第55話 王太子視点4 好きな人を助けに行きました
球技大会、一学期最大の行事だ。今回は人形を作って戦うことになったと知って、体力的にも能力的にも圧倒的に一年生に不利な内容だった。その中でもA組は果たして一致団結して戦えるのかという問題もあった。一番の問題はアンに対するいじめだった。
まあ、一番の問題は俺がアンを贔屓にしてしまったという問題だった。基本は王太子とあろうものが女生徒の一人を贔屓にするなんてあり得なかった。でも、探し求めていたアンネローゼを見つけたような気になって、どうしても構ってしまったのだ。
どうしてもアンにアンネローゼの面影を追いかけてしまっていた。皆と平等に接しなければならないと知りつつ、それが出来ていなかったのだ。エルダとイングリッドも傍にいたが、完全にダミーだった。まあ、コイツラとしてもお互いの兄を好きなのだから俺はダミーになったしそれはそれでプラスだっただろう。
アンに対する反発も強いと思ったのだが、イングリッドらの行動によってある程度は収まったみたいだった。
何しろ、クラス皆で食事や練習をすることが大半になってしまって、40人全員で行動することになったのだ。俺の隣の席はアンのことが多かったけれど、練習はみんな一緒だし、俺もアンも積極的に他の皆と話すようになったのも良かったのかもしれない。
それにB組が聖女を中心に反A組で行動してくれたおかげで、却ってA組の団結力に繋がったのだ。
球技大会では俺はアルフの手袋としてしか活躍できなかったが、アンの作るミニアン人形は獅子奮迅の活躍で、B組戦の勝利と3年A組に対しての善戦に繋がった。
試合には、アンの母親も来ていた。俺は出来たらアンの母親にちゃんと確認したかった。
でも、タイミングを逸してしまったのだ。
アンの母は俺を驚愕して見ていた。それがアンがアンネローゼだと認めているようなものだと私は思った。
その日の夜の食堂は遅くまで喜んでいる俺たち1年A組の面々が騒いでいた。最後は担任のルンド先生が乗り込んできて解散させられたが、心なしか先生も喜んでいたみたいだ。
その後は男子は俺の部屋で夜遅くまで騒いでいた。
驚いたことにアンは皆に人気だった。特にガーブリエル様の弟子ということもあり、大半の貴族の嫁候補にもなり得たのだ。
「アンちゃんはあの怒った顔もかわいいよね」
「何言っているんだよ。あの授業を聞かずに遠くを夢見るような姿が愛しいだろ」
「なんか戸惑ったような表情もかわいいよね。思わず助けたくなる」
皆好きなことを言ってくれるのだ。そう、アンはすべてが可愛いけれど、それは貴様らが見るんじゃない、と俺は言いたかった。
「アンちゃんの隣のフィル様はどう思われますか」
知っているくせに、アルフが絡んでくる。こいつも絶対にアンはいいと思っているはずだ。
「まあ、突飛な言動に驚かされるとこかな」
俺は思わず言っていた。みんなの白い目が一斉に突き刺さる。
「ほうら、やっぱりフィル様もアンちゃんがいいと思っているんじゃないですか」
「でも、未来の王太子妃としてはどうなのかな」
「なんか怖い王妃様にいびり殺されそう」
こいつらの言うことは悔しいことに一理あるのだ。あの母の相手は大変だと思うのだ。
「その点うちは嫁が母親が来てくれるだけでいいと喜んでくれるし」
「何言っているんだよ。あんな気さくな子なら平民でも全然問題ないってうちの母が太鼓判押していたぞ」
「うちもだ」
「下手な貴族令嬢だと気位だけが高そうだし、母に文句も言いかねないけれど、アンちゃんは母を立ててくれそうだしな」
「そうそう」
何故こんなにアンの人気が高いのだ?
これは早急に俺も態度を決めないといけないと俺も焦りだした。
「アンさん」
翌日、俺は何とか都合をつけてガーブリエルとの訓練から帰るアンを捕まえたのだ。
「これは殿下」
でも、アンがよそよそしい。
「えっ、何、その他人行儀な話し方は」
俺が驚いていった。アンからそんな言い方はされたくない。
「いいえ、王宮ですから」
アンは副魔術師団長を気にしているみたいだが、俺は気にする余裕など無かった。さっさと行動しないと他の男達に取られてしまうではないか。
幸いなことにアンはガーブリエルの宿題で調べ物があるらしい。それに便乗して一緒に行く約束を取り付けて喜んでいた時だ。一番嫌なやつが現れた。
「殿下、まあ、わざわざ私をお迎えに来て頂けたのですか」
ゴキブリのように、出てきてほしくない時に出てくるピンク頭がやって来たのだ。
「はっ、何の話だ?」
俺が冷たく言い放つが
「えっ。今日、王妃様のところに呼ばれていまして、大司教様がおっしゃるには殿下もいらっしゃるはずだと」
こ、こいつ勝手に捏造するな。そんな話は1ミリたりとも俺は聞いていないぞ。
ブスッとして俺が言うと、
「えっ、そうなのですか。夏祭りの打ち合わせとかで、色々話したいことがあるとのことだったのですが」
「ああ、王都の祭か」
俺は面倒くさそうに言った。
夏の王都での祭りがあり、昨年は俺がいない時に勝手に俺のスケジュールが決められて、頭にきた事を思い出していた。今年は絶対に俺の意見も聞いてほしいと母には前もって言っていたのだ。それをまた連絡なしに決めようとしていたな。俺は母にキレた。
