93 黒鳥居の向こう側 06


 魔力喰いで邪気を吸って貯蓄魔力値に変換。

 さらにその一部を消費した個人魔力に当てることで神聖魔法・聖砦を維持。

 この場所がこうである限り、僕はこの状態を維持できる。むしろ強化を続けることができる。


 なんていうか、チートだなぁ。


 魔眼・霊視で見ているこの世界は昼だろうと夜だろうと邪気で真っ暗だったんだけど、僕の周囲だけならかなりきれいになりつつある。

 このままドンドンときれいな空間を広げていこう。


「お兄ちゃん」

「え?」


 声をかけられた。

 それに驚いたのは一色だった。


 あの子が少し離れたところに立って僕たちを見ている。

 いや、あの子の声だけど……姿は違う。


「先輩?」


 一色が言う。

 僕の目にも、そこに女の子の姿はない。

 立っているのは阿方先輩だ。


 だけど、僕はそのことを知っていた。

 昨日、あの女の子の後を追っていたとき、少しだけ魔眼・霊視をオンにした。

 その時に、阿方先輩の背中を見ている。


「阿方先輩! どうしたんですか?」


 一色が阿方先輩に声をかける。

 あの時にも思ったけど先輩の体には黒い靄……邪気がほとんどない。

 ただ、周りがきれいになったいまならわかる。

 先輩の胸の辺りから金色の光の粒が線を描くように伸びている。

 伸びている先はすぐに薄くなってわからなくなったけど、方向はあの大きな赤子が隠れた山だ。


「あの大きな赤ちゃんとは、どういう関係なんですか?」

「……友達なのよ」


 そう答えた声は子供っぽくはなかった。



††阿方玲の独白††



 ぽーちゃんと友達になったのがいつなのか、覚えていない。

 気が付いたらぽーちゃんは側にいた。


 ぽーちゃんは、口をぽっかりと開けたままでいることが多く、意味のないタイミングで「ぽう」と声を出すからぽーちゃんと呼んでいたはずだ。


 ぽーちゃんは私が一人でいると側にいる。

 おもちゃ箱をひっくり返しているとき、眠っているとき、母親がなにかの用で側を離れた時……ふと気が付くとそこにいた。

 ぽーちゃんといれば寂しくない。

 だから私はあまり泣かない子、手がかからない子だと思われていた。


 ぽーちゃんが他の人に見えていないこともすぐに気が付いた。

 家でぽーちゃんと会った時のことを話すと、両親がひどく怪訝な顔をするからだ。そして今日は誰も来ていないということを言う。

 そんなことが数度続けば、『ぽーちゃんはそういうものなんだ』という理解ぐらいはできるし、『誰かに話しても変な顔されるだけ』というのはわかった。

 だから誰にも言わなくなった。


 そしてそれは小学校に入ってからのことだった。

 夏休みだったと思う。

 とある田舎に行った。

 それは両親の実家というわけではない。

 親戚の法要に呼ばれたとかそういうのだったと思う。

 預け先がなかったからと連れて来られた私は、それらしい格好こそさせられていたが席にいる必要はないと言われて始めて来る古い屋敷に一人でいた。

 その時は、なれない広い和室に一人でいて、携帯ゲームをしていたはず。

 ぽーちゃんはその時、私の背中にいてゲームを覗き込んでいた。


 どれぐらい過ぎただろう。

 いつの間にか眠っていた私は、ふっと目覚めた。

 誰かに呼ばれた気がした。

 母親だろうか。

 曖昧な声が呼んでいる。


「はーい」とか「どこ?」とか問いながらふすまで区切られた屋敷の中をさ迷って……さ迷って……その部屋に辿り着いた。

 壁の一角を占有するような大きな仏壇みたいなものがあった。

 その独特の雰囲気にぞっとした。

 すぐに部屋を出ようとしたけれど、なぜか開けたはずのふすまが閉まっていて、そして開かなかった。

 誰かに悪戯されたのだと思い、泣きながら「開けて」と叫ぶのだけど誰も答えてくれない。


 ギィ……。


 そうしている内に、仏壇みたいなものから音がした。

 嫌な予感に振り返ると、音の通りに閉じられていたそれが少し開き、中から小さな光が複数、こちらを覗き込んでいた。

 見られているとわかって私はまたふすまを叩いたり隙間に指を入れようとしたけれど、なにをしても開かない。


「たすけて!」


 声を大にして叫んでも、誰も来てくれない。

 背後からなにかが近づいてくる。

 だけど怖くてそれを確かめたりなんてできなくて、必死にふすまを開けようとし続けた。


 やがて、ふっと……軽くなった。

 その瞬間、私の意識は暗闇に落ちる。


 気が付くと私はゲームをしていた部屋で寝ていた。

 両親に声をかけられて、そのままその屋敷を後にした。

 何事もなく、帰ることができた。


 ただ、その日からぽーちゃんを見ることはなくなった。



††††


「あの日になにがあったかなんてわからない。でも、思い出すたびになにか嫌な気持ちになった。もしかして私は、ぽーちゃんに悪いことをしたんじゃないかって。でも、誰にも見えていなかった。大きくなってあれはイマジナリーフレンドっていうものかと思った。だから私が大きくなったから見えなくなったんだって、そういうものだって……」


 いまだ心ここにあらずという様子のまま、先輩は語り続ける。


「でも、もしかしたら、ぽーちゃんはずっとあそこにいたのかもしれない。あそこにいて、私を探しているのかもしれない」


 語り続ける。


「もしかして、あのときあそこで、本当は……私がひどい目に遭うはずだったんじゃないかって、ぽーちゃんを身代わりにしたんじゃないかって」


 自責の念を語り続ける。


「だから、ぽーちゃんが私を呼び続けているんじゃないかって」


 どうなんだろう?

 あの山の方を見ても、あの大きな赤子はまだ姿を見せていない。


「どう思う?」


 一色に尋ねる。

 オカルトなことはアリスより一色だと思うし。


「その仏壇みたいなのだけど……福呪法かも」

「なにそれ?」

「座敷童はわかるな?」

「うん」


 いま、それっぽいのがうちにいる。


「それに似たナニカを作る呪術だ」

「そんなのがあるの?」

「あまりいいものではない。むりやり運を引き寄せるのは揺り返しが大きい。だから、そういうことをしている家は、必ず何か代償がある」

「代償って?」

「簡単なものなら決まった日時に必ず捧げものをしないといけないとか……重いものだと誰かの人生を捧げるとか」

「じ、人生?」

「そのナニモノかの伴侶にさせられるんだ」

「うっ……」


 つまりそれに、先輩はかつて選ばれていた?

 当時はぽーちゃんっていう存在に守られたことでなんとかなかったけど、でも、諦めていないから先輩を狙って動き出した?


「そういうことなの?」

「まだ、はっきりとは言えない」


 一色は首を振る。


「そっか……」


 まだ何か引っかかっているみたいな顔をしている一色も気になるし、心が戻っていないような先輩のこともそう。

 アリスは僕の判断を見守るようになにも言わない。


「なら、行ってみるしかないのかな?」


 出口もわからない。

 逃げ道がわからないなら、前に進むしかないんじゃないかなって思う。


「行ってみよう。あそこに」


 あの大きな赤子……ぽーちゃんが隠れている山に。





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