第15話 王宮まで王太子が送ってくれました

その日の授業が終わった後、食堂に向かうと、私はエルダとイングリッドの二人に捕まってしまった。


そして、いつもの席につかされて質問攻めにあったのだ。


「しかし、凄いよな。そんな小さなファイアーボールで倉庫一つ破壊するなんて」

火属性のアルフが驚いて言ってくれた。


「さすが、ガーブリエル様が弟子にしただけのことはあるって感じね」

「よし、これでクラス対抗球技大会は勝てたな」

アルフが言う。


クラス対抗球技大会は5月末にある球技大会だ。バスケボールなるもので戦うのだ。名前の通り基本はバスケットボールなのだが、人相手に魔術を使うと反則だが、ボールに使うのは可能で、強烈な空中戦になるのだ。もっとも、ボールが燃える火魔術は使えないし、土魔術も地面が木なので使えない。使えるのは、水と風なのだ。水も使いすぎるとコートが水浸しになるので、ある程度制限があるのだが。

「でも、たまたま、火の玉が強かっただけかもしれないし、風と水はやったことないから判らないわよ」

「まあ、でも、火でそれなら期待できるんじゃないかな」

「なら良いけど」

「ま、このクラスは私とアンとエルダとフィルがいるから有利よ」

「おいおい俺たちは」

「あんたたちの魔力は使えないじゃない。ルーカスはほとんど魔力ないし」

「属性が火で悪かったな」

残りの男性陣がブーブー文句を言っていた。


「どうしたの? アン。珍しく静かだけど、ルンド先生に怒られたのが、そんなに堪えたの?」

心配してエルダが聞いてくれた。


「そんなのアンが気にするわけないじゃない」

「いつものごとく右から左に決まっているだろう。何人先生に注意されていると思っているんだ」

イングリッドとアルフが言ってくれるんだけど、ちょっと私に対する見方がひどくない?