「なにかご予定があるのですか」
「いや、私は少し」
俺は口ごもった。ここをサボると絶対に勝手に予定が組まれる。そうしたらアンと夏祭りで、デートできない。今日のデートを捨てるか、祭りの時のデートを捨てるか究極の択一だった。
「アン嬢を本屋にご案内するならば、私が行いますが」
横から副師団長が口を出してきた。
「本屋ならカール・ベントソン商会の会長にここまで送ってもらったのです。会長の所の本屋が王都でも大きくて良いと思うのですが」
「我が本屋をご利用いただけますか」
カール・ベントソンが言ってきた。こいつは最近出てきた商会の会長だ。少しスカンディーナと親しいのが気になったが、最後は諦めて彼に譲った。
でも、それが間違いだった。
母のスケジュール決めは遅々として決まらず、と言うか今日、俺に連絡がなかったのはまだ、スケジュール決めの段階ではなかったからだ。
ゴキブリ聖女め、俺を嵌めたな。もう俺の中ではピンク頭はゴキブリ以下だった。
母や聖女の衣装なんてどうでもいい。
俺が嫌そうな顔をしていると
「だからあなたには声をかけなかったのに」と母に呆れられる始末だった。
何とか抜け出して、明日こそアンを捕まえようと必死に明日の分の仕事をしていると、王都で爆発があったと報告が来た。
俺はアンのことが少し心配だった。
寮に問い合わせるとまだアンは帰ってきていないとのことだった。
俺は慌てて、ベントソン商会に向かうと、とっくに一人で帰ったとのことだった。
何故副師団長が送らなかったのだ。俺は王宮の魔術師団本部に1騎伝令を走らせた。
慌てて、そのあたりを騎士団に命じて捜索する。
爆発跡は酷いものだった。ただ、怪我人が荒くれ者だけだったそうだ。
テロリストかもしれない、女がいたとのことだった。
「どんな奴だった」
俺はその騎士に問いただした。
「えっ、これは王太子殿下」
騎士は慌てて敬礼した。
「敬礼はどうでもいい。髪の色は」
「赤毛で、まだ若かったです」
「どこにいる」
俺が聞くと駐屯所に連行したとのことだ。
慌てて俺はその騎士に駐屯地に案内させた。
途中で騎士団長に会ったが、無視して、駐屯地に入るや、場所を聞き出す。
「殿下、少し落ち着いてください」
騎士団長の言葉も聞かずに、言われた場所の扉を蹴破る。
そこには端に座り込んでいるアンとガーブリエルと騎士たちがいた。
「アン、良かった」
俺はアンに駆け寄った。
「フィル様」
俺はアンを思いっきり抱きしめていた。良かった無事で。
「これはこれは遅いお着きですな、殿下」
ガーブリエルに嫌味を言われる。
「お前の所の副師団長がちゃんと護衛していなかったからだろう」
嫌味で返すが、
「さよう、二度とこのようなことがないように、みっちりと身に覚えされせますわ」
ガーブリエルは不敵に笑ったが、当然のことだ。
俺はアンを再度見るとアンは俺の腕の中で気を失っていた。
「アン!」
俺は驚くが
「少し気を失っただけですな」
ガーブリエルが何でもないことのように言う。
「大丈夫なのか」
「さあ、小奴らにスパイ容疑で拷問にかけられようとしておったみたいですが」
「な、何だと、シェルマン、どういう事だ」
俺はプッツンキレて一緒に来た騎士団長を見た。
「いや、そ、そうなのか」
騎士団長は慌ててガーブリエルの下敷きになっている二人を見た。
「い、いえその」
ガーブリエルの下敷きになっている二人はもう蒼白になっていた。
「我が弟子がわしの名前を出したにも関わらず、敵国のスパイとして拷問しようとしたそうですぞ」
「き、貴様」
俺はそれを聞いて激怒した。アンを抱いていなかったら絶対に剣を抜いていた。
「直ちにこの二人を拘束。何故そのようなことをしたか徹底的に調べ上げろ。スカンディーナのスパイの可能性もある。結果は明日の朝一で俺に報告しろ」
「いや、殿下、それはさすがに」
騎士団長が必死に庇おうとする。
「ほう、騎士団長は王太子殿下の意見に逆らわれると。殿下、なんでしたら私が魔術の塔に連れ帰ってじっくりと調べさせてもらいましょうか」
ガーブリエルはニヤリと笑った。こいつの笑みは不吉だ。下手したらこの二人は生きて魔術の塔を出られないだろうことはよく判った。
「いえ、殿下。必ず、背後関係含めて調べさせていただきます」
騎士団長はもう必死だった。
「そうじゃな。それが良かろうて。騎士団はいつから儂の弟子を疑うようになったのかの。もう一度全員を鍛え直す必要があるのではないかの」
「はっ、必ずそうさせていただきます」
「明日は私の前にもその二人を連れてくるのじゃぞ」
ガーブリエルがきつく命令していた。本来騎士団長に命令できのは父の国王陛下ただ一人なのだが、ガーブリエルには誰ひとり逆らえない。騎士たちも二度とこのようなことはしないだろう。
俺は馬車にアンを載せて取り敢えず、王宮に連れて帰ることにした。俺は馬車の中でもしっかりとアンを抱いていた。
良かった何もなくて。
そして、ホッとしていたのだった。
俺は自分の胸にアンを抱けて喜んでいた。
しかし、俺が何も考えずにアンを抱きしめられたのはここまでだった。
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