第56話 王太子視点5 母に婚約者を諦めるように説得されました
馬車がコトコト心地よい揺れを伴って走っている。
俺の腕の中でアンは少し微笑んでいた。
俺はそれをただただ幸せそうに見ていた。
俺はまだ、アンがアンネローゼだという証拠は掴めなていなかった。アンネローゼの母親のアンネ様とアンが似ているのはアンネ様をよく知るものがことごとく言っていた。それに少しだけ会ったアンの母の俺を見た時の怯えようが変だった。あれはいきなり王太子に会ったことを怯えている風ではなかった。
更に20年間弟子を取っていなかったガーブリエルが弟子を取った点、アンに対する可愛がり様などいろいろ考えておそらくアンはアンネローゼだと思ったのだ。
でも、アンがアンネローゼだったら、それがどんな事をもたらすかよく考えていなかったのだ。
そんな事を考えているうちに、馬車は王宮についた。
俺はそのままアンを抱いて客室に連れて行こうとした。
前もって連絡して準備させていた客室の前で私は思わず立ち止まってしまった。
そこには女騎士や侍女を伴った母が待ち構えていたのだ。
「どうされたのですか。母上?」
「お前がその女を連れて王宮に戻ったと聞いて待っていたのです」
母はアンを一瞥すると、俺を見た。
「あなたが女性をこれ以上面倒を見るわけには生きますまい。あとはこちらがやります。その女を渡しなさい」
母が傍の女騎士に指示しようとした。
「何を仰っていらっしゃるのです。アンの面倒は私がみます」
俺は断ろうとした。
「何を言っているのです。うら若い男が若い女を寝室に連れ込むなど許されません」
「何を言っているのですか。私は傷ついたアンを看病するだけです」
俺は慌てて言った。母はなんということを言うのだ!
「フィリップ、そんな事許されるわけ無いでしょう」
「何故です」
「平民の女風情をあなたが看病してどうなるのですか。あなたは前途有望な若者の未来を壊すつもりですか」
俺は母の言うことが理解できなかった。
「はあああ! 何を言っているのです。私はアンを将来的には」
「お黙りなさい。平民のこの子をあなたの隣に立たせられるわけはないでしょう」
「何故です。平民とはいえアンは大魔術師ガーブリエルの愛弟子。十分に私の隣に立てるのでは」
俺は皆が言っていたことを盾に母に言った。
「貴族の子弟ならいざしらず、あなたでは無理です」
「何故です。私は元々アンをいやアンネローゼを隣に立たせると言ったはずですが」
「そんな事が許されるとでも」
「やはりアンはアンネローゼなのですね」
俺は母の言葉にアンがアンネローゼだと確信したのだ。
「それはわかりません。ただ、スカンディーナ王国の大使が、出来ればその女に会いたいと申し出てきています」
母の言葉に俺は驚いた。
「そんな事が許されるわけはないでしょう。あなたは親友だったアンネ様を裏切るつもりなのですか」
「陛下は一顧だにせず断られました。しかし、その子がたとえアンネローゼだったとしましょう。それでどうするのですか?」
俺は母が何を言おうとしているかわからなかった。
「どうするってアンネローゼは私の婚約者なのです」
何をわかりきっていることを聞くのだと言う目で見ると、
「まだ言っているのですか。あなたの婚約者は白紙になったです」
「いや、私の婚約者はアンネローゼのままです。そう言ったはずですが」
俺は挑むように母を見た。
「何度も言うように、アンネローゼは既に王女ではありません」
「そんなのは判っています」
俺は何をわかりきったことを言うのだと母を見た。
「本当に判っているの? そもそも、アンネローゼは隣国スカンディーナのブルーノ・カッチェイアが今でも必死に探しているのよ。その娘を婚約者に迎えるのは隣国との関係を悪化させるのは必定。下手したら戦争になるかも知れないのよ。あなたにはその覚悟が有るの?」
「戦争?」
俺は母の言葉に戸惑ってしまった。隣国と戦争になるというのか!
「戦争になったら何の関係もない多くの兵士たちが死ぬかもしれないのよ。あなたに自国の国民を自分の欲望のために殺す気なの?」
「いや、戦争になると決まったわけでは」
「何言っているのよ。今、スカンディーナはとても政情が不安定なのは知っているでしょう。そのスカンディーナの隣国エスカール出身の元側妃と王子が国の一部を占拠しているし、作柄も悪い。そんなところにあなたが元王女を婚約者になんかしてご覧なさい。攻めて来いと言っているようなものよ」
「いや攻めてくるとは限らないでしょう」
「あなた何言っているのよ。あなたがブルーノの立場に立ってみなさい。それでなくても政情は不安定。国民の不満も渦巻いている中で、あなたが元王女を婚約者にしてみなさい。そんな状況をブルーノが両手で歓迎するとでも思っているの? 絶対に我が国を敵視するわ。色々と仕掛けてくるでしょう。我が国との戦争を起こして攻め込んでこないとも限らないわよ」
「・・・・」
俺は母の言葉に何も返せなかった。
そうか、戦争になるか。隣国は今も政治はあまりうまく行っていない。内部の不満を戦争という外側に向けるかも知れなかった。
それとも、アンネローゼを配偶者にすることによって、このオースティン王国が王女を盾にスカンディーナに攻め込もうとしているとスカンディーナは捉えるかもしれない。
そんな危険を国に負わすことは出来なかった。
俺の勝手な気持ちでこの国を争いに巻き込ませるわけには行かないのだ。
そんな自分勝手が王太子として許されるわけはない。
俺は言葉に窮した。
「あなたはその覚悟もないのに、この子にこれ以上近付かないで。ここは私が面倒を見ます」
俺は母の女騎士が俺の手からアンを奪い去るのを唖然とただ見ているしか出来なかった。
でも、そこは絶対にアンを渡すべきではなかったのだ。
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