第62話 聖女視点5 ゴリラ女に完敗しました

私は待ち合わせの大聖堂で嬉々としてベントソン商会会長からの報告を待っていたのだ。


でも、なかなか会長は来なかった。


あのツンと澄ました赤毛が破落戸共に襲われて、泣き叫んでどうなったか。


泣き叫びながら許しを乞う所を踏みにじられるのだ。


私に逆らったのだ。このヒロインの私に。


当然の報いだろう。私のフィル様を取ろうとした天罰だ。今頃苦しみ泣き叫んでいるだろう。


それを目の前で見れなかったのは本当に残念だった。


こんな事があれば絶対に二度と私の前に現れることもないだろう。


「わはわはわは・・・」

私は一人で変な笑いをしていた。


でも、遅い。会長はどうしたんだろう?


仕方がない。ちょっと商会へ行ってみるか。


私は教会の従者に言って馬車を出させた。





しかし、行った商会では、皆が走り回っていた。


商会の中は戦場さながらだった。


怪我人が次々に運ばれてくる。


「どうしたのですか?」

「こ、これは聖女様。実は爆発に巻き込まれまして、旦那様も怪我を負われたのです」


私は包帯だらけになった、会長の部屋に案内された。


なんか虫の息なのだ。


私は不吉な予感がした。


力を使うと疲れるからやりたくなかったが、仕方がないから少し使うことにした。


話せるようになればいいだろう。


「ヒール」

これで会長は話せるくらいにはなったはずだ。


「こ、これは聖女様」

会長は私を見て驚いた顔をした。


「どうしたの? 赤毛はどうなったの?」

私が聞くと、


「あの、赤毛は化け物でした」

ボソリと会長が呟いたのだ。


「私は、本屋に案内した後、乗合馬車で返すようにしたのです。その際、近道だからと我が方の手のもので固めている長屋の中を通るように密かに誘導したのです」

「そこでどうなったの」

「破落戸共に襲わせたのですが、魔力量が凄まじかったです。さすがにアンネローゼだと思いました」

「アンネローゼ?」

何故、悪役令嬢がここに出てくるんだろう。私にはよく判らなかった。


「ええ、隣国の元王女です。ブルーノ様が必死に探していらっしゃる」

「ふーん。あの子が?」

私には絶対にそれは信じられなかった。


だってアンネローゼの性格はきつくて、容赦がない。いじめも徹底的にやってくるのだ。それをいかに上手く躱せるかがこのゲームの味噌なのだ。それにその美しさはあの平民の女とは違う。小憎らしいほどにきれいなのだ。ヒロインよりもきれいじゃないと怒った記憶が私にはあった。あんな冴えない赤毛がアンネローゼな訳なかった。

あの赤毛が似ているのは赤毛だけだ。あの赤毛はアンネローゼというよりは絶対に名前通りに赤毛のアンの方に似ているのだ。


「で、どうなったの?」

「長屋諸共吹き飛ばされてしまいました。ごろつきの後ろにもいざという時のために魔術師も含めて控えさせていたのですが、全員巻き込まれましてこのとおりです」


あのどちらかというとおどおどとしている、赤毛がそんな事できるのか? 大方、王子から魔道具か何かをもらっていたのかもしれない。


「まあ、これであの赤毛がアンネローゼなのは確実です。ブルーノ様も本腰を入れられるでしょう」

私は会長が何を言っているのかよく判らなかったが、これは使えるかもしれないと思った。


早速、大聖堂に帰ると大司教に面会したのだ。


「これはこれは聖女様。如何なされたのですか」

少し目が冷たい。あの件があってから大司教は私には冷たいのだ。でもここは負けてはいけない。


「大司教様。私、今ベントソン商会の会長とお話していたのですが、隣国のブルーノと言われる方が、この前の赤毛の女がアンネローゼではないかと疑っているというのです。その女と王太子殿下が親しくしていらっしゃるというのは、問題ではないでしょうか」

