はお互いに相手になすりつけだした。


「そんなことよりも、どうされたのですか?」

フィル様が聞いてくれた。そうだ。何か大事件が起こったのだろう。


「そうだった。大変なことが起こったのだ。アンの母親が拐われた」

「えっ?」

「何ですって」

私はその言葉にびっくりした。

2週間前に母は拐われたところなのだ。それがまた拐われたのなんて、私には信じられなかった。

真っ青になる。


「どこに拐われたか、判りますか? スカンディーナの大使館ですか。なんでしたらすぐに向かいます」

私は慌てて立上った。


「いや、待てアン、今回は私が行く。君はここにいて待っていてほしい」

フィル様がそう申し出ていただいたけれど、私の母のことなのだ。他人に任せるわけにはいかなかった。私が守らなければ。


「でも、母がそれ相応の警戒をしていたはずですけれど」

イングリッドが不思議そうに聞く。


「そろそろいいかな」

なにやら操作して、クリスティーン様が水晶の画面を食堂の壁に投影された。



「母さん!」

そこには後手に縛られて椅子に固定されている母が写っていた。


「あれ?」

でもなにか変だ。母はとてもふてぶてしく見えるのだけど。


「どうかしたのか。アン?」

フィル様が私の方を見てこられた。


「なにか雰囲気が母と違うんですけど」

「そういえば、何か堂々としすぎているというか」

「あのふてぶてしい態度ってどこかで見たことあるわよね」

イングリッドまで言う。


「ちょっと、そこの貴方。か弱い、女の子一人に何を怯えているの。もう少しこの縄を緩めなさい!」

「はあああ、そんな事が出来るか」

母がふてぶてしく眼の前の魔道士らしきものに話している。


「ちっちゃな男ね。そんなんだから女に振られるのよ。あそこも小さいに違いないわ」

「な、何だと」

言われた男はいきり立った。


「お、お母様」

それを見て、イングリッドが叫んでいた。


「何言っているんだ。母の訳ないだろう。イングリッド」

兄のクリストフ様が言われる。


「あの話し方、絶対にお母様よ。あの人を馬鹿にした言い方、見下し方、プッツン切れたお母様そのままじゃない。お兄様も見ていたら判るでしょう」

イングリッドが立上って指摘した。

「そう言えばそのようにみえるけれど」


「あれ、もうバレたの。だからおばさまには無理だって言ったのに」

クリスティーン様がブツブツ言われる。


「えっ、と言うことはあれはユリア様なのか」

フィル様が驚いて言われた。


「スカンディーナの奴ら我が王国の侯爵夫人を誘拐するなんて、そのままで外交問題になるんだけれど」

「なんか不審な奴らがウロウロしてアンの母のことを聞いていたから、私がアンの母に変装するって言ったのに、『あなたはガサツだからすぐにバレるに決まっているわ。その点私は芝居もうまいのよ』とかなんとか言われたけれど、全然下手じゃない。身内にあっさりバレているし」

クリスティーン様が言われるけれど、でも、これってどうなるんだろう? 人違いにしても王国の侯爵夫人を誘拐したのだ。もう十二分に国際問題なんですけど。スカンディーナはどうするつもりなんだろう?


「そこ女、少し優しくしてやるとつけ上がりやがって」

男はそう言うと侯爵夫人を張ったのだ。


バシン。


画面越しに侯爵夫人が張られるのが見えた。

ええええ! あの男侯爵夫人を張り手したよ。侯爵夫人に!



「何すんのよ」

しかし、次の瞬間、縛られた縄を引き継ぎると侯爵夫人は自分を張った男を張り倒していた。


男は壁に激突する。


完全に倍返し以上だ。


「何しやがる」

男達がわらわらと現れて侯爵夫人に襲いかかる。

侯爵夫人は衝撃波や爆裂魔術を使い出した。


「よし、者共突撃するぞ」

護衛を引き連れてクリスティーン様が駆け出された。


「お母様。やり過ぎはダメですって」

イングリッド兄弟も慌てて駆け出す。


「アン、絶対に寮から動かないで」

フィル様も慌てて駆け出された。


それとともに、親衛隊の一部もついていく。


その結果学園内の警備が急速に手薄になってしまったのに誰も気づかなかったのだ。






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