107 憑依スライム・アリス&カナタ29
遥さんにこれまでのことを説明する。
異世界に来たらダンジョンから魔物が溢れていて、なんとかダンジョンを攻略した後にスライム姿で怪我人の治療をしていたら神官みたいな人に捕まってここまで来て、そして脱出したら遥さんを見つけたと。
脱出先がお風呂だったことは秘密だよ。
「そう……その方はたぶん、バザール司祭ね」
「バザール司祭?」
話を聞き終わった遥さんがその名前を告げた。
「ダンジョンの話は私も聞いていたけれど、支援部隊に名乗り出たのがその方なの。出世欲の強い方みたいだからあなたたちのことも利用しようと……ああ、もしかして」
「え? なんです?」
「バザール司祭の目的がわかったかもしれないわ」
「本当ですか?」
「ええ」
「それって……」
「ふふ、知りたい?」
「はい。ええと、でも……」
「なに? 彼方君」
「僕って、なんでここに座らされてるんです?」
そう。
なぜか僕はベッドに腰かけた遥さんの膝の上に座らされている。
「それはもちろん、彼方君が可愛いからよ」
「ええ……」
「ああ、癒される。孤児院からこっちに移動してから子供分が足りなかったのよ。ああもう。ああもう!」
そう言って僕の頭を思いっきり吸っている。
猫吸いならぬ僕吸い。
いや、いまはスライムだから臭いとかないと思うけど。
というかあっても嫌だ。
「遥さんがやばい人になってるよ」
「なぜ気付かなかった、カナタ」
スライム姿のままのアリスなんだけど、なぜか遥さんを止めようとしない。
「それで、奴の目的とはなんなのだ?」
アリスが問いかけると、遥さんが僕吸いを止めて顔を上げた。
「はぁ、癒される。……そうね。いま、この神殿には困っていることがあって、その解決をあなたたち……回復魔法を使えるスライムができるなら、それを持ち込んだバザール司祭の功績ということになるでしょうね」
「困っていることってなんですか?」
「この神殿のある国の姫様が病気で寝込んでいるんだけど、それを治せていないの」
「この国?」
あれ?
「ここってあの……フェールメール王国じゃないんですか?」
なんとか遥さんがいた国の名前を思い出して尋ねる。
「違うわ。ここはその隣のセントエヘナ聖王国。聖女信仰のハルメニア教を守護している国よ」
「聖女信仰」
なんだか聞いたことがある。
肩の赤スライムを見たけど、反応はなさそうだった。
「そういえば、遥さんはどうしてここに?」
「あなたたち……アリスさんの話を聞いたからよ」
遥さんは元の世界に戻るための空間魔法を身に着け、鍛えるための手段を求めていたのだという。
ダンジョンという存在があるのだからそこに行けばいいのではないかと思ったが、とはいえ遥さん一人では危険だ。
僕はスライムと言うからだとアリスという補助があるからオークの集団相手に無双みたいなことができたけど、普通ならそんなことができるはずはない。
「私、神聖魔法はすごく強いみたいなんだけど、それ以外がね」
「他はなにができるんですか?」
「回復魔法が少し……少しといっても施療を行う神官の人よりは使えるみたいなんだけど。戦う手段が限られているし、協力者が見つからないからダンジョンに行くわけにもいかなくて……そう考えていたらウィルヒム様が神殿で修行してはどうかって」
遥さんは強力な神聖魔法を使えるので聖女候補としての資格は十分以上にある。ハルメニア教では聖女による衆生の救済が義務であり、教団はそれを補助するものなのだという。
だから、遥さんが聖女候補と認められれば、強くなるために修行したいという申し出に教団は協力しなければならない。
その代わり、聖女や聖女候補は修行で得た力を民を救うために使わなければならない。
そういうことらしい。
「でもそれだと、遥さん、厄介事も抱えたりするんじゃあ」
ここで修行させてもらえるかもしれないけど、その代わり、教団に利用されることにもなる。
「そこは仕方ないわ。片方が一方的に得になる関係なんてありえないもの」
それは確かにそうかもしれないけど。
たぶんだけど、僕はハルメニア教というものに不信感を抱いているんだと思う。
それは間違いなく、アリスが見せてくれたあの夢が原因だ。
「バザール司祭みたいな俗物もいるけど、良い人も多いわ。それに、善人だけだと組織っていうのは成り立たないものよ」
それはなんとなくわかる。
組織ともなれば維持のためのお金儲けのことも考えないといけないし、多くの人と関わらないといけないとなるといろんな考えの人に接することになる。
一人暮らしをしないといけなくなった時の解放感と孤独感、それから生活費を稼がないといけないと思った時の焦り……なんとなくそんなことを思い出した。
教団は一人ではなく集団だけれど、彼らを食べさせなくてはいけないと感じたトップの人たちの焦りは、あの時の僕以上なのではないだろうか。
「それでもバザール司祭には困っているのだけどね」
と、遥さんは苦笑した。
「あの人のせいで、私は目的も達成できていないし」
「どういうことです?」
「私がフェールメール王国から来たのが気に入らないみたいなの」
フェールメール王国。
そういえば……夢の中でも何かトラブルの種を含んでいた。
そして……アリスもまた、あの国に良い感情を持っていないようだった。
「不快だな」
変な俗物と同じ扱いされているように感じたのか、赤スライムのままのアリスが呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。