「そんな訳ないわよ。いつも気にはしているわよ」

「そのくせ、毎時間外を見ては各先生に怒られているじゃないか」

だってフィル様を未だによく見なれないからだし。

アルフの言う通りなので、私は話題を変えることにした。


「いや、実は明日王宮に朝来いって言われていたんだけど、どうやって行けば良いのかなって。それに王宮なんて初めてだから不安で」

「学園の入り口から王宮行きの馬車が出ているはずよ。後で時刻表見に行きましょうよ」

エルダが言ってくれた。


「そっか、せっかくアンと遊ぼうと思ったのに、用があるのか」

「何言っているのよ。イングリッド、今度は帰らないとまずいんじゃないの。領地からご両親が来ていらっしゃるんでしょ」

「な、何故それを」

「お兄様に聞いたのよ」

「イェルド様が、私の予定を知っていただいているなんて」

イングリッドは手を組んで感激していた。


「何言っているのよ。兄はクリストフ様の予定を聞いただけだと思うわよ。あなたのはおまけよ」

「ふんっ、全く兄に相手にされていないあんたよりマシよ」

「何ですって」

「おいおい、お前らな、男はここに4人もいるんですけど」

「まあ、あんたらはお子ちゃまなのよね」

イングリッドがアルフに言い切っていた。


「お前のほうが余程お子ちゃまだろう」

バートのつぶやきが聞こえて私は思わず笑ってしまった。バートも言う時は言うんだと。


まあ、それよりも私は何か言いたそうなフィル様がとても気になったんだが、聞けずに終わってしまった。


馬車は朝の8時に出るみたいだった。


結局、私達女性陣はガールストークで明け方までイングリッドの部屋で付き合わされて兄が迎えに来たとかで、二人は慌てて出ていった。


睡眠不足の中、私は珍しく朝食を一人で取って、馬車乗り場に向かったのだ。


「おはよう」

半分寝ていた私は声をかけられて一瞬で目が覚めてしまった。

な、なんとそこにはフィル様が立っていたのだ。


「フィ、フィル様」

私はびっくりした。


「いや、昨日不安そうにしていたから、どのみち城に帰るから一緒に帰ろうと思って待っていたんだ。迷惑だったかな」

爽やかな笑顔でフィル様が言われるんだけど、そんなのして良いんだろうか。


「いえ、そんな事は無いですけど。平民の私なんかがご一緒して良いんですか?」

「アンさん、敬語になっている」

「だって、ここは学園の外ですし」

そうなのだ。学園の内門は出ている。


「しかし、王宮に行くのは授業の一環だろう」

「えっ、そ、そうなんですか」

私はそのあたりがよく判っていなかった。


「それに、かの大魔道士ガーブリエル様の弟子になるんだから。別に王子と一緒でも問題ないよ」

「そ、そうですか」


そんな訳絶対に無い。だって、目の前には見たこともない超豪華そうな馬車が止まっていたのだから。

御者が馬車の扉を開けてくれた。


「さあ、アン嬢、どうぞお乗りください」

そう言うとフィル様は強引に私の手を取ってくれた。

こうなったらもう仕方がない。

私は顔を引きつらせながら、進行方向と逆の位置に座った。


「何だ。奥の席で良いのに」

「いえ、それは絶対に無理です」

私は慌てて首を振った。王太子を私のいる席に座らせるなんて絶対に出来ない。それに自分の身を守るためには、出来たら王太子殿下と一緒の馬車にも乗りたくなかったんだけど。これがクラスの女性陣に知られたら命がいくらあっても足りないかもしれない・・・・。


フィル様が席に着くと馬車は滑り出すように走り出した。


「うそ、ほとんど揺れないなんてすごいですね」

私は感動していた。


「車軸に揺れないように魔道具が使われているし、クッションも工夫されているんじゃないかな」

フィル様は微笑んで言ってくれた。


「へえええ、そうなんですね」

私はフィル様の笑顔が恥ずかしくて見れなかった。そう言えば男の人と二人きりで馬車に乗るなんて初めてだった。

そっと前を見るとフィル様がこちらを見ているんだけど、なんか気まずい。


「どうしたの。静かになって。いつものアンさんらしくないじゃないか」

「そんな事ないですよ。静かにする時は静かにしています」

思わず私は言ってしまった。


「そうだっけ?」

「フィル様は意地悪です」

私は思わずむくれた。


「アンさんは出身はアベニウスだろ。あそこのりんごは美味しいよね」

「そうなんです。たまに近くの農園の人が熟れすぎたやつくれるんですけど、それが本当にほっぺたが落ちそうなくらい美味しくて」

私は地元の話をフィル様がしてくれたので、嬉しくて話しだした。


「そうなんだ。出来たら食べてみたいな」

「そんな、殿下がお口にされるようなものではないと思いますけど」

「そんなことないよ。僕らも君らとおんなじ物食べているんだから。学食では同じだろう」

「それはそうなんですけど、でも、学食の料理は本当に美味しいですよね」

「まあね、人参を除けば」

「えええ、あの人参も甘くしていて美味しいですよ」

私はいつの間にか色んな事をペラペラ話していた。


「お母さんと二人暮らしなの?」

「そうなんです」

「お父さんは」

「父は私が生まれて1年立たないうちに事故で死んだと聞いています」

「ごめん、余計なこと聞いてしまったね」

「それは良いんです。でも、母一人でここまで育ててくれたので、母には絶対に楽させたいなと思うんです。だから頑張って勉強して出来たら王宮で働けたらなと思っているんです」

「まあ、アンさんなら大丈夫じゃないかな。授業中に外ばかり見ていなければ」

「もう、フィル様まで」

私は赤くなった。


「でも、何故外ばかり見ているの。そんなに桜が好きなの?」

「いや、そんなことはないです。桜を見るのは好きは好きなんですけど、そこまではないんです。私、この学園でまさか、王太子殿下、あ、ごめんなさい、フィル様の隣の席になるとは思ってもいなくて」

「それと外を見るのとなんか関係あるのかな」

「ええええ! 言わないといけませんか?」

私は焦った。そんなの言えるわけ無いではないか。


「ぜひとも聞きたいんだけど」

でも、フィル様は許してくれなかった。そう言うと吸い込まれそうな青い瞳で私をじっと見てくる。


「あ、あの、フィル様のお姿見ているとぼうっとしてしまって勉強に集中できないんです」

「えっ」

まじまじとフィル様が私を見るんだけど、

私は思わず言ってしまった事に気付いて唖然とした。そして、その途端に真っ赤になってしまったのだ。魔性の瞳の前に思わず言ってしまった!


しまった! 余計なことを言ってしまった。私は恥ずかしくて、消えてしまいたかった。


「へえええ、アンさんは私の顔に見とれてくれるんだ」

そう嬉しそうに言うフィル様の顔が心持ち赤くなっている様に見えるのは気のせいだろうか。


それからすぐに馬車は王宮に着いたので、私はホッとすると同時に、少し残念に思ったのは皆には内緒にしたい。

このフィル様との二人きりで馬車で移動出来た事は私の青春の思い出にしようと心に決めたのだった。この時はもうこんな事は二度とないと思っていたのだ。

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