108 憑依スライム・アリス&カナタ30


「不快なのでその俗物司祭をどうにかしよう」


 赤スライムだったアリスが人間の姿に変化して言った。


「作戦会議だ。カナタ、栄養を求める」

「はいはい」


 つまりはお菓子タイムだ。

 僕は空間魔法にいろいろと食べ物を隠している。収納されている間は時間が停止しているので腐ったり温度が変化したりはしない。冷たいジュースは冷たいまま。温かいお茶も温かいまま。

 ポテトチップスとかじゃがりことかトッポとかアルフォートとかアーモンドチョコとか最中詰め合わせとか……甘味が多いのはアリスの好みである。もちろん。


 それからドリンク。僕はコーラ。アリスはカルピスウォーター。


「遥さん、なにが要ります?」

「それなら……ジャスミンティーある?」

「ありますよ。メーカーにこだわりがなければ」


 バイト先のスーパーで安売りしていたお菓子やドリンクは色々と買いだめしている。

 お金があるからもあるけど……買いだめが趣味になりそうで怖い。


「空間魔法って本当に便利」


 冷たいジャスミンティーを手にして遥さんがしみじみと呟いている。

 それからしばらくはアリスと遥さんがお菓子を堪能して無口になってしまったので、僕も黙った。

 前回のカレーの時もそうだけど、遥さんがちょっと涙ぐんでいる。


「ふむ……そろそろいいか」

「ええ」


 ひとしきり満足した様子のアリスが取るとすっかり落ち着いた遥さんも頷いた。


「バザール司祭をどうにかするって話だけど、なにをするのかしら?」


 遥さんが問う。


「奴がお前の修業を邪魔しているのだろう?」

「ええ」

「なら、奴の発言権を奪ってやればいい。例の姫様の件で恥をかかせよう。その上で、お前に姫を治させてやればいい」

「でも、私の回復魔法はそれほど強くないわ」

「まぁ、そこはうまくしてやる」


 そう言ったアリスは僕を見た。


「そういうわけだ。カナタよ」

「うん」

「あそこに戻るぞ」

「え?」


 あそこ?


「あそこって、あの結界のところ?」

「そうだ」

「……そっかぁ」


 なんとなく、アリスの作戦がわかった気がしたので、僕は頷いた。


「わかった。じゃあ戻ろうか」

「うむ」


 遥さんにいくらかのお菓子を渡してから僕たちはスライムの姿に戻り、透明になってから廊下に出た。

 見送る遥さんの顔がなんだか寂しそうに見える。


「そういえば、アリスは遥さんが僕にべたべたしても怒らなかったからね」

「奴の本性が見えたからな」

「本性……」


 それってつまり……。


「いつものサイズのカナタには興味もなさそうだからな」

「うーん」


 なんだかなぁと思いつつ再びお風呂に入り、覗き部屋に入って転移魔法陣を使って元の部屋に戻り、結界装置の作る檻の中に入った。


 幸いというべきか、僕たちがいない間、誰も覗きに来ていなかったようだ。


「でも、このままずっと待たされるのも嫌だなぁ」

「それは大丈夫だろう。それより、回復魔法と魔力操作を30まで上げておけ。あと、呪術も」

「呪術?」

「うむ、10もあればいい」


 言われた通りにしておく。

 けっこう貯蓄魔力値が減った。


「さて、まぁこんなものだろうな」

「なんで呪術?」

「治せぬ病だからさ」


 アリスの言っていることはわからなかったが、きっと、後のお楽しみぐらいに思っているのだろう。

 スライムの体だしアリスが一緒にいるから、僕たちのことはそれほど心配ではなかった。

 ただ、僕たちがここにいる間の時間の流れとか、放置されている体のこととかが心配だけれど、それもアリスと一緒ならなんとかなるかという気持ちになる。


 そんなことを考えていると、どやどやとした音が近づいてきた。


「そら来た」


 アリスが言う。

 まるでこのことを予見していたかのようだ。


 大きな音を立ててドアが開けられ、部屋に入ってきたのはあの時僕を捕まえた偉そうな神官だけでなく、もっと偉そうで太っちょな神官もいた。


「ほう、これがそうか?」

「はい。バザール司祭」


 偉そうな神官がそう言ったので太っちょ神官がバザール司祭だと確定した。

 あの偉そうな神官がそうだと思っていただけでに、ちょっと驚きだ。

 つまりバザール司祭は、魔物退治の支援を名乗り出ておきながら自分は表に出ていかなかったということだ。


 なんというかあまり好きになれそうにないと思った。


「ふん、スライムが回復魔法を使うとは奇異な」

「ですが、多くの負傷者を治したのは事実です」

「ふむ……では、姫の治療もできるかもしれんな」

「はい」

「だが、できねばあの女に出番が回って来るぞ?」

「それは……」

「もとより司祭衆はあの女の実力が見たいのだ。かのスイリュウを鎮めたという実力が本物かどうか。だが、フェールメール王国から来た女など、信じられるものか」


 低く呟くバザール司祭には恨みの念があるように思えた。

 でも、どうして?


 興味から僕はじっとバザール司祭を見た。

 そのとき、自然と魔眼・霊視がオンになった。

 自然と呪術が連動したのを感じた。

 ぬるりと、それが全身から零れ出ている。

 どす黒く熱い泥のようなもの。

 扇谷温泉の地下で見た物に似ていると思った。

 魔眼・魔力喰いで吸い取る邪気が液体となるぐらいに身の内に溜め込んでいるということなのか。


 こんなものを出すほどにフェールメール王国を憎む理由とはなんだろう?


「不快だ」


 アリスはそれだけを呟く。

 なにかをわかっているみたいだけれど、僕にそれを説明する気はなさそうだった。


「まぁいい。どちらにしろなにか手立てを講じなければ、司祭衆はあの女に姫の治療を依頼することになる。運べ」


 バザール司祭の命令で結界発生装置が解除されて、僕たちはまたあの鉄の網に入れられて運ばれた。

 姫様というからどこか別の国に運ばれるのかと思ったけど、そうじゃなかった。

 神殿はかなり広いみたいで、十分ぐらい歩いたところで離れのような場所に辿り着き、そこには警護をしている兵士たちがいた。

 その兵士とバザール司祭の部下が話し、さらに執事や侍女みたいな人達が出て来て彼らの案内で奥へと進む。

 奥にある部屋に通されると、そこはとても立派な装飾がされていた。


 中央には天蓋付きのベッドがある。

 そこに眠ったままの青白い少女がいた。



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