「何、あの赤毛とアンネローゼを結びつけていると?」

「はい」

私は頷いた。


「まあ、それは、王妃様も少し気にしていらっしゃった。私からも再度話しておこう」

大司教様は少し笑われた。その後はつまらない世間話を少しして私は部屋を出たのだ。


大司教の表情も少し柔らかくなったし良かった。少しはまた使えるようになるだろう。


まあ、これで王太子と赤毛の仲が悪くなれば更にいいのだけど・・・・



あんまり期待せずに、翌日学園に行くと、何か、王太子と赤毛の間が変になっていた。


ええええ! あんなガセ情報でここまでうまくいくなんて、大司教もたまにはやってくれる。私は嬉しくなった。



座席も何故か王太子は教壇の横の席に追いやられていたのだ。


何これ? 言うことを聞かない小学校のガキ大将が、罰として先生の横で勉強されられているみたい。


私は思わず笑ってしまった。



昼食時も、いつもは王太子と赤毛は隣同士で座っているのに、今日は別々に座っている。


よーし、これならば話しかけるチャンスなのでは。



「王太子殿下。今日はどうされたのですか?」

私は早速王太子の横に行って擦り寄ったのだ。この甘え方が男を捕まえるコツなのだ。


でも、なんか王太子の様子が変だ。少し怯えている。


その王太子の怯えて見ている方を見ると、何と大きな令嬢が生徒会長の胸倉をつかんでいるのだ。あのいつも冷静沈着で威張っている生徒会長が真っ青になっていた。これはこれで面白いのだが、


「まあ、怖い、野蛮な方がA組に入られたのですね」

私は思わず言ってしまったのだ。言ってはいけない言葉を。


「なんか言った。そこのピンク頭」

襟首をつかんでいた野蛮女は生徒会長をその場に落とすと、私を睨みつけてきた。

ふんっ、まさか聖女である私には手を出さないだろうと


「嫌だわ。すぐ暴力に走る野蛮じ・・・・・」

私は言おうとして大女に胸ぐらを掴まれてそれ以上話せなくなった。


えっ、私はヒロインの聖女なのよ。ひょっとしてあんたがアンネローゼ? でも赤髪じゃないし年増だけど・・・・


「とうした? 今までの威勢のよい声は。誰が野蛮だって?」

「い、いえ・・・・」

さすがに私もやばいと感じた。こいつは絶対にゲームのバクだ。赤毛と一緒で。それも絶対になにか変だ。


ちょっと皆助けてよ。

私はいつもは助けてくれるB組の連中を探すが、皆いなくなっている。


ええええ! 何で!


「い、いえ、何でもございませんわ」

私は恐怖に震えながら言った。この私の怖がった様子見たら普通は許してくれるはずだ。子リスみたいって。そう、男連中が助けてくれるはずだ。


「お前が最近スカンディーナと付き合いのある聖女だろう。ベントソン商会の会長に言って破落戸を使ってアンを襲わせたって言う」

ええええ! 何でこいつ知っているの? あれはだれも知らないはずよ。


「な、何を仰っていらっしゃるんですか。証拠はどこに」

そうだ。誰から聞いたかしらないが、絶対に証拠はないはずだ。伝聞か何かだろう。あの商会の連中は口が軽すぎる。二度と付き合わないようにしよう。でも、状況は待ってくれなかった。


「証拠、そんな物は私が黒って言ったら黒なんだよ」

「そんな無茶苦茶な」

私は蒼白になった。ちょっと待って、皆助けて。

私は周りを見回すが、私の味方は近くにはいなかった。はるか遠くに逃げていったB組の連中が小さくなっていてこちらを見ようともしない。



「本来は騒乱罪で処刑してやってもいいのだが、尻叩き100回の刑で許してやるよ」

「えっ、そんな」

私は必死に抵抗しようとしたが、無駄だった。このゴリラ女はとても腕力が強いのだ。

そして、子供頃親にやられた以外、無かったのに、おしりを突き出さされたのだ。


「ひとーーーつ」

バシーン。ゴリラ女の鉄拳が私のおしりに命中した。


「痛い!」

凄まじい痛さだった。もう死にそうなくらいに。


「ふたーつ」

バシーン

「ギャー」


「3っつ」

バシーン

「ギャーーーーー」

私はもう悲鳴をあげるしか出来なかった。私は悟ったのだ。このゴリラ女には二度と逆らうまいと・・・・でも遅かったのだ。

痛さに泣き叫びながら私は叩き続けられたのだった・・・・誰も助けてはくれなかった。



それから1週間、お尻が2倍くらいの大きさに腫れて私は高熱を発して寝込んでしまった。


くそーーー、あの、ゴリラ女め・・・・覚えて・・・・いや無理!

絶対に無理!

私の心はボキボキに折られてしまっていた。


あのゴリラ女だけには二度と逆らわないようにすると心が勝手に決めてしまったのだ・・・・

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