96 黒鳥居の向こう側 09


 アリスが聖砦の結界から出る。


「ぽおおおおおおおお!!」

「ふん」


 待っていたとばかりに襲い掛かるぽーちゃんの叩き付けが黒い光を弾けさせた。


「アリス⁉」

「この程度で心配するな」


 黒い光の正体はアリスが前面に展開した結界らしきものだった。


「ぽおおおおお!!」


 そしてぽーちゃんが叩きつけた手を挙げて、いままでとは違う叫び声を上げた。

 痛みでびっくりしているような、泣いているような声だった。


「カナタ、魔力喰いをこの周辺に配置しておけ」

「う、うん」


 魔眼・遠視&魔力喰い&並列思考のコンボは現在進行形だったのだけど、その一つをこの近くに持ってくる。

 するとぽーちゃんの体から滲み出してきた邪気が空に昇っていく。

 さっき弾けた黒い光も、もしかしたら邪気だったのかもしれない。


「普通は栄養を摂ったら成長するものなのだがな、お前はただでかくなるだけか? まぁ、お前にはそもそも成長の概念がないのだろうな」

「ぽおおおおお!!」


 ぽーちゃんの周りで黒い光が弾けて散り、それが僕の魔力喰いによって吸い上げられていく。

 アリスがなにかしているのだと思うけど、わからない。

 ただ、ぽーちゃんの中から邪気を叩き出しているのだという、結果だけは察することができた。


「ぽおおおおおお!!」

「うっ……」


 ぽーちゃんの叫び声は悲痛に響き、先輩が悲しそうに目を反らす。

 僕も、見ていられない気分になる。

 アリスが悪いわけじゃないのはわかっているのに、絵面が悪い。

 それはアリスもわかっているのか、それともやっぱり彼女も罪悪感があるのか、やりづらそうな気分が横顔から零れ出ている。


 やっぱりあれは強がりだったのかな?

 先回りしすぎだよね、アリスは。


 黒い光が散るたびにぽーちゃんのサイズが小さくなる。

 あの大きさは邪気を吸い続けた結果みたいだ。

 アリスはそれを叩き出して、ぽーちゃんを小さくしていく。

 そしてぽーちゃんが普通の赤ちゃんサイズに近づくほどに見ていられなさも増していく。


「ぽーちゃん、ぽーちゃん」

「ああ、さすがにねぇ」


 先輩は座り込んで泣いているし、一色も目をそらしている。


「ああ、お前らうるさいな!」


 珍しくアリスがキレた。


「ええい!」

「え⁉」


 いきなり僕の空間魔法が展開したかと思うと中からなにかが飛び出す。


「あ、あれは……」


 鎧とかだ。

 あの海中で見つけた。

 オーク退治に使った。


 鎧はアリスに向かっていく中で勝手にパーツごとに分解していく。

 彼女が来ているいつものゴス衣装が解けて鎧が彼女に纏われた。


 それだけじゃない。


 鎧の隙間から光の幕が溢れてアリスを飾る。

 なんらかの力が働いているのか、彼女の姿が宙に浮く。


「うあああ……」


 びっくりと感動が混ざり合って変な声が出た。


 天女の羽衣ってこういうのをいうのかもしれない。光の幕が幾重にも重なり踊り、神秘さがアリスを包んだ。


 アリスの腕に抱かれたぽーちゃんは抵抗しなかった。


 神聖魔法・天華


 アリスの両手から生まれた光がぽーちゃんに染みこんでいく。

 やがてぽーちゃんの背中から小さな翼が生えて空へと昇っていく。


「ぽーちゃん!」


 先輩が叫ぶ。

 ぽーちゃんがちらりとこちらを見た気がした。

 だけど昇っていくのは止まらず、遂にその姿は空に消えた。


「……ふん」


 地上に戻って来たアリスは僕の空間魔法をまた勝手に開けてそこに鎧を放り込む。

 すでにいつもの格好に戻っている。


「アリス、さっきのは……?」


 いや、聞くまでもないのか。

 考えればその可能性はあった。

 最初にあの鎧を見た時からなんだか機嫌が悪かった。

 あれは、本心を隠す気持ちもあったのかもしれない。

 嫌な記憶もあったのかもしれないけど、それ以上に、懐かしさを僕に知られたくなかったのかもしれない。


 鎧や剣は、きっとアリスの物だったんだ。

 あの神聖な雰囲気も間違いなくアリスの物だ。

 アリスは魔王だって聞いているけど、きっと、魔王ではない彼女もいたってことなんだと思う。


「がんばったね、アリス」

「…………ふん」


 アリスが恥ずかしそうに目を反らした。


「アリスさん」


 先輩がふらふらと立ち上がって側まで来た。


「ありがとう」


 涙を流したままの先輩はアリスの手を取ってその言葉を繰り返す。

 彼女にとってぽーちゃんとの思い出はあの翼の生えた姿によってきれいなまま終わることができた。


 そういうことなのかもしれない。


 その後、魔力喰いによる周辺の清掃も終わり、出口を見つけることができた。

 出た場所は入った場所から少し離れたところにあった公園だった。

 先輩のことは一色に任せて、僕たちはここで別れた。


「さて、帰ろうか」

「カナタ」

「うん?」

「我に聞きたいことはないのか?」

「聞いたら教えてくれる?」

「む……」

「なにを聞いても僕はアリスを受け入れるよ。でも、言いたくないなら別にいいから。さっ、帰ろう」

「……うむ」


 僕が伸ばした手をアリスが握る。

 そうしてくれる限り、アリスの言いたくない話なんてどっちでもいい。

 だって、いまのアリスがここにいるんだから。


 あ、貯蓄魔力値は189800になっていた。